④稲荷と姫路と
それから、姫路と稲荷は付き合い始めたらしい。
らしいというのも、その夜から俺は二人と距離を置いたので、人伝いに聞いたのだった。
稲荷の体の中で感じていた姫路への恋愛感情は驚くほど綺麗に消え失せて、それに少しだけ安心した。
正直稲荷には悪いことをしたと思っている。
精神が肉体に引っ張られたからとはいえ、彼女からしたら目の前で好きな人を抱かれたようなものだっただろう。耳に彼女のすすり泣く声がこびりついていた。
しかし――付き合い始めたのか。
姫路にとって素の稲荷は退屈な人間だと思う。二人が付き合い始めたのがあの夜きっかけであることは間違いないが、あの夜の稲荷は、もうどこにもいない。
それでも二人が一緒に歩くことを決めたのなら、俺には口出しをする権利はない。
ただ、ひとつだけ気になることがあった。
これも伝聞だが、稲荷は時々人が変わったような行動をとることが増えたらしい。突然積極的になったり、突然口調が荒れたり。
それと関係があるかはわからないが、サークルの男子陣の姫路を見る目が少しずつ変わってきた。
よそよそしいというか、気まずいというか。
姫路はもともと、一歩離れた場所で笑われるポジションだったのに、今はなんだか――みんなの元恋人のようなポジションになっていた。
まさかな、と俺は自分の考えを否定する。
まさか、俺が稲荷の体に入ったように、稲荷はいろんな男を自分の体に招待して、飽き性な姫路を退屈させないようにしているんじゃないだろうな。
まさか、目の前で姫路を抱かれたその屈辱感を、もう一度味わいたいと思ったんじゃないだろうな。
まさか、な。
あれから一度だけ姫路と会話をする機会があった。
「ねえ、草野せんぱ~い」
「どうした」
「いつか、四つ葉のクローバーを一緒に探したのを覚えてますか?」
「ああ、あったなあ」
俺のツイッターの名前は今も『草🍀』のままである。
特にこだわりがないので、あの日に変更させられて以来触っていなかった。
「あとで調べたんですけど、四つ葉のクローバーの花言葉って『私のものになって』らしいんです」
「……は? お前そういう意図が」
「あ、いや。これは本当に事故で、知らなかったんです!」
「ああ、そうなのか」
まあ、その花の花言葉を知らずにプレゼントしてしまうことなんてよくあるだろう。俺はさほど気にせずに彼女の言葉を流した。
「だから、私のものになってほしいだなんて1ミリも思ってなかったんですけどねぇ~」
「…………」
思って、なかった?
なんだその言い方は。
まるで俺が姫路のものになったことがあるみたいな――
「おまえっ! 気付いて――」
「じゃ、また機会があったら遊びましょ、草野せんぱ~い!」
それから彼女には会っていない
**
肺一杯に煙をいれて、ふと二人のことを考える。
姫路を楽しませるため、もしくは自分が楽しむために、別の人間を間に挟んでいる稲荷。
それに気が付いた上で、それを楽しんでいる姫路。
二人の歪な関係の先に、幸せはないだろう。
それでも二人は、その道を進み続けることに決めたらしかった。
「その道はたぶん……行かないほうがいい」
俺は一人、煙と一緒に余計なお世話を吐いた。
稲荷と姫路と俺と 姫路 りしゅう @uselesstimegs
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