第27話「寝落ち」

「おい、そのキノコは俺のもんだ! 勝手に取るんじゃねえよ、サラ!」「こっちに来たのだから仕方がないではありませんか! 先行し過ぎているお兄様が悪いのですわ!」「あ、あわわ……て、敵さんこっちに来た!」


 ドゥーシャを巡る喧嘩からおよそ30分後、俺達は楽しく?ゲームをプレイしていた。


 一応の仲直り……って事で良いのか?


「ほらほら! お前の事踏み台にしてやるぜえ」


「ちょ、ちょっとお止めなさい! 怒りますわよ!」


「ほーらほーら」


「もう! 小学生の頃と何も変わっていませんのね!」


 ただし、ゲーム内でも俺と紗良は喧嘩を始めていた。


「仕返しですわ! 通せん坊ですわよ、お兄様!」


「バ、バカ! 後ろから敵が来てんだから早く行けやあ!」


 協力プレイでゲームを進めるはずが、俺と紗良に限っては完全に妨害合戦を始めている。


「あ、あ、あ……ここで、ジャンプッ! 着地ッ! わ、やった!」


 自身も軽く身体を跳ねさせながら、ドゥーシャはキャラクターを操作する。可愛い。多分、彼女と言う癒しが無かったら、俺と紗良はシャレにならない喧嘩を始めていたかも知れない。


「ボーナスステージだ。ぶっ潰してやるぜ、サラ」


 ゲームはボーナスステージへと突入。このステージではプレイヤー達は協力ではなく競い合ってボーナスを奪い合う事になる。


「だから、私を踏み台にするのはおよしなさい!」


「悔しかったら踏み返してみろよ」


「覚悟なさい!」


 早速、俺と紗良との間で醜い争いが勃発する。


 紗良は奮闘するが、俺に良いようにされるのみとなった。


「お兄様! 許しませんわよ!」


「ば、ばか! ダイレクトアタックは無しだろ!」


「わっ!? だ、だめですよお、紗良様!」


 紗良がコントローラーを床において、俺に拳を振りかぶる仕草をしたので、俺とドゥーシャが必死になって待ったを掛ける。


 紗良はぶすっとした表情のまま姿勢を正した。


「……ゲームで切れて殴り掛かるとか小学生かよお前は」


「ふん。殴る振りですわよ。本気で殴るはずありませんことよ」


「……本当かよ」


 マジで勘弁してくれよ。


 冷や汗を流しながら俺はゲームを再開することにした。


「ふう____ちょっと、本気で行きますわよ」


 ふと、紗良のそんな呟きが聞こえてくる。ちらりと彼女の方を見ると、画面に真剣な眼差しを向ける横顔がそこにあった。目が据わっている。


 ……おいおい、まさか。


「わ! 紗良様凄い!」


 ドゥーシャが感嘆の声を上げる。


 ゲーム内では紗良の操作キャラクターがTASかと見紛うような人並外れたテクニックでステージを進め始めていた。


「凄いですね、紗良様。どうしたんですか。さっきまでとはまるで別人みたいに上手じゃないですか?」


「……」


「紗良様?」


 ドゥーシャが笑顔で話し掛けても紗良は反応しない。まるで何かに憑りつかれたかのようにじっと画面を見続けて、コントローラーを操作している。


「あ、あのー……紗良様?」


「……」


「さ、紗良様……おーい」


 やはり、反応を示さない紗良。


 俺は溜息を吐いて、ドゥーシャの背中を叩く。


「無駄だ。過集中状態で、話し掛けても何も聞こえんと思うぞ」


「……過集中ですか?」


「コイツ、超高純度イレブンナインのヒジリビ種だから、本気を出すと過集中状態になるんだ」


 日本特有の獣種であるヒジリビ種の獣人は、高い集中力を持つ種族であるとされている。そんなヒジリビ種の超高純度イレブンナイン個体である紗良には故意に過集中状態を引き起こす能力が備わっていた。


「……コイツ、ゲームごときにマジになりやがってる」


 若干引き気味の俺。


 余程悔しかったのだろうか。テレビゲームなんぞに特別な力を使いよってからに。


「……ふう……ステージクリアですわね」


 ステージクリアと同時に、ゆっくりと息を吐く紗良。その顔からは疲労が見て取れた。


「おい、サラ。お前、過集中は無しだろうが」


「……あら……過集中状態などには……なっていませんが?」


「いや、なってただろうが」


 声にも疲労が感じ取れる。目もとろんとしていた。過集中後の紗良はいつもこんな感じになるのだ。


「どうする? 疲れてるならもう切り上げるか、サラ?」


「……別に、まだまだ行けますが?」


「お前、無理は……まあ、ゲームするだけだし、危険とかはないか」


 これが何か別の事の最中だったらさすがに休ませるが、まあゲームしているだけだし別に良いか。


 そう思い、俺達はゲームを続行する。


 俺はなるべく紗良をムキにさせないようなプレイを心がけるようにした。


 そして、その内____


「……ふわあ」「……」


 ドゥーシャから欠伸が聞こえ、それとほとんど同時に紗良の手元からゆっくりとコントローラーが床に落ちた。


「ドゥーシャ、眠いのか?」


「……ふわぁ……はい……」


「紗良、起きてるか?」


「……」


 2人に声を掛ける。ドゥーシャからは眠たげな返事が返って来たが、紗良は既に寝息を立てていた。


「今日はここまでだな」


「……はい……そうですね……」


「じゃあ、ドゥーシャは部屋に帰ってもう寝なさい。一人で帰れるか?」


「……大丈夫です」


 そう言って、ドゥーシャは立ち上がる。彼女にはこのまま帰って貰う事にしよう。


 さて、問題なのが____


「起きろ、紗良! 一回起きてくれ!」


「……」


「起きろって言ってんだよ!」


 紗良が目を覚ましてくれない。身体を揺すっても反応なし。過集中状態になっていたためか、どうやらぐっすりのようだ。


「……はあ、全く。しょうがねえなあ」


 俺は溜息を吐き、「ドゥーシャ、ちょっと待ってくれ」と部屋を出て行こうとするドゥーシャを一度呼び止める。


「サラをおんぶするから、ちょっと手伝ってくれないか」


「……ふわぁい……わかりましたー」


 ドゥーシャの力も借りて、俺は微動だにしない紗良を背負う。


「ふう、ありがとう、ドゥーシャ。じゃあ、俺はコイツを部屋まで送り届けるから、お前も自分の部屋へ戻れ」


 ドゥーシャは無言でこくりと頷き、覚束ない足取りで自室へと帰っていく。


 取り残される俺と紗良。


「……軽い」


 背中に感じる紗良の存在にそんな感想を抱く。


 以前、彼女を背負った事があったが、その時は彼女の身体を重く感じたし、背負い辛かった記憶がある。


 でも、今の紗良はその時よりもずっと楽に背負える。


 きっと、俺と紗良とで体格差が生じてそんな風に感じさせるのだろう。


「ゲームで遊び疲れて眠るなんて、子供かよ」


 悪態を吐くが、俺は少しだけ嬉しい気持ちでいた。


「よっと……ん?」


 歩きやすいように紗良の身体の位置をずらした時だ。彼女の身体がぴったりと俺の背中に密着し、それと同時に、俺は背中に柔らかく潰れる何かを感じた。


「……おいおい、マジかよ」


 こ、これ、おっぱいの感触だよな?


「……ブラジャーとかしてねえのかよお前は」


 予想外の事態に俺は少しだけ慌ててしまう。


 別に兄妹同士なので、やましい事は無いし、意識する方が変なのかも知れないが……それにしても謎に申し訳ない気持ちになる。


「……しっかり成長してんだな、コイツ」


 完全に油断していた。一見すると真っ平だったので、不意打ちを食らった気分だった。


「つーか、俺キモすぎだろ」


 妹相手に何色々と考えてんだ。


 疲れてんのかなあ、俺。


 とっとと、コイツを部屋まで送り届けて、眠るとするか。

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お兄様は落ちこぼれの獣師 ラプラシアン蒼井 @laplacianaoi

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