第16話 イチカ、我が家から始める?

 イチカ教の大聖堂では、イチカの金の像を中心に、まだ朝が早いというのに、大勢の人が集まっていた。神官オファルはイチカの金の像の最前列で、膝をついて目を瞑ってお祈りを捧げている。神官オファルはイチカの像を見つめて、何かおかしい事に気づいた。頭上に不死鳥がいる。左肩には黒き狼がやって来ている。そして金の像のすぐ横にプラチナに輝く髪、金色の目、宵闇のドレスを着たニュクスが現れる。ニュクスがイチカの金の像の額に口づけを施す。ニュクスは金の像になって、イチカが動き出す。金に輝く髪、虹色の目、白い長袖を下地に赤いワンピースを上に着ている。

「おはよう、神官。えっと名前はオファルだったかしら。ちょっと聞きたい事があるのだけど、いいかしら」と、イチカは神官オファルの手を握る。

「・・・・・・」と、神官オファルは余りの出来事に返事をするのを忘れている。イチカに近い金髪で、後ろをリボンでくくっている。エメラルドの目をしていて、肌は白く、小顔だ。彼女はまだ自分に起きていることを理解できないという感じなのか、首を横に振っている。口をパクパクと動かして何かしゃべろうとするも声にならない。イチカはそれをじっと根気よく見つめている。「神官、起きて。目を覚まして」と、イチカは声をかける。神官オファルはやっと「お、畏れ多い事にございます。」と、目線を下にして頭を下げる。周囲にいた人々からは嗚咽が聞こえる。どうやら泣いているようだ。「神官オファル、面を上げて。盗賊ゴルドバルの手下たちについて探しているのよ。まあ、私にしてみればちょっとした遊びではあるけれど。何か不審者を見たりしていないか、ここにいる信徒たちにどうか聞いてもらえるかしら?」と、イチカは尋ねる。神官オファルは急いで立ち上がり、「も、もちろんです。魔法職さいごのかみさまな、何なりとお聞きください。だ、誰か不審な者を見た信徒は告白する事を許されました。我らの魔法職さいごのかみさまに聞いていただきたい者は今すぐ立ち上がり・・・」と、最後まで言うまでも無く、一人の男が立ち上がり話し出した。

「わ、私は南の街、ディボルドから来た者でして。パン、野バト、野菜、果物などを売り買いしております。この頃はイチカ様が戻って来られると街の者たちが活気づいていたので、ここが売り時と、南からわざわざここ首都ニュクスに足を運びました。辿り着いたのは三日前になるのですが、二日ほど前に二人組の不自然な男と女に会いました。身なりが悪かったわけでは無く、旅は二人だけでしていると話しているのに、買っていく量が、二人分よりも多いかったのです。その上、さらに多くを用意しておいてくれと、明日またやって来るのです。ただもしかすると正規の客である可能性も捨てきれません。それでも良いでしょうか、魔法職さいごのかみさま。はっ、私としたことが・・・名前はディボルドのチルべと言います。神官様より御許可を頂いた露天の場所は街の南、王宮殿の正面から見て左側となっております。ただ正規の客と疑うのは、この二人、王宮殿の中へ戻って行くのを見たからです。王宮殿は身元を確認する衛兵たちがいます。衛兵たちは二人の顔を見るなり、すんなりと通していたのです。まるで昔からの知人であるかのように。そんな二人が果たして盗賊の仲間と言えるでしょうか?」と、チルべはそこまで言うとイチカを一度、見てから跪いた。「クロちゃん。チルべの匂いを嗅いできて」と、イチカは声をかける。クロちゃん(黒き狼、世界を壊す者)はすでに跳躍していて、チルべのすぐ隣りに降り立つ。匂いをかぐ仕草をしてから、クロちゃんはイチカの左肩へ戻る。

「盗賊ゴルドバルは赤毛の魔女かもなぁ。ニュクスが力を与えた者と同じ匂いがする。おそらく買いに来ていた女の方がそうだろう」と、クロちゃんは言う。

イチカの首の周囲にテレビ画面のような映像が現れる。イチカは目を瞑っている。

黒髪だった女性の頭をニュクスが触っている。ニュクスは何か唱えて、黒髪の女性の髪に炎の精霊を宿して赤毛に。さらに宵闇のドレスをプレゼントしている。

「ニュクス・・・五感共有できるよね」と、イチカは呟く。

【できるわ。力を授けたのだから。力を奪えば生死を与える事もね】

「昨日の買い物、多い分は誰に?それとも誰々?それを見て」

【・・・・・・兄がいるわね・・・・・・。小ざかしい事に兄は幻術を使用しているわ。それも私たちの編み出した完全なる幻術を使用している。つまり、私たちにアクセスしてしまった人間。奈落アビスフォールンかもしれないわ】

「それじゃあ、王宮殿に堂々といるわけね。私たちの編み出した幻術なら見破りようが無いわ。あれは私たちだからこそ、認識できる幻術だもの。王国キングダム英名ヒーローでは無いのね。正直、どちらも厄介な事だわ。ところでチルべ。明日の取引、私たちは遠くから身守る事を許してもらえるかしら」

「も、もちろんです。魔法職さいごのかみさまの仰せのままに」と、チルべは一度目線を上げて、すぐに下を見る。

「神官、オファル。あなたは私が力を授けた人間であり、女性。さあ、集まってくれたみんなに私からの祝福を」と、イチカは声をかけた。

「声をかけて頂き、感謝します。神官、オファル。やらせて頂きます。魔法職さいごのかみさま、私たちの心の闇をお照らしください。、ちょうど良い光加減で私たちの心の闇を優しくそっと包み込んでください。ああ、あなた様の天幕に勝るモノなど、どこにもありません。あなた様は王の中の王なのだから。天幕に守られ、傷ついたもう一人の私の傷口を癒してください。私は傷を癒やされたもう一人の私と一緒に。この場所から。たとえそこが奈落アビスの底であったとして手を繋ぎ、一緒に歩いていきます。手をつなげぬなら、髪を、髪が駄目なら足を。歩みが遅いならその歩みに合わせます。かげも私であり、ひかりも私ですから。私たちは一緒に歩いてこそ、魔法職さいごのかみさまであるゆえに!さきわえたまえ」

と、オファルはゆっくりと、ゆっくりと叫んだ。虹色の光が大衆の頭上に行きわたり、白い光となって輝く。

イチカはそれを確かめてから笑顔で、その場から転移する。

転移した先は本来光の無い海底一万メートルの深海。

イチカの金に輝く髪と虹色の目、白い肌はうっすらと発光しつつ、その上に羽織っている赤いワンピースも光らせている。降り立った場所は砂地だった。砂の上に腰を降ろして、イチカはワイングラスを取り出した。その中にいかづちを入れる。グラスは割れる事も無く、雷を放電させている。イチカはそれをゆっくりと飲み干す。

奈落堕アビスフォールン。久しぶりね。そういうの・・・楽しみだわ」と、クロちゃんの頭を撫でる。クロちゃんはイチカの太ももの上で寝そべっている。不死鳥はイチカの頭の上で目を瞑って寝ていた。


続きます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る