第47話 エピローグ

 チュチュ姿のロドリゲスが空中に高く跳び、両足を開いてグランジュッテを決めるたびに、宇宙港の出星ゲートに集まる人々から盛大な拍手が送られる。


「ご主人様っ、僕ちゃん最高でゲスか――っ?」


 的射に向かって両手を振るロドリゲス。的射は背を向けて思わず他人の振りをした。

「あれと一緒に行くなんて、心中しんちゅうお察しします」


 零介がつぶやく。太一の件ではかなり参っていたが、彼は仲間達のサポートを受けながらも自分で立ち直った。


「ま、まあ、成り行きでね。彼がいると場が明るくなるし」


 必要以上に。心の中で付け加えて的射は苦笑いをする。いつか、また北村先生が彼の中に帰ってくるかも知れない。そんな淡い思いが的射の中に残っている。

 アイモト工業の爆発事件と、社員の原因不明の脳炎は一時期ニュースを騒がしたが、それ以上の進展はなくいつしか世間から忘れ去られようとしている。AIに対するパニックを恐れた銀河公共安全調査庁のもみ消しが功を奏したようだ。


「世話になったな、那須先生」


 スケルトンの顔面で社長の目玉がぎょろぎょろ動く。本日は休日でもあり、アイモト工業の社員達はほとんどが宇宙港に見送りに来ていた。あの日落ちてきた天井に潰された社長だが、ほとんど全身が機械に置換されていたため、脳と命には別状がなく、翌日から率先して工場の瓦礫を片付けていたらしい。酷い爆発にもかかわらず社員達に人的被害は無かったことが不幸中の幸いだった。


「本当ならもっとうちで働いて貰いたかったんだが、産業医派遣協会のたっての頼みであれば仕方ない。宇宙には、他にも先生を待っている事業所が沢山有るんだろうからな」


 あの事件から半年。社屋半壊、的射を始めほぼすべての社員の入院。再起不能と思われたアイモト工業であったが、口止め料に近い銀河政府からの多額の補償金と、社員とAIロボット達の奮起もあり、驚くべき速さで事件前とほぼ変わらない業績をあげることができるようになっていた。


「さみしくなるわぁ、喧嘩相手がいないと」


 完璧なプロポーションを強調した派手な服で登場したアンダは、拗ねたように肩をすくめた。


「でも、次の先生の任地が姉の住んでいるところで丁度良かった。一部屋余っててさみしかったみたいで、先生とシェアできる事を喜んでたわ」

「でも、もうここで順平と三人の夕食会に参加できないと思うと残念だわ。私、アンダみたいなお姉さんが欲しかった」的射は彼女の両手を掴んで握手する。「本当にいろいろありがとう」

「あ、これ半蔵さんから言付かりもの。入院中に彫金に目覚めたみたい」


 アンダは小さな包み紙を差し出した。


「来月から、半蔵さんも職場復帰。胸の影も、頭のナノマシンも無くなったから、また溶接部門で働くことになったわ。今度は粉塵対策、温度管理をきっちりしているから大丈夫だと思うけど」

「太一の件では相当がっくりしていたみたいだけど」


 的射は一番気になっていた事をたずねる。


「ええ。でも病院を抜け出してお参りしてから踏ん切りがついたみたい、今度は人間にもAIにもびしばし指導するってはりきってたわ」


 小さな包みの中には、羽ばたく青い蝶のブローチが入っていた。


「大切にします」的射は胸に半蔵の気持ちのこもったプレゼントをおしいただいた。


 アンダはチラリと的射を見る。半年で伸びた髪の毛はまた短いお下げに結われ、青いリボンが揺れている。


「的射先生、そろそろお下げも卒業したら? まるで子供みたいで男の子にもてないわよ」

「アンダこそ、前の写真家の彼みたいに今度は欺されないように、婚活マッチングパーティ頑張ってね」


 二人はにらみ合って、そして吹きだした。


「先生、数々のご無礼をお許しください」


 そこにブーメンこと経理のタイトと、人事の畠山巌が駆け寄ってきた。


「何か餞別を持ってこようと思ったんですが、偽ルナには何にも無くて」

「いいの、タイトのおかげで防護具も充実して安全対策が整ったし、巌のおかげでAIロボットのプログラム改善もできて、それが何よりの手土産だわ」


 的射の微笑みに二人は頭を掻く。


「いや、社員を大切にするって事が、こんなに会社に有益なことだとは思っていませんでした」


 畠山がしみじみと言う。


「まさに、社員の健康は一番の節約、ですね」

「お前、また金勘定かよ」


 畠山がタイトに突っ込む。的射達を囲んだ人垣が笑いに揺れた。

 ロビーでは零介はじめ統括そして管理AIロボット達、金属加工部門一行が見知らぬ人々の手拍子を受けながら両手に丸盆を持って踊っている。

 そして。

 遠くから赤い巻き毛の長身の青年が走ってきた。

 初めて会った時と同じように、軽やかに地面を蹴りながら。


「せんせー、これ」


 的射の前でバランスを崩しながら立ち止まると、順平はいくつも重なった四角い箱を差し出した。


「ラブリュスのシュークリームです。船の中で食べてください」


 ラブリュスのいろいろな種類のシュークリームの箱が積み上がっている。これをすべて買い回っていたせいで遅れたらしい。


「ありがとう、お世話になりました」


 的射は事務的に返事をすると、箱を両手で持って深々とお辞儀をした。


「あ、あの、せ、先生――」。

「もう、出発時刻ギリギリです、行きますよ」


 順平の言葉はパースケの叫びにかき消された

 パースケはパイロットスーツに身を包んでいる。筋肉の無い貧相な体型でも、ぴったりとしたスーツを着ると妙にカッコいい。帰るついでに自前のシャトルで的射を次の任地に送っていくらしいが、おっちょこちょいSEの変貌にみんなは息をのんだ。


「いいか、パースケ。くれぐれも安全運転で目的地に送り届けてくれよな」


 順平はなんだか落ちつかなげに、うろうろと二人の周りを歩き回った。


「大丈夫ですよ。僕はプログラムをいじるよりシャトルの運転の方が得意なんです。ロドリゲスの質量が思ったより少なくて、予定より荷物も少なかったし――あ、心配だったらついでに順平も一緒に乗っていきますか?」


 パースケの冗談に、的射はびっくりしたように順平を見上げる。

 順平も言葉を失う。

 だが。


「僕はこの星を代表する企業、アイモト工業の庶務課長です。復興途中で職務を放り出す訳にはいきません。的射先生のこと、よろしくお願いいたします」


 的射の手には、半蔵が送った青い蝶のブローチが握られていた。

 彼は一礼をして、見送りの一団に戻っていった。






 シャトルを留めているスポットに向かう的射とパースケ、ロドリゲスの姿が瞬く間に小さくなる。


「ところで、順平」


 大きく手を振って二人を見送る順平に、背後からアンダが声をかける。


「あんた、的射先生に一生蝶々の夢を見させておく気なの?」

「え?」


 振り返って、社員の視線が自分に集中しているのを見て、狼狽する順平。

 両腕を腰に当てたアンダがため息をついた。


「モルフォ蝶の旦那に頼まれたんでしょ。的射先生の事、よろしくって。彼女をたった一人で行かせていいの? 守ってあげるんじゃないの、これからも」

「いや、僕なんていても何もできないし。仕事能力も、護身術も彼女の方が上だし」

「でも、博士がいなくなった心の空白を埋めたのは、順平の目立たないけどきめ細かいフォローだったわ。あんたは地味だけど、この星の大気を守るメンブレンみたいないい仕事してるのよ」

「い、いや、彼女はまだ博士の事が忘れられないんだし、第一、八つも年上の僕が追いかけていくのは、気持ち悪いだろう」


 もう我慢しきれないとばかり、両手の拳を握ったアンダが怒鳴る。


「奥手で、お人好しで、堅物のあんたが妙な下心なんか持ってないことはみんな解ってるわよ。でもね、あんた先生といるときはとっても生き生きしてんのよ、そして先生もねっ」

「ぼ、僕はここの庶務課長で、まだ会社の再――――」


 目を伏せてもごもごと口を動かす順平を社長がニヤニヤしながら一喝する。


「うぬぼれるな。アイモト工業はこの星きっての優良企業。お前が居なくなっても事務方の求人にはこまらんわい。つべこべ言わずに、さっさと行けっ」

「で、でも――、あ、ありがとうございますっ」


 飛び上がって駆け出す順平。

 彼は途中で一度止って、バランスを崩しながら皆の方をふり向いて一礼する。


「時間が無いぞ、さっさと行け」怒鳴る社長。「退職金は後で振り込んでやる」

「荷物もお兄さんと相談して後から送ってあげるわよ」


 手を振ってアンダが叫ぶ。

 順平は出星チェックゲートの辺りで、三人と合流した。小さな影が、順平に飛びつく。そしてひとかたまりになって小さくなっていく。


「帰ってきてご覧なさい順平、もう逃がさないからね――」





 ラブリュスの緑の空に白い航跡を残して、的射達を乗せたシャトルが未来に向かって飛び立って行った。


                         


                             ―了―

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おさげ少女は産業医 不二原光菓 @HujiwaraMika

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