第15話 イチカ、盗賊を追う

 ニュクス・リィズ・アナスタシアはシロちゃんと不死鳥を連れて酒場ビクトリアに来ていた。築五十年ほど経過した古い酒場だ。今日も大勢の客で賑わっている。見ると、兵士たちがテーブルを囲んでお互いの手柄話などをしながら、飲み食いしている。そしてそのまま騒ぎが続くと思われた。「ん?どうした?」と、ニュクスは声をかける。騒ぎは止まっていた。静寂が酒場に訪れている。誰もが飲むのをやめて、両手を胸の前で組んでお祈りをしている。「良い。許す。みな、おもてを上げて、騒ぐが良い」と、ニュクスは声をかける。「ありがとうございます」と、兵士の一人が立ち上がり、ニュクスの前で跪く。「デラックなる者を探している。知らないか?」と、ニュクスは聞いてみた。プラチナに輝く髪、金色の目、宵闇のドレス。兵士はニュクスを見上げて、姿を確認してからまた下を向く。「私がデラックです。盗賊ゴルドバルはイチカ・リィズ騎士団から逃げ出したと聞いています。魔法職さいごのかみさま、ゴルドバルの居場所に繋がる話を私は用意しています。私と腕相撲などはいかがでしょう。魔法職さいごのかみさまが勝たれるなら、全てをお話しいたします。しかし負けるなら私たちにお酒を一杯。ここにいる全員に奢っていただけないでしょうか」と、兵士デラックは言う。

「ほう。腕相撲?私と其方で?まあ良いだろう」と、ニュクスは肘をつける丸テーブルを探して座る。「それでは勝負しましょう」と、デラックはニュクスの対面に座って、腕をまくる。ニュクスよりも先に肘を置いた。「では始めるか」と、ニュクスは肘を置く。丸テーブルが凍り始める。デラックの手を握る頃にはデラックが氷漬けになって彫像となっていた。「少々やりすぎたか」と、ニュクスは不死鳥に炎を吐かせる。デラックの氷は溶けて、デラックはガタガタと震え出す。「勝負に関係無く、酒ぐらいなら奢ってやる。マスター配ってやれ」と、ニュクスは声をかける。

カウンターの奥で、マスターと呼ばれた店主は髭を触り、ニコリと微笑む。酒場から歓声が湧き上がる。その中、テーブルを見つめながら、デラックは「・・・・・・し、失礼しました。そ、それで盗賊ゴルドバルの事ですけど」と、震えながら話し出す。「うむ」「逃げ出したのは、盗賊ゴルドバルの手下が絡んでいるようでして。イチカ教の大聖堂の信徒たちが怪しい輩を見たと言っていました。あとは大聖堂で聞いてみてください」と、デラックはそれだけ言うと斜め下を向いた。「なるほどな。それはイチカにでも任せるとしよう。私は・・・マスター、あれをくれ」と、声をかける。「ニュクス様。アレと言われますと」「レインボーシャワー。確かそんな名前だったか?」と、ニュクスは返す。「かしこまりました。お持ちします」と、店主は倉庫に行った店員からボトルを受け取ると、透明のガラスコップに注ぎ込んだ。どう見てもただの水にしか見えない。お酒では無いように見えるし、匂いがあるわけでもない。やはりただの水なのだろうか。誰もが首をかしげながらも運ばれる様を見ている。それがニュクスの丸テーブルに優しく置かれる。

「うむ」と、ニュクスはそれを手にする。手にした途端、水にしか見えなかった中身が虹色に輝き始める。それをニュクスは特に戸惑うということもなく、飲まれる。一回、二回、三回に分けて飲み干された。「店主世話になった。今日の会計はアナスタシア王国の方に請求しておいてくれ。いつも通りな」と、ニュクスはそれだけ言うと酒場を出て行く。シロちゃん(白き狐)と不死鳥も後をついていく。ニュクスが最後に手を挙げたのを見て、酒場ビクトリアの店主は「うん。うちもあれを看板にしよう」と、呟いた。ニュクスは雲の上に転移したのか、上空に浮かんでいる。「盗賊退治となるか、新たな優秀な部下を見つける事になるか。楽しみだ」と、ニュクスは右手にワイングラスを。グラスを揺らすと、先ほどの虹色に輝く、レインボーシャワーが現れる。「アナスタシア、最北端にある三万メートル上空から流れ落ちる滝。その水だけが・・・私とイチカが触るとこういう変化を見せる。まあ、ちょっとした私たちの悪戯だ。」と、ニュクスはまた水を飲み干した。シロちゃんは膝元で丸くまるまって目を瞑っている。不死鳥は頭上に止まり、眠っていた。


続きます。日付は分かりません。

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