放課後ゲーセンランデヴー
丹生谷冥
STAGE 1
改札口の時計は16時23分を指している。いつもより10分早い。電車が遅れていたおかげで、かえって早く着けた。よし、今日はついてる。
今日こそは倒してやる……ラギュ・オ・ラギュラ……!
逸る心に急かされて、駅の階段を軽快に下りていく。2段目から地面に飛ぼうとしたとき、前方に自分と同じ制服を着た背中が目に入り、慌てて歩幅を縮める。
数歩前を行くその女子生徒は、まるで狙っているかのように、私の進行方向を同じくらいのスピードでキープする。この時間にここにいるということはおそらく同学年だろう。
抜くに抜かれぬじれったさを抱えながら、そのまま駅前をしばらく進むと急に彼女が道を逸れた。
あれ、こっちって……。
路地の入口で立ち止まる。この先はあまり治安が良い場所では無く、昼間とはいえ女子高生が一人で入るのは危険な通りだ。
少し迷って、彼女のあとを尾けることにした。もしかしたら私は彼女のことを知ってるかもしれない。同い年とは思えないあの背丈、この間の委員会で見た風紀委員の子にそっくりなのだ。
もしそうだとしたら彼女はこんな場所にどんな用があるのか、興味が湧いてしまった。
角を曲がったところで姿を見失った。辺りを見回すと、脇の建物に誰かが入っていくのが見えた。
近づいてみると、薄汚れた雑居ビルの入口に古ぼけた看板が掛かっていて、日に焼けた文字で「GAME フラミンゴ」と書かれている。
そーっと中を覗く。薄暗い室内には自分の背丈程の機械がずらっと並んでいた。1台1台に大きな画面が付いていて、思い思いの映像を映し出している。
その光と音に誘われるようにビルの中へと足を踏み入れる。
……これ、ゲームだ。それもかなり昔の。
ユラユラと揺れるデモ画面を眺めながら、奥へと進んでいく。ふと、その中のひとつに目が留まった。
色鮮やかなグラフィック。滑らかなアニメーション。そしてファンタジックで魅力的なキャラクターたち。思わず見とれてしまった。
タイトルは、えーっと……ウォーザード?
──カシャ。
目の前に響いたシャッター音で我に返る。顔を上げると、背の高い少女がスマホを構えて立っていた。
「あなた、ここで何してるの」
それは私が後を尾けていたはずの風紀委員だった。1兆℃の炎を食らったように、目の前が真っ暗になる。
「あ、あー、私は、その……」
まさか「あなたを尾けてきました」なんて言えるはずもなく、言い訳のしようもない。
しどろもどろの私に、見下ろすように彼女が迫る。
「あなた、ゲーム好きなの?」
「え……?」
「さっきこれを真剣に見つめてたでしょ?」
彼女はさらににじり寄る。
「あー、はい。なんか綺麗で見入っちゃって」
その瞬間、彼女の目が輝いたかと思うと、唐突に語り出した。
「そう! ウォーザードの魅力は何と言ってもグラ! 新基板の性能を遺憾なく発揮したカプコン最高峰のドットアニメーションはもはや芸術作品! それに個性的なキャラクターとBGMが織り成す重厚な世界観はまさにセンスの塊だし、特にステージ開始時の”NO MERCY…ATTACK”っていうラウンドコールが……」
白い目線に気づいた彼女は、咳払いをしてこちらに向き直る。
「……お気に入りのタイトルだからつい熱くなってしまったわ。それで……あなたも北高の生徒みたいだけど、ここへ来たのはたまたま?」
「そ、そうです。たまたま通りかかって」
「じゃあ私が学校帰りにゲームセンターに通ってることを調べに来たわけじゃないのね。よかったあ」
彼女はわかりやすく安堵する。なんだ、彼女も私と同じ立場に怯えてたんだ。
「私は
「はい。
委員会、という言葉に彼女は身構えた。
「あっいや、ただこの前の委員会で顔を合わせたってだけで、ここに来たのとは全く関係無いんですけど」
「そう。ごめんなさい、人の名前を覚えるのが得意じゃなくて」
「全然いいんです。私なんてただの環境委員ですから」
「そんなことより、ここにいるってことはアーケードゲームに興味あるってことよね!? まさかこんな近くに同じ趣味を持った子がいるなんて、グラⅢのキューブラッシュ一発突破くらいの奇跡だわ!」
「あはは……そうなんだ」
「じゃあ、やりましょうか」
「えっ、やるって?」
「これに決まってるじゃない。って言ってもいきなりは難しいから、まずは私のプレイを見せるわね」
どこからともなく取り出したコインを機械に投入し椅子に腰掛ける。
彼女は"レオ"というライオンの獣人キャラを、自分の推しだと言って選択した。
画面が切り替わり、巨大な恐竜のモンスターが現れる。
彼女は機械の突き出した部分に取り付けられたボタンとレバーを手早く操作し、それに合わせてレオが技を繰り出す。画面の中を大きなキャラクターがグリグリと動き回る迫力に息を飲む。
その恐竜と次のオーガを倒し、続くスフィンクスとのバトルでタイムアップになったようだ。
「あーあとちょっとだったのにぃ。まあこんなとこね。はい、どうぞ」
そう言って50円玉を手渡される。
「操作方法はこれね」
取り付けられた説明書きには操作キャラごとに色々な技が載っていた。
「こんなにあるんですね。なんか難しそう」
「最初はなんとなくで、やってくうちに慣れてくると思うよ」
4人の操作キャラクターの中から、なんとなくで魔女のキャラを選んだ。
「”タバサ”ね。もっちりしててかわいいよね」
幻想的な北極のステージが映し出される。そこではクラーケンのような怪物が触手で幼女を襲っていた。そこにタバサが登場し、怪物を幼女もろとも吹っ飛ばす。そしてバトルが始まった。
覚えた操作方法をもとにレバーとボタンの組み合わせで技を繰り出す。
「あっいま足から猫が出た!?」
「タバサが履いてるブーツは猫を変身させてるんだよ」
「えぇ……」
攻撃を続けるものの、徐々に距離を詰められていく。
「タバサは遠距離系のキャラだから、敵との距離感を意識するといいよ」
一旦近づかれると攻撃の隙を衝かれ、氷結などでじわじわとライフを削られていき、そのままゲームオーバーになった。
「うーんこのゲームは初心者にはちょっと厳しいかなあ……。そうだ」
そう言って彼女はスマホで何かを調べ出した。
「なにしてるんですか?」
「特別にタバサを最強装備にしてあげる」
「えっ、そんなチートみたいなことできるの?」
「チートじゃなくて公式の機能だよ。このウォーザードにはね、アーケードでは珍しく育成要素があって、自分の育てたキャラのステータスをパスワードで保存できたの。でもこの機能には穴があって」
「もしかしてそのパスワードってプリセット式だったとか? ドラクエのふっかつのじゅもんみたいな」
「鋭いね。まさにその通りで、稼働してからすぐに最強パスワードが出回っちゃったみたい」
「じゃあそのパスワードは?」
「え、ネットに出てるやつだけど」
「ネットって便利ですね……」
強化されたタバサでクラーケンのヌールに再戦する。バフのおかげで先ほどよりも安定感があり、コンボを試しながらもなんとか勝利できた。
「やった、勝てた」
「強くなったとはいえ、肝心なのはプレイヤーの腕だからね。次のルアンは強敵だよ」
続く火山ステージではハーピーが現れた。上空からの攻撃に惑わされ、敵の必殺技にあっけなく敗れる。
「あー。やっぱここ難しいよね」
「……もう1回やる」
だんだんパターンを掴んできた。トライアンドエラーで少しずつ前に進んでいくこの感じ、いつもやってるゲームと同じだ。
その後もコンティニューを繰り返し、ついには最終ボスを倒しエンディングを迎えた。
「すごい! 本当にクリアしちゃった。初めてでここまで来れるなんて、かなり素質あるよ」
「そうかな。なんか引き下がれなくなっちゃって」
「こういうゲーム、よくやるの?」
「うちにスーパーファミコンとプレステがあって、RPGとか好きでよくやるんです。年の離れた兄のお下がりですけど」
「ふーん。そういえば気になってたんだけど、なんで敬語?」
「あーそういえばそう、だね。なんでだろ」
「私のことは桐華でいいから、ってもうこんな時間。私帰らないと。今日は楽しかったよ。また明日もよろしくね、えみる」
「あ、うん」
桐華は手を振りながら店の外へ走っていった。私も小さく手を振り返す。
ん、明日も……?
まさか風紀委員がゲーセン通いなんて、思ってもみなかった。
真面目そうな顔してるけど意外とおもしろい子だったなあ。思い返してみると、ちょっと楽しかったかも。
あれ、なんか忘れてるような…………あ、ラギュオラギュラ!
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