第17話 イチカ、後をつける。

 イチカ・リィズ・アナスタシアはアナスタシア王宮殿の左側にあるチルべの露店を見下ろしている。遥か上空から。赤毛の魔女が認識できない範囲内で見守っている。

中央は赤を基調とした王が住む横長で三階建て王宮殿、両脇には王宮殿を挟むように五階建ての塔がある。その中央から赤毛の魔女が出てきた。魔女の後ろ側には百九十は背丈のある大男がリュックのようなものを背負って、ついて来ている。「転移」と、イチカは呟く。赤毛の魔女と大男はチルべの露店へ転移した。「五感共有」と、イチカは呟きつつ、クロちゃんを撫でる。クロちゃんもイチカと一緒に空に浮かんでいる。「え?え???あれ?こ、この感覚は・・・またニュクス様が・・・」と、赤毛の魔女は慌てる。「頼まれていた食料はこちらになります」と、チルべは知らないふりをしているのか、商談を進める。「あ、はい。すみません。金貨でお支払いしてもよろしいでしょうか。」と、赤毛の魔女は答える。「もちろんです。それでは釣り銭はこれで。食料は後ろの方に渡しますね」と、チルべは赤毛の魔女に微笑む。

「はい。ありがとうございます・・・・・・あの、昨日、ニュクス様が私、マナレに宿られました。兄のことを少し聞いてしまい、兄が実はもう・・・・・私はどうすればいいでしょうか」と、赤毛の魔女、マナレは聞く。

「食料を届ければ良いと思いますよ。あとは魔法職さいごのかみさまにお任せなさい。お兄様はすでに冥界の住人になられていたのですね。それは何となく理解できました。魔法職さいごのかみさまはきっとお助けくださるでしょう。心を無くした迷い子こそ、わたくし正客しょうきゃく。それは聖書にも書いてあります。聖書は裏切りません。お任せなさい」と、チルべは改めて微笑む。

「・・・・・・ええ、そうですね。そうします。」と、マナレは目を瞑ってから両手を胸の前で組む。「魔法職さいごのかみさま、どうか兄をお助けいただきありがとうございます。心より感謝申し上げます」と、祈りを唱えてから来た道を戻ろうとする。白い光が、マナレたちを包みこむ。転移魔法陣が足元に輝く。マナレは王宮殿の自室の前に転移されていた。扉の前にはイチカ・リィズ・アナスタシアもいる。マナレは廊下に跪いて、「お久しゅうございます。魔法職さいごのかみさま。あなた様はニュクス様の片割れ、イチカ様であられますか」と、マナレは聞く。マナレの後ろの大男も跪いている。イチカはただ頷いて、「ここにいるのね。幻術が発動しているわ。この扉の先は私だけで行くから。待っててね」と、言う。

「お任せします。兄をよろしくお願いします」と、マナレは跪いたまま頭を下げる。

イチカは扉を開けた。完全なる幻術・・・イチカたちに視える金の糸をイチカは指先に集め始める。一つの球体となって、床に転がす。クロちゃんはそれをパクリと食べてしまった。幻術は消えて、瘴気しょうきが立ち込める。部屋の中の瘴気が白い色のついたシャボン玉のように割れては虹色の光へと変換されていく。部屋の奥にはシワだらけの犬の顔していて、背中からは大鷹の翼が生えている。胴体は人間のそれだが、足は馬と同じ四本足の姿をしている。盗賊・・・命を奪いながら、色んな生き物と混ざり合って、死者である事を認められず、盗賊のように命を奪いながら、混ざり合いながら留まってしまう。それがたまたま大いなるあやかしとして私たちにアクセスしてしまう。アクセスする事で、初めて自分のしてきた事を認識できる。鬼と成り果てた己を。ずっと夜が眠れなかった事も。そこからやっと解放される。深淵にて鬼の姿を見るのと、神の愛に目覚めるのは同時という聖書の言葉をイチカはふと思い出す。今の体では、人間の食べ物で満足できるはずが無い。ただ私たちの術を再現することで、私とニュクスを。魔法職さいごのかみさまを待っていたのだろう。イチカは近づき、シワだらけの犬の顔を撫でる。犬の目からは血の涙がこぼれ落ちる。口は何かを呟いているが、聞き取れない。「クロちゃん」と、イチカは呟く。クロちゃんは跳躍して、妖の人間の姿をした胴体を貫く。クロちゃんの口には心臓が咥えられていた。咥えたまま、イチカの足元に戻ってくる。「うん。いい子ね」と、クロちゃんの頭を撫でる。咥えていた心臓は白い光となって消えていく。妖になった他の体たちもまた消えて行った。「たくさん昇っていったわねぇ。エリザに会いに行かなくちゃ」と、イチカは部屋を出て扉を閉めた。「ありがとうございます!」と、マナレに飛びつかれる。「うんうん」と、イチカは頭を撫でる。撫でながら女騎士エリザの気配を探る。宿屋リィズにいるじゃない。イチカは転移魔法陣を足元に発動させる。マナレと大男も一緒に転移に巻き込まれる。

 宿屋リィズに、白い光の粒となって、三人が現れる。「こんにちは、ごきげんよう、エリザ。どう?盗賊ゴルドバルを浄化して来たわよ」と、イチカはテーブルに座って夕食を食べていたエリザに話しかける。エリザは口を開けたまま、フォークをテーブルに置き、床に跪いた。「ありがとうございます、魔法職さいごのかみさま。それで私の似顔絵は役にたったでしょうか。」と、エリザは言う。

「いいえ。あなたも完全なる幻術にかかっていた見たいね。それでは逃げられて当然と言えるわね。彼はただ妹と私に会いたかっただけだったのだと思うわ。白夜を過ごして来た鬼が安らかな安息の地を求めたのよ。・・・どちらにせよ、一人の鬼を浄化できて良かったわ。この土地に戻って来たかいがあったわね。」と、イチカはそれだけ言うと転移した。

「空の上、たまにはいいわね。風を感じるのも」上空三万メートル。そこにはアナスタシア国に降り注ぐ滝の元になっている湖がある。山脈の頂上があるのか、それともイチカとニュクスが創り出した湖の精霊なのか。湖も常に囲む雲によって、その真意は分からない。それともそもそも完全なる幻術なのかもしれない。イチカは雲の中へ身を隠していく。相棒であるクロちゃんと不死鳥を連れて。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法職(最後の神様) グイ・ネクスト @gui-next

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ