第24話「公園のベンチで」

 公園のベンチに紗良と一緒に腰掛ける。


 ……懐かしいな、この感じ。


 俺と紗良はしばらジュースを飲んでいた。


 不思議と気不味さはない。それどころか、少し居心地が良かった。


「向こうはどんな感じだ」


「別に。特別に何か言うような事はございませんわよ」


 ジュースを飲みながら尋ねると、素っ気ない返事が返って来た。つんけんしている感じはなく、紗良はどこかリラックスしている様子が窺える。


「そちらは何かございませんの?」


「別に。特に何も」


「そんな筈ないでしょうに」


「あーん?」


 紗良にならって素っ気ない返事を返すと、非難の目を向けられてしまう。


「入学して出会ったばかりの女の子を家に連れ込んで、”特に何も”はないでしょう」


「人聞きの悪い事言うなよ」


 まあ、実際、そんな風に言われても仕方が無いと言えば仕方がない。我ながら、思い切った行動をしてしまったと思っている。


「しかも、お兄様……どう言うつもりでドゥーシャさんに”お兄様”などと呼ばせているのですか? ちょっと、流石に引いてしまいましたわよ。そんなにも、妹と言う存在に____」


「言っておくが! あっちが勝手に呼び始めたんだからな!」


 間違った見解があるようなので、正しておく。


「俺としては妹なんざ真っ平ごめんだったんだぞ! 誰かさんの所為でな!」


「……なんなんですの、その言い草は」


 俺と紗良は睨み合う。ちょっと険悪なムードだ。


「はん! でも、ドゥーシャのお陰で、妹って良いなって、また思える事が出来たぜ! アイツが本物の妹だ____」


 アイツが本物の妹だったら良かったのに。そう言い掛けて、俺は口を噤んだ。


 紗良が悲しそうな顔をしたからだ。きっと俺が次にどんな言葉を口にするのか察して、そんな表情になったのだと思われる。


 何だよ、クソ。


 俺の事、見下して、馬鹿にしたくせに……そんな顔するなんて筋違いだろ!


 卑怯だろうが!


「……悪い」


 俺は紗良に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟く。


 そして、それを誤魔化すように頭を掻いた。


「……ドゥーシャは良い子だぞ」


 俺がそっぽを向いて吐き捨てるように言うと、紗良は「そうですわね」と小さな声で同意する。


「全く……そんなドゥーシャに昨日は好き勝手言いやがって」


「……それは……反省していますわ」


 俺は昨日の一件で紗良を責めようとしたのだが、彼女自身深く反省している様子なので、それ以上非難の言葉を口にする事は躊躇われた。


「……ドゥーシャにはちゃんと謝ったのか?」


 代わりにそんな問いを投げ掛ける。


「はい、謝罪は済ませましたわ。全て私が悪かったのだと。貴方は何も悪くなかったのだと。そう申し上げましたわ」


 そう言って目を伏せる紗良。


 あんまり、こう言う風に追及するのは良くないのだろうが____


「全て自分が悪い。お前は何も悪くない。そんな風にドゥーシャに言ったのか?」


「……? ええ、まあ」


「それじゃあ、ドゥーシャは何も納得しねえぞ」


 俺は少しだけ口調をきつくする。


「説明を放棄しているようにしか思えねえな。何もかも自分が悪かったから、もうこの話はお終いにしてくれって具合で。相手からしたら、モヤモヤが残るだろうが」


「……本当に私が全て悪かったのです」


「本当かよ? お前は意味も無く他人を傷つけるような奴じゃ……いや____」


 俺は自虐的な笑みを浮かべる。


「俺なんかが何言ってんだよって話だよな。ずっと、お前に兄として慕われてるって勘違いしてた俺が」


「……」


 紗良は俺から逃げるように顔を背ける。しかし、小さく溜息を吐くと、静かに口を開いた。


「……勘違いしていたのは、私の方ですわ」


「ん? なんの話だよ」


「結婚の話ですわよ」


「……は?」


 え、いや……マジで何の話だよ?


 俺は紗良を見つめるが、彼女は一向にこっちを振り向こうとはしない。


 だから、ふざけて言っているのか、真面目に言っているのかよく分からなかった。


「私、ずっと……私とお兄様は将来結婚するものだと思っていましたの。それこそ、1、2年前までは。そして、お兄様も私と同じ気持ちだと……そう、思っていましたわ」


 紗良の口調は至って真面目なものだった。


「……俺達、兄妹なんだけど? 義理とかじゃなくて、血の繋がった兄妹なんだけど?」


 確認するように言うと、紗良は大きな溜息を吐いた。


「本当に……お兄様にとってはどうでも良い事でしたのね」


「……なんの話だよ」


「もう良いですわ! ……全て終わった事ですもの!」


 紗良は不機嫌そうに吐き捨てると、立ち上がり俺に背を向けて去って行ってしまう。


「お、おい」


 俺は追い掛けるか迷い、結局その場に留まる事にした。


「……結婚って、お前」


 さっきはとぼけるような事を言ったが、俺も忘れた訳ではない。


「……九輪島に移住して結婚する話……もしかして、本気だったのか、アイツ?」


 人間と獣人の双子の婚姻が許された島国____九輪島。


 九輪祭で一緒に金メダルを取って、九輪島に移住し、結婚する。そんな俺と紗良の幼き日の約束。


 あの様子だと……もしかして____


「分かんねえよお、もう! 何が本当なんだよ」


 俺はサイダーを飲み干し、頭を抱えるのであった。

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