第26話「3人の夜遊び」

 今年の夏休みは退屈だ。


 と言うのも、中学に上がってからドゥーシャ以外の学校の友達が出来なかった所為で、夏休みに友達と遊ぶ予定がないのだ。


 じゃあ、ドゥーシャと遊べば良いのではと思うかも知れないが、生憎とそうはいかない。


 彼女は夏休みの間も勉学に励んでいるからだ。


 通常の受験を経ずに、特別枠でライラック学園に入学したドゥーシャは、皆に勉強が追い付いていない。だから、クラスには所属しているが、個別に授業を受けている状態だった。


 ドゥーシャとしてもクラスメイトの皆と一緒に授業を受けたいらしく、そのために必死に頑張っている。


 そんな彼女の奮闘に水を差せる筈も無く、俺はただその一生懸命な姿を見守っていた。


 朝から晩まで通信で教育を受けて頑張っている彼女の姿を。


 ドゥーシャと遊べないのは仕方がない事だと割り切りながら。


 ただ、不満なのは____紗良のガードだった。


 朝から晩まで勉学に励むドゥーシャだが、夜にはさすがに空き時間がある。それは学校がある時と同じだ。


 だから、彼女は夜間に俺の部屋に遊びに来たりしていたのだが……夏休みの間はそうはいかなかった。紗良がそれを邪魔するのだ。


 曰く、夜遅くに男女2人が個室で一緒に居るのは不潔なのだそうだ。


 夜間、紗良はドゥーシャが俺の部屋に入ろうとするとそれを阻止して来るし、俺がドゥーシャの部屋に入ろうとすると物凄い剣幕で通せんぼうをする。


「ちょっと、ドゥーシャさん! 貴方、またこっそりとお兄様の部屋に入ろうとしていますわね!」


「こ、これは違うんです、紗良様! た、たまたま通りかかっただけで!」


 部屋の外から紗良とドゥーシャの声が聞こえてくる。


 現在、午後9時。


 どうやら、今日も紗良がドゥーシャの訪問を阻止しに来たらしい。


 自由にしてやれよ……ったく。


 俺も辛いが……それよりも、ドゥーシャが可哀想だ。


「さすがに度が過ぎるだろ」


 何の権限があってドゥーシャの行動を制限してるんだアイツ。


 俺は立ち上がり、扉を開けて部屋の前で騒いでいる2人の前に姿を現す。


「おい、サラ」


 溜息を吐き、紗良を睨む。


「お前、いい加減にしろよ。俺とドゥーシャの時間を奪いやがって。てめえに何の権利があってこんな事してんだよ? ああん?」


 吐き捨てるように言うと、紗良は俺をきつく睨んでくる。


「私はただ、家庭の風紀を正しているだけですわ。こんな夜遅くに男女2人が一緒の部屋にいるなど破廉恥でしてよ」


 馬鹿の一つ覚えみたいに!


「破廉恥ってなんだよ。それのどこが破廉恥なんだよ」


「破廉恥は破廉恥ですわ。夜の一室に男女2人……間違いの一つくらい起きますでしょう!」


 顔を真っ赤にして訴える紗良。俺はその言葉を否定する。


「起きねえよ! お前がいない間、何一つ間違いなんて起きてねえだろうが!」


「どの口が! 実際に色々と起きていますでしょう!」


「……ぬぬ」


 た、確かに……最後の一線を越えるような事は無かったが、それを越えかけるような事態は起きていた。


 勢いで反論したが、これ以上何も言えねえ!


 くそっ……いや、ここは別方向から攻めるか。


「でもよお! ドゥーシャが可哀想だとは思わねえのか! 夏休みの間も勉強ばっかで! 夜くらい自由にさせてやってくれよ」


「……む」


 と、紗良は困ったような顔をする。彼女もそれに関しては思う所があるのだろう。


「……私がドゥーシャさんの相手になって差し上げていますわ。夜は私と仲良くしていましてよ」


「でも、それだけじゃドゥーシャも苦しいんじゃないのか。だから、こうやって俺の部屋に遊びに来ようとしているんだろ」


「……むむ」


 はい論破ぁ!


 黙り込む紗良。


 どうやら、俺の言葉に彼女は反論が出来ないようだ。


 すると____


「あ、あの……思ったんですけど……男女2人が一緒にいるのが不味いんですよね?」


 ここで口を開いたのはドゥーシャだった。


「だ、だったら! 3人なら問題ありませんよね?」


 はて、3人とは?


「私とお兄様と紗良様の3人が一緒なら、別に構いませんよね!」


「「え?」」


 俺と紗良は同時に声を発する。


「そう言う訳で、紗良様! お兄様の部屋に一緒に入りましょう!」


「え、え……ちょっと」


 有無を言わさぬ勢いと口調でドゥーシャは紗良を俺の部屋へと連れ込む。紗良は困惑してされるがままになっていた。


「……お、おい……そんな勝手に」


 俺は部屋に入って来た2人に目を丸くする。すぐに追い出そうとしたが……ドゥーシャの嬉しそうな顔を見て、それは憚られた。


「……」「……」


 無言で顔を見合わせる俺と紗良。


 彼女も俺と同じ気持ちらしい。


「……まあ、男女3人なら……問題ありませんわね」


 溜息交じりにそう口にする。


「やったあ! ありがとうございます、紗良様!」


「……ええ、まあ」


 本当に嬉しそうな顔をするドゥーシャ。さすがにこの笑顔を壊すような真似は出来まい。


 と言う訳で、俺の部屋へと招かれたドゥーシャと紗良。


 でも……この状況、この後どうすれば良い?


 喧嘩中の俺と紗良。そして、その間に挟まるドゥーシャ。


 地獄だろ、これ。マジでどうすんの?


 だけど、ドゥーシャの笑顔を壊したくはない。お兄様としてその笑顔を守らなければ。


 ……ええい!


「おい、お前ら、折角だしゲームしようぜ」


 俺は部屋に設置されたテレビを指差し、そう提案する。


「ゲームですか?」「ゲームですの?」


「ああ、配管工の髭を生やした男がお姫様を助けに行くアクションゲームの最新作だ」


 首を傾げる2人に説明する。


「それって1人用のゲームでございませんこと?」


「1人プレイも出来るけど、最大4人まで協力プレイが出来るんだぞ」


「へえー……ですわ」


 あまり興味のなさそうな紗良。一方のドゥーシャはそれとは正反対で目を輝かせている。


「わ、私、テレビゲームとかした事なくて……やってみたいです、お兄様! 紗良様もやりたいですよね!」


「……え? あ、はい……そうですわね」


「じゃあ、やりましょう!」


 ドゥーシャの気持ちに押されて、紗良もゲームをプレイする事になった。


 俺は据え置き型のゲーム機をテレビに接続して、コントローラーを人数分用意する。


「わあ……すごい……」


 聞き馴染みのあるゲーム音楽が流れ出し、テレビ画面にゲームの世界が映し出されるとドゥーシャが感嘆の声を漏らした。


 どうやら、本当にテレビゲームをした事がないらしい。初めて目にするものにワクワクしている様子だ。


「え、えっと……これ、どうやって遊ぶんですか?」


「ああ、今から説明するから____」


 そう言って、俺はドゥーシャにコントローラーを握らせ、ゲームの操作を説明する。説明の間、ドゥーシャは目を輝かせながら、画面とコントローラーを交互に見遣っていた。


「じゃあ、ちょっと、試しに1人でプレイしてみるか」


「は、はい」


 3人で一緒にプレイするつもりだったが、まずは慣れさせるためにドゥーシャに1人プレイで遊ばせる。


「あ! と、跳んだ! 跳んだよ! 凄い!」


 ゲームの中で操作キャラクターが動くたびに歓喜の声を上げるドゥーシャ。無邪気で可愛い。


「ひゃあ!? や、やられちゃった! なんか……上手くいかない。もしかして、私ゲーム下手なのかなあ」


 初めてにしても操作がどんくさい。ドゥーシャが少しだけ涙目になって俺の事を見つめて来たので、これはいけないと思い____


「ドゥーシャ、お兄様が手解きをしてあげよう」


「ひゃあ」


 俺はコントローラーを握るドゥーシャの手に背後からそっと自身の手を添えた。驚いて声を上げるドゥーシャ。


「お、お兄様?」


「一緒に操作してコツを掴もうか」


「……は、はひぃ」


 ドゥーシャは顔を真っ赤にする。


 あれ? ……この体勢、ちょっと不味かったか?


 俺は背後からドゥーシャを抱きしめ、その手を握るような格好になっていた。ゲームの操作を教えるための体勢だったのだが……傍から見れば、かなり恥ずかしい状態になっているのだと思う。


 事実、ドゥーシャは口をパクパクとさせ、尻尾も動揺を示すようにぶんぶんと揺れていた。


 ここは……そうだな……もうこうなってしまったものは仕方がない! 下手に気にしないことにしよう!


「良いか、ドゥーシャ。タイミングが重要だからな。ああ、それと、ここのボタンでダッシュが出来るから」


「は、は、は、はい!」


 そうしてコントローラーを操作するドゥーシャの手を操作する俺。そんな俺に紗良が白い目を向ける。


「お兄様、そんなに密着する必要がございますこと?」


 紗良の言葉に俺はむっとして反論する。


「これが一番教えやすい体勢なんだから仕方がないだろ」


「背後からドゥーシャさんを抱きしめたいだけじゃありませんの? ゲームなら私が彼女に教えて差し上げますので、お兄様は離れてくださいまし」


 そう言って、俺の腕からドゥーシャを奪い取ろうとする紗良。


 俺はそれに抵抗して紗良にドゥーシャを渡すまいとする。


「馬鹿! 俺がドゥーシャに教えるんだから、お前は大人しくしていろ」


 必死になってドゥーシャを抱きしめる。


「あ、あわわ……お、お兄様ぁ……お兄様の身体が……」


 ドゥーシャは俺の腕の中で身体を震わせていた。獣耳が忙しなく動き、尻尾が逆立っている。


 そんな俺達の様子を見た紗良は、両目を吊り上げて、強引に俺の腕の中のドゥーシャを抱きしめた。


「い・い・か・ら! ドゥーシャさんをお渡しなさい! 彼女、嫌がっていますわよ! 震えているじゃありませんか!」


「はあ? 嫌がっていないよな、ドゥーシャ?」


「ふ……ふぇ……い、嫌じゃないけど……は、恥ずかしいよぉ……」


「ほら、嫌じゃないってさ!」


 そう言うと、紗良は俺をきつく睨んでドゥーシャを引っ張り始める。本気で引っ張っている訳ではないと思うが、凄い力だ。


「恥ずかしいと言っているではありませんか! 遠回しに嫌と言っているのですわよ!」


「離せよ、サラ! あぶねえだろうがよ! お前が引っ張ったらドゥーシャの身体が千切れるだろうが!」


「お兄様がお離しなさい!」


「お前が離せこらあ!」


 次第にドゥーシャを挟んだ怒鳴り合いの喧嘩を始める俺と紗良。


「ふ、2人とも……私のせいで喧嘩しないでえ」


 俺と紗良の間で涙目になるドゥーシャであった。

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