第25話「武嵐家の食卓」
夕食時____武嵐家の食卓には、久しぶりに家族全員が揃った。
そして、そこに初めてドゥーシャも加わる事になる。
俺、父親、母親、紗良、ドゥーシャ。食事を前に5人が手を合わせる。
「やっぱり、家族全員が揃うと良いわね」
にこやかな表情を浮かべるのは母親だった。
「でも明日から、私出張する事になるから。その間、皆仲良くするのよ。喧嘩しても仲を取り持って上げられないからね」
そう言う母親に俺は冷やかな目を向ける。
「てめえはいつも余計なことしかしねえだろうが」
いつかのベビードールの件を思い出し、俺は責めるように母親に言う。
俺とドゥーシャの仲直りの一件で、彼女は息子のベビードール好きと言う性癖を息子と同い年の女子に暴露したのであった。
今思い出しても
「こら、泰次。母親に対し、その口の利き方は何だ。母親に”てめえ”などと言う言葉を使うものではない」
そんな俺を父親が咎める。母親が「そうだそうだ」と小賢しく同調して来たので、俺は額に青筋を立て、父親に訴えかけるように告げる。
「聞いてくれよ、親父! コイツ、俺の部屋にあった”本”から息子の性癖を調べ上げやがったんだぜ! それだけじゃなくて、それをドゥーシャに暴露しやがったんだ! 息子の性癖をよお!」
俺の魂の激怒に父親は「う、うむ」と顔を引きつらせ、母親の方を見る。
「……暁よ、思春期の男子の部屋を探るのは止めて差し上げなさい。結構深い心の傷になるから」
「はーい」
父親の困ったような顔に、母親は適当な返事を返す。
「それにしても、この時代にエロ本とは珍しい。今はネットで幾らでもそういうものが見れるだろうに」
「バ、バカ! エロ本じゃねえよ! 勘違いすんな、親父!」
父親の言葉に俺は反論する。すると、親父は首を傾げた。
「エロ本じゃない? どう言う事だ、奏次?」
「カタログだよ! 俺の部屋にあるのはエロ本じゃなくてただのカタログだ!」
「……?」
話が見えないのか、父親は母親の方を見遣った。母親はふふっと笑って口を開く。
「泰次の部屋に大量のベビードールのカタログがあったの」
「……息子よ」
母親の言葉に父親は不安そうな表情で俺を見る。
いや、何だよその目は!
「何だよ、親父! 何か言いたいのかよ?」
「いや、何……これが普通のエロ本だったのなら健全だと思えたのだが……ベビードールのカタログってお前……ちょっとマニアックな感じがしてお父さん心配だぞ」
「何でだよ! 良いだろベビードール!」
「……息子よ」
何かを案じるように父親は呟く。
くそお、これじゃ俺が変態みたいじゃねえかよ!
「いい加減にしてくださいまし!」
と、その時だ。それまで黙っていた紗良が怒声を発する。
「食卓ですわよ。下品なお話は控えて下さいまし。使用人に聞かれでもしたら、とんだお家の不名誉でしてよ」
紗良の言葉に一同沈黙する。
な、何も言い返せねえ!
俺達3人は反省するようにしゅんとなるのであった。
「つーか、元はと言えば全部おふくろが悪いんだろうが」「息子のプライバシーはしっかりと守りなさい」「えー私が悪者なのー?」
何か取り敢えず、責任を全て母親に押し付けて話を切り上げる事にする。
しかし____
「ち、違います! 元はと言えば、全部私が悪いんです!」
ドゥーシャが首を突っ込んで来た。
「私が暁様に頼んで、お兄様の好みを調べて頂いたんです!」
どうやら空気が読めていないらしい。責任の所在などこの際どうでも良くて、俺達は取り敢えずこの話題を終了させたいだけなのだ。
「あの、ドゥーシャさん。そのお話はもう終わりましてよ」
「い、いえ! これじゃあ、暁様がかわいそうです!」
やんわりとたしなめる紗良に構わずドゥーシャは話を掘り返す。母親はドゥーシャに庇われて「まあ」とまんざらでもない表情を浮かべた。
「ご、ごめんなさい。お兄様と仲直りがしたかったから、私、必死の思いで相談したんです。暁様は私にすごく親身になってくれて、お兄様のベビードールの趣味も教えて下さいましたし、私のためにベビードールも用意してくださいました」
いや、そんな事、もうどうでも良いんだよ! この場でわざわざ必死になって伝えるような事じゃないって。
「私に勇気が出せるようにエールも送ってくれて、それで……恥ずかしかったけど、頑張ってベビードールを着て、お兄様のベッドに潜り込んで、その後、ベビードールを____」
「ちょっと待てやあ!!」
ドゥーシャの言葉を遮るように俺は叫び声を上げる。
「だから、その話はもう良いんだよ! サラの話を聞いてなかったのか! 食卓でそんな話をするんじゃあない!」
「ひ、ひぃ! ご、ごめんなさい」
俺の剣幕にドゥーシャは委縮して口を閉ざしてしまう。
あの夜の事を皆の前で口にするとか、どう言う神経してんだよ!
母親はにやにやとしながら俺の事を見て来るし、父親は「……息子よ」と不安気な呟きを漏らしている。
まあ、でも、これでこの話はお終い____
「ちょっと、ドゥーシャさん! そのお話、詳しくお聞かせ下さいまし!」
____かと思いきや、紗良が話を掘り返す。
「ど、ど、どう言う事ですの!? ベビードール姿のままお兄様の……ベ、ベッドに……!?」
「は、はわわ」
紗良は立ち上がり、物凄い気迫でドゥーシャに迫っている。ドゥーシャは面食らっていた。
「何があったのか、詳しくお答えなさい!」
「え、えーと……だから、その……仲直りのためにお兄様のベッドの中に入ったんです……あ、本当はそのまま一晩一緒に寝て、それで寝起きで____」
「もう良いだろ! 喋るなそれ以上!」
「ひぃ!?」
俺の迫真の制止に再び委縮するドゥーシャ。
しかし、そんな彼女に紗良が身を乗り出して命令する。
「良いから、お答えなさい! 何があったのですか!?」
「は、はいぃ! 私がお兄様にベビードールを見せたのはたった5秒の____」
「馬鹿! もう何も喋るな、ドゥーシャ!」
「ひぃ! は、はい! もう喋りません!」
「お兄様黙って! ドゥーシャさん答えて!」
「は、はい! 分かり____」
「黙るのはお前だサラ! お前、さっき自分が何て言ったのか忘れたのか? 食卓で下品な話はするなって____」
「それとこれとでは話が違いますわよ!」
「あ、あわわ……私、どうすれば……」
俺と紗良の言葉の間で揺れ動くドゥーシャ。
いや、お前が余計な事を言ったせいだからな。
「年頃の男女がいやらしい姿で一緒のベッドに! ハレンチですわあ!! 赤ちゃんが出来てしまいますわよお!!」
「あわわ……あ、赤ちゃんが……ど、どうしようお兄様……お名前まだ考えていないよお……」
「やっぱりそこまで行きましたのねえ!」
「馬鹿! 赤ちゃんなんか出来ねえって!」
「お兄様……認知しないの?」
「サイテーですわあ!!」
「……ひどいよぉ、お兄様」
ああ、もう終わりだよこの家。
そしてどうなってんだよお前らの性知識はよお。
その後、誤解を解くのに結構な時間がかかった。
使用人に聞かれてないと良いけど。
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