イマハユル(イマハのゆるい日常はこんなにも幸福に満ちている)

緋那真意

第1話

 私はイマハ。認識番号でいうとVIP-108らしい。安直な呼び方だとは思うけど慣れてくるとこれはこれで味があるとも思うのだ。

 私がいるのはポート・トゥエルブ。この階層都市エクセルの最下層だ。色々なものが雑然と混ざり合っているが乱れてはいない。ひとが居て物があって音が響いている。ただ、遥か上に望む都市のてっぺんからどんなふうに見えているのかは分からなかった。ゴミみたい、とは言わないだろうけどお近付きにはなりたくないとは思われているかも知れない、と私の開発者おやがそう語っている。

 彼は変わり者で最上層のポート・ワンに住んでいたにも関わらずわざわざトゥエルブまで自ら飛び降りてきた ― あくまで本人の語るところなのだが ― らしい。しかもその動機というのが私を、人間らしいガイノイドを作りたかったというのだから呆れて物が言えなかった。少なくとも私の思考回路はそう判断しているが、そこからしておかしい。私だって好き好んで生みの親を貶したくないのだが、彼は「お前にそう言われると心が和む」などとのたまうのである。

 

「そんな根性だから追い出されたんじゃありませんか?」

「おう、ワシは根性無しでの。あんな窮屈な場所にいると肩が凝って仕方がないんじゃ」

「口が減りませんね」

「そんなことより飯にするぞイマハ」

「はいはい……」


 こんな調子である。最近は私も相手にせず、さっさと食事の世話をして体を清めて寝ることにしていた ― そう、私は毎日寝て起きて、三食を食べないと体を維持できないように仕組まれているのだ。風呂に入るのはともかく、そんな面倒な仕組みにしたのは ― ……よそう。こんなことを思考していると短絡ショートしてしまいそうだ。



 そんなこんなで風変わりな彼のもとで私は家人として暮らしている。最下層とはいえ世界の最先端都市であるエクセルの一部であるトゥエルブは活気に満ちていた。

 にゃーん、と可愛く鳴く三毛猫に手を振って、私は緑のワンピースに身を包み彼の造ったものをクライアントに引き渡しに向かう。クライアントと言っても相手は近くの役場である。私にとってはちょっと楽しいお散歩と言っていい。超繊細度鋼繊維で出来た金髪が風に揺れている。


「イマハさん今日もお使い? ご苦労さまね」

「お姉ちゃん! お昼食べたら遊んでね!」

「お勉強でしょスワンくん……パティさん、お気遣いありがとうございます」


 パティさんはロボット一家の奥様で、スワンくんはその息子。かなり古めかしい人型機械然とした外見ながら気さくで優しい。手ずから育て上げた白鳥型メカスワンくんを溺愛しているのはご近所なら皆知っている。


「イマハさんもすっかり馴染まれたようね……初対面ではあんなに驚かれていたのに」

「いやその、彼の設定忘れが原因ですから……」

「お爺ちゃん、人間だから物忘れしがちなんじゃない?」

「スワン!」

「良いんですよ、そのくらいでへこたれる彼じゃありませんから」


 苦笑いが出てしまう。起動してすぐの頃は確かにボケ老人っぽい感じであったが、最近は活気が出てきて人様のお役にも立とうと技術屋みたいな活動も始めていた。


「でもお気をつけてねイマハさん。人間も機械も年月を経れば脆くなるものよ」

「……ですよねパティさん。心しておきます」


 別れを告げて歩き出すものの思考は揺らいでいた。そう言えば彼が最後に医師にかかったのはもう二年も前のことである。私も定期的にメディカルチェックを実施してはいるが、そのデータベースもその時更新したきりだった。彼の物忘れを笑っている場合ではない。


「仕方ないか。帰りにドクタースポットに寄ってデータを更新しておかないと」


 足を早める。医者嫌いの彼が造った私のメディカルサポート機能は無理矢理後付された旧式で自動更新も既に打ち切られており、おまけに今この付近には人間の医師がいない。彼にもしもがあったときに対処できるのは私だけだ。



 役場に行くと事務係長のウィリアムさんが待っていてくれている。


「約束のヘッドセット・トランシーバー四組です」

「ご苦労だったねイマハさん。博士はお元気かな?」

「相変わらずです。ひねくれたことばっかり言って」

「そうかいそうかい。まぁあの博士はそんなもんだ」


 ウィリアムさんはポート・イレブンからこちらに出向している人間で、役職こそ係長であるが実質的にこの地区を管轄している区長だ。


「最初は偏屈で手を焼かされたものだが、イマハさんが造られてからは大分丸くなったよ」

「今度直接言ってやってください」

「ははは、沸騰したやかんが頭に浮かぶよ」


 そう言って品物を受け取った相手から私は次の依頼書を受け取る。


「夜間用ライトスティック……このところ人間用の装備発注が多いですね」

「ああ、近々人間スタッフの増員が予定されているのでね」

「あら、そうなんですか……この辺りもめっきり人が減ってきたというのに……もしかして」

「ああ『締め出しロックアウト』だ」


 苦々しい表情で語る。エクセルでは不定期に住民の選別を行い上層で不要と判断された者を下層へと強制的に移動させる方針を取っている。何がどうして不要なのかの判断は並列思考型AI「Life」「Death」「Birth」によって集計討議された結果であるそうだ。一応はリコールも可能だが私の記憶に通った例はなく、それを含めてろくな話ではない。


引き上げプリングアップも最近はないのに落としてばかりで大丈夫なんですかね?」

「イマハさんにそう言われてるようじゃ上も長くはないかもしれんな……ともあれお疲れさま」

「こちらこそ。またよろしくお願いいたします」


 挨拶をして役場をあとにした私はそのまま隣りにある医療情報案内所ドクタースポットで、メディカルデータの更新を行う。流石に二年近く接続してなかっただけに更新の量は膨大で、過負荷オーバーロード ― 人間で言うと情報酔いに当たるらしい ― を避けるために二度再起動しなければならず、終わった頃には夕方を示すほのかなオレンジの光が点灯していた。


「もっとマメにならないと駄目ね。私の習慣付けの優先度を引き上げないと」


 無駄に意気込む。過去何度か優先度を書き換えるという姑息な手を使ってきた彼だが、私の方も対抗してオートプロテクトと情報分割処理で完全抹消を阻止出来るようになってきていた。


「少し人間らしさを追求し過ぎたかの?」

「後悔先に立たず、という言葉を知っていますよね?」

「ワシゃ後悔などしとらんぞ。お前が育つのは良いことなんじゃからな」


 ついこの間もメンテナンス後に行動プロセスと記憶の不一致に気づいた私に彼はそう言って煙に巻こうとしたものである。


「ならこっそりプログラムを調整しないでくださいよ」

私的記憶領域プライベートメモリに干渉しないだけありがたいと思わんか!」

「それをやられるくらいなら自壊じがいさせていただきます!」

「……安心せい。ただの冗談じゃ。乙女の秘密を覗いたりはせんからの」


 流石に気まずいと思ったのか珍しく矛を引っ込めてくれたが短絡気味に「自壊」などと口走ってしまった自分も嫌になった私は自分から再調整を願い出ていた。しかし彼の方は「自分が作ったものならそれくらい言えるべき」と気を取り直したように笑っていて、調整自体はしてくれたのだがどこが変わったのか良く分からないほどの軽微な修正で済まされている。それ以来、私は思考の揺らぎがそれまでより少し大きくなった気がしていた。


「人間らしいガイノイド、か……彼は本当に何を考えているのかしら」


 独り言が口をついて出ると同時に体内の動力炉から節操のない熱源補充アラートが鳴り響き、すぐにミュートして道を急ぐ。今日の夕食はイレブンから卸されてきた新鮮な肉のソテーを予定していて、肉食志向の強い彼も期待していた。

 しかし、私は急がせていた足を途中で止める。道の先にはあまり思い出したくない相手が見える。


「今日という今日こそ、迎えに来たぞイマハ」

「モアさん……!」

「もう完全にその名前で定着してしまったな。もう私をMOA−2257−01なんて呼ぶ人がいなくなってしまったではないか」


 Machinery Official Agentなんてたくさんいるのに私だけモアなのは変だと思わないのか、と彼女は不平を述べた。来てそうそうの態度とは思えないが、01という所属番号の示す通りポート・ワンの住民局に所属する敏腕のエージェントであり、彼の捜索のためにトゥエルブまで定期的にやって来ている。


「モアさんだって私をイマハって呼んでいるじゃないですか」

「それはお前がそう呼べとしつこいから……まあ良い、今日はそのことを言いに来たわけじゃないからな」

「あ、やっぱり。そろそろ来るかと思ってました」

「ふん、相変わらずふわふわとした論理構成の割に聡いなイマハ」


 彼女の皮肉には耳を貸さない。用件は締め出しに関わる話に決まっていた。


「単刀直入に言わせてもらおうか。我々住民局はお前とドクターをポート・ワンに引き上げるために強制ロックアウトを実施する予定だ」

「……前に話されてましたね。私もドクターもトゥエルブには過ぎた存在だと」

「そうだ。トゥエルブが住み良いなどと主張するものが増えればエクセル全体の治安にとって悪影響が大きい」


 モアさんは差別意識を隠そうともしないが、それが彼女の当たり前なのだから批判をしても仕方がない。強いて言うなら彼女の製造者と運用元が悪いのである。


「住み良いなんて私も彼も言ってませんよ……人間で言うところの『水が合う』というだけで」

「それが問題なんだよイマハ。近頃ポート・ワンの住民調査でも上層と下層の在り方に不満を抱くものが少なくなくてな」

「下に手厚く上がおざなり、と?」

「その通りだ」


 私の指摘にモアさんは大きく頷いた。まぁ言いたいことは分かる。今のエクセルを維持しているのはポート・シックス以上に住む中産階級以上の住民の資本で、もっとも人口の多い貧民街であるトゥエルブの貢献度はシックスと比較しても一割ほどに過ぎない。


「でもそれは私たちには関わりのない話ですよね? それとも連れ戻すためだけに締め出しを行うのですか? それならそれで批判するべき対象が異なりますよね」

「大有りだ……そもそもドクターが身投げなどしなければこんなことにはならなかった」

「彼が身投げしたせいで防止用の柵が整備されて、身投げできなくなった人たちが批判勢力に転じて社会問題ですか……それこそ知ったことじゃありませんよ」


 私はそう言うとモアさんの隣まで歩み寄り、接触通信を行う。


「……近いうちに実力行使に出るんですね」

「分かっているだろうが、手加減はしない」

「モアさんも大変ですね。また改造されてるじゃないですか」

「全くもって不本意だよ。あの時お前に『夕食どうですか』などと誘われて情けをかけたばっかりに……」


 それについては確かに悪いと言うしかない。直後にそれ以上丸め込まれないよう食事機能を削除されてしまい、その後も失敗する度に機能削除されて現れる彼女を見るたびに気の毒でしょうがなくなってくる。本当ならもう彼女など引っ込めて単なるメッセージボードでも送りつければ良いようなものなのだが、わざわざ名前を固定してまで使っているあたり局側としては重宝しているのかもしれなかった。


「……ご心配ありがとうございます。夕食食べたら強化型戦闘用外殻スーパーコンバットシェルの中でお待ちしていますね」

「素直に連れて行かれる選択肢を取れんのかお前たちは」

「嫌だなぁ、役立たずのポート・トゥエルブに住んでる不平分子なんて鎧袖一触でなくちゃ」

「……今日の夕食は?」


 お肉のソテーです、と素直に答える私に「肉ばかり食うなと言っておけ。早死されても困る」と気遣いなんだかどうかわからない捨て台詞を残してモアさんは今しがた私が歩いてきた方へと去っていく。モアさんとウィリアムさん、二人の心労も少し考えないといけないかなと考えつつ家に着いた私は、一刻も早く飯をと催促してくる彼にきちんとした診察をさせろと交渉し、成立させてそれらを済ませたあと家の奥に隠してある強化型戦闘用外殻の整備に入った。



 翌朝。


「お姉ちゃん昨日は派手だったね!」

「全く近所迷惑も良いところでしたわね。夜間にあんな大きな音を立てて!」

「……あはは、まぁ火の粉は払わないとですから」


 私は回路の負荷と動力炉のアラートに悩まされながらパティさんたちに苦笑いを浮かべる。外殻は非常に堅牢で出力も高いのだけど、単体で起動させられず私の内部動力も併用しないとならないため負担は大きい。昨夜も第三波まで攻撃が続いたせいで危うく戦闘中に機能停止するところだった。モアさんの「手加減はしない」という言葉に嘘はなかったと言える。


「僕も格好良く何かと合体して強くなりたいなぁ」

「そもそもそういう危ない目に遭わないのが一番なのよスワン……じゃあお大事にねイマハさん」

「ありがとうございます……」


 戦闘で損壊した家の片付けを手伝ってくれていたパティさんたちにお礼をいうと、家のマイクロシェルターに避難していた彼が顔を出す。


「イマハ、メンテナンスの準備ができたからはよこっちに来い」

「はーい」

「……いつもすまんの。せっかくの可愛い顔が台無しじゃ」


 戦闘が終わったあとの彼は大体哀しげになる。私としてはいつも通りで居てほしいのだけど、最初の戦いのあとでそう言ったら本当に途方もなく落ち込んだしまったのを私は記憶領域の奥深くに厳重に保管してある。だから私はこう言うのだ。


「手を抜いたら張り倒しますよ」

「張り倒されるような手抜きをするわけ無いじゃろ」


 私はイマハ。Viceless imaginative Partner-108のイマハ。私の日常はこんなにも楽しく幸せに満ちている。上に行ってもきっと飛び降りてしまうに違いない。おやがそうしたように。

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イマハユル(イマハのゆるい日常はこんなにも幸福に満ちている) 緋那真意 @firry

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