STAGE 2
友人たちがそれぞれの部活へ向かう中、私は一人校門へと向かう。
この高校は原則として全生徒が何かしらの部へ所属することになっている。つまりいわゆる帰宅部は一人もいない。ただし例外的に、委員会に所属している生徒はその限りではない。
そして一部の委員会は部活全般に比べ圧倒的に拘束時間が少ない。だから私は環境委員に立候補した。
——すべては自分だけの自由なゲーム時間を謳歌するため。
校門の向こう側に誰かが立っている。嫌な予感がした。
「あっ、えみる」
やっぱり。門を抜けたところで、待ち構えていた桐華に捕まった。
「今日も来るでしょ?」
「え、えーっと……」
「何か予定あるの?」
「いやー特にない……けど」
「もしかしてゲーセン行くの、いや?」
桐華の表情が一瞬にして曇る。もしここで断ったら泣き出してしまいそうなほどに。
「全然いやとかじゃないよ、うん。いくよ、一緒に」
「よかったあ」
彼女の雨雲がぱあっと晴れる。
まあ、いいか。
「桐華はいつからあそこに通ってるの?」
「もう小さい頃からずっと。お父さんがあそこの店長と古い付き合いらしくて、よく連れてってもらってたんだ。だから私の庭みたいなもんだよ」
「そうだったんだ。この前行ったときは店長さんのこと全然気づかなかった」
「普段は奥でなんかやってるからねー。あの店も道楽でやってるようなものらしいし」
「どんな人なの?」
「それが謎の多い人でさ、昔から知ってるけど、わかるのは名前くらい。見た目もずっと変わらないし。今度紹介するよ」
お互いの身の上話をしているうち、店に到着した。
「今日はえみるに見せたいものがあって」
桐華は待ちきれないという様子で自慢気に話し始めた。
「この中に1台私の筐体があるんだけど、どれだと思う?」
「きょうたい……?」
「筐体、っていうのはこの機械のことで、これは正確には汎用筐体。家庭用のゲームでいうところのハードが筐体で、ソフトは基板っていうの」
「じゃあカセットみたいに他のゲームに換えられるってこと?」
「中に入ってる基板を交換すればね。まあ細かい制限とかはあるけど。あとは一つのゲームに特化した専用筐体っていうのもあるよ」
店内に並んだ筐体には、よく見ると色々な種類があった。筐体の高さや画面の大きさ、レバーの形など、少しずつ違っている。
「ブラストシティっていうのが多いね」
「セガの筐体ね。アーケードの定番だからねー」
そんな中、一風変わったデザインのものを1台見つけた。
「あ、これかっこいい」
「それはテクモのアーバン筐体。中々のレアものだよ。私のじゃないけど」
その筐体の画面に映ったクレジットの名前に見覚えがあった。
「データイーストだ」
「知ってるの?」
「メタルマックスのとこだよね。この前2やったよ」
「……私が言うのもあれだけど、
「せっかくだしこれやってみようかな」
「スーパーリアルダーウィン、1987年のゲームだね」
「ってことは昭和? うわ、なんというか、独特」
この手の縦シューティングはツインビーをやったことがある。それに比べるとこのゲームは自機も敵もかなり奇抜なデザインだ。アイテムを取ると羽のようなものが生えたり体が伸びたりするし、攻撃の弾はなぜかウネウネしている。
「世界観が謎すぎる……」
「デコはヘンなゲームが多いけど、この独特なセンスがたまんないんだよー」
また店内を見て回る。壁際に他よりも一回り背の低い筐体が3台置かれていた。
「こっちのはちっちゃくてかわいい」
「ちなみに私のやつはこの中のどれかだよ」
1台は側面に大きくカプコンのロゴが入っている。真ん中のライムグリーンの筐体はレトロなデザインが逆に目新しい。そして一番左のは筐体の上部に「VIDEO GAME」の文字と見たことのないロゴが書かれている。
「ヒントは?」
「そーだなあ、私が気に入ってるとこはモニタの角度。個人的にこの傾斜は唯一無二にして、ゲーマーにとって最適の角度だと思ってる」
改めて3台を見比べる。モニタが床とほぼ垂直な右手の筐体から、隣にいくにつれて画面の傾斜が緩やかになっている。それぞれの前に立ってみて、左の筐体を指差した。
「正解! どう、私のポニーMk.Ⅲは」
「確かに良い角度だね。寝そべるのにちょうどよさそう」
「ぜったいだめだよ!」
「冗談だって。これはどこのなの?」
「ジャレコだよ」
「聞いたことないなあ」
「ジャレコは知らないか。有名なのはじゃじゃ丸くんとか、燃えプロとか」
「それ知ってる。バントでホームランするやつでしょ」
「そうなの? 私、正直アーケード以外は詳しくなくて」
「クソゲーって有名だよ」
「あージャレコってクソゲーメーカーだと思われがちだけど、アーケードでは手堅く作られた良作が多くて、好きなメーカーのひとつなんだ」
「へー。じゃあこのゲームもジャレコの?」
「これはナムコ」
「ナムコってバンナムの?」
「そうそう。元々ナムコとバンダイは別の会社だよ。知らなかったの?」
「普通知らないよ。いつから一緒になったの?」
「2005年くらい?」
「全然生まれる前じゃん!」
「そんなことよりさ、これに入ってる基板、実はこれも私のなんだ。私が初めて買った基板」
画面の中をリアルな魚たちが泳ぎ回っている。タイトルはアクアラッシュというらしい。
「筐体の中に水槽が入ってるみたいで綺麗だね」
「でしょー、このゲームは面白いだけじゃなくて癒されるんだよ」
桐華がコインを入れる。パズルゲームのようで、海底のステージが表示される。
「テトリスの逆版みたい」
「テトリスよりはクォースの方が近いかな」
「それはわかんないけど……最初のステージが海底なんだね」
「そうなの。深海へ潜っていく、っていうのがありがちだけど、アクアラッシュは海底から始まって、ゲームが進むごとにシームレスで浮上していって、海面を目指すっていうところがいいんだよねー。あとナムコらしいテクノ風のBGMが最高で」
「確かにこれは癒されるかも。これ、いくらしたの?」
「オークションで3万」
「たかっ! 基板ってそんなするの!?」
「モノによるけど、今はもっと上がってるよ」
「え、じゃあ筐体の方は……」
「あ、これは
「こんなでかいのを家に?」
「最近は”自宅ゲーセン”っていうのが密かに流行ってるんだよー。まだまだ欲しいのがあるから、最低でも3台は置きたい」
冗談のようだけど、彼女の横顔は真剣だった。それは、ラストステージに挑んでいるせいだろうか。
「やったークリアー」
振り向いたその得意げな笑顔が、なぜだか少しきらめいて見えた。
放課後ゲーセンランデヴー 丹生谷冥 @taoyamei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。放課後ゲーセンランデヴーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます