くだらない月曜日

川辺いと / 代筆:友人

くだらない月曜日






 月曜日を『くだらない』と感じはじめたのは、つい最近のことだ。くだらない、と言っても、月曜日は週の初めに位置する曜日であるから、世間一般には憂鬱を誘う日であることは承知している。ここで言う『くだらない月曜日』というのは、してこちらだけの特有な問題であるから、いわゆるに生粋の怠惰とはわけが違うのだ。


 先日おらは買い物に出掛けていた。ただの買い物ゆえここに書き記すほどのことでもないのだが、当てもなく道中を歩いていた際に感じた『くだらない』ではないため、何の目的があって歩いていたのか、ということを理解しておいてもらいたく、話すにあたって必要だと考え起点に記しておく。割愛、という方法を用いる。

 道中の空はなかなかに深紅な朝焼けであった。おらはちまたで目が相当に悪いと評判を浴びているが、その色彩のおおらかさには計り知れない趣が潜んでいることは明らかだった。なんでも、それを『いとあはれなり』と表現するらしいというのだから、幾分かこの世も捨てたものではない。

 言葉というものはひどく得意なもので、なかでもこのように趣めいた表現を生み出した人間という生命体は極めて稀な種族だ。きのこなんかでも単語五十以上で話すと記憶しているが、たった七文字でこれだけの優れた感情を表すにはいささか心許ない電気信号だろう。ことに虚言でもない限りきのこに勝ち目はないように思われるから、それがまた美学に当てはめてみると妙に面白くてたまらない。まあ、そうは言ってもおらは人間でもなければきのこでもない、ただのしがない種族の一ぴきらしいから、およそ真似て話しているだけに過ぎないのであるが……。

 話が逸れた。羽を閉じよう。

 とかくくだらない感情に美しさはないはずであるから、このとき朝焼けを背にしたおらにそういったはらわたはまだなく、なにを朝飯にこさえるかですぐに脳内は切り替わった。


「──おい、おまいら。そんなところでなにをしているのだ?」

 おらは聞いた。街路灯のあかりがちょうど消えたばかりのその一角に、おらの種族が何疋かの班に分かれていそいそとたむろしていたからである。内一疋がおらの声を聞くや否やかさこそと近づいてきた。

「なにをやっているかだって? そりゃあほれ、ぼくの後ろを見てみるがいいよ。新しいデパートが彼処あすこに出来たのだ」

「はて、ほんとだね。あんな場所に、デパートなんていつ出来たのだ?」

「知らないね。ぼくたちもさっきここを通って見つけたばかりなのだ」

「そうかい。ところでおらの分の食料もまだあるかね?」

「あいあい、たんまりあるよ。汁物も固形物も、調理済みのものだってね!」

「ほう、調理済みとは気前のいいデパートだ。ここいらのものはほとんどが生の野菜だらけだったからな」

「あいあい。さ、きみも拵えて早いとこ家に戻りなよ」

「うむ、そうさせてもらうとしよう。楽しみなのだ」

 スルスルと香りに誘われ、よくも知らぬそやつとデパートへ駆けったが、大抵何でも揃っていたので驚いた。そやつがピンクのビニール袋の底を破り、いましがた取り出そうとしていたものはチーズケーキの欠片だった。聞くに、今日は子の誕生日だというから幸せの味を教えてやるのだそうだ。教養に贈るのは結構なことだが、幸福の頂点をチーズケーキの食べかすに委ねるのは如何なものかと他の仲間があぶくのようにわらったので、おらは「でかした大した幸福だ」と言って取り出すのを手伝ってやった。すると、ちっとばかし、歯向かうように哀れなことを言うやつがおらたち二疋に問い掛けてきた。

「そったら小さな幸福なんかで味があるのかね。こんないいデパートができたんだ、もっと中に入ればきっとそんな貧相な食いかけよりもゴツゴツした肉があるはずだぞ」

 おらは隣を覗き込み子の親に尋ねた。

「どうするかね、きみ。きみの仲間はああ言っているようだが、おらはやはりこちらのチーズケーキの方がよいと思うのだが」

「……ぼくだって、ゴツゴツした肉を一度でも良いから子に与えてやりたいさ。毎日毎日空腹で、ここ数ヶ月は油や下水の腐った排泄物しか与えてやれてないんだから……」

「そったらなおのこと、中に入って肉を探した方がいいんでないかな? いつまでそこの知らぬやつと容器にへばり付いたケーキの欠片なんぞを取り出そうとしているのだ。ささ、来るがいいよ」

 どうしたもんか、と隣の彼はつぶやいた。おらは袋の上から肉を探しに向かう者の背に問いを返した。

「おい、そこの。おまいは幸福をいっぺんに欲しいと言うのかね」

「そったらことは当たり前だろ? なにをスキ好んで貧相にしなきゃいけないのだ?」

「貧相か……。そりゃあごもっともな意見なのだ」

「おいよそ者、分かっているのなら聞くのはおかしなことだよ。きみも肉が欲しいか? 一緒に行こう」

「いやいや、おらの幸福は肉ではないんだ。遠慮させてもらうよ」

「ならなにがきみの幸福だい」

「う〜ん……、困ったもんだ。応える言葉を考えていなかったのだ。おらの幸福か……」

「へへ、頭の悪いやつだなきみは。考えるもなにも、答えはひとつではないか」

「やはり『肉』と言うのだろうね?」

「うむ、肉だ。それが幸福の味というものだよ」

 言い終え、そやつは触角をしならせて中へと潜って行った。ぱんぱんに物の入った袋は、今にも弾けそうな肥溜めのようである。

 隣のやつが悔しそうな顔をしていたので、なにが不満なのかと聞けば良かったのかもしれないが、おらはあまり寄り添わなかった。

「きみ。考えても仕方がないぞ。それぞれの個性というやつだ」

「あいあい……」

「しかしだね、幸福を最初から完璧な形で与えてはいけないとおらは思うのだ」

「そうかも知れないけど、やはりいっぺんに贈られた方が子は喜ぶのじゃないかな……」

「いっぺんに喜ぶ顔が見たいかね?」

「そりゃあ見たいさ。何でもしてやりたい」

 少しばかりカビの生えたチーズケーキの欠片を背に置き、そやつはしょんぼりと前脚を甜める。朝焼けだった空はすっかり天に燃えていた。

 おらにとって、こやつやこやつの子のことなど知れたものではない。関心もなければ二度と会うこともないのだから。おらたち種族は薄暗いどんよりと湿った地下に五万といる。ひと所に寄り合わず、忙しなく拠点を変える。より多くの安全な住処ないしデパートを求め、潰されてしまわぬよう不潔極まりない環境を選んで生きている。子には「外へ出るな」と何がなんでも説教をし、生きていくために危険な道をすばやく走る。分かっているのだ。おらたち種族が厄介者だということは。けれど、好んで死を選ぶくらいなら、せめて汚れたものを食べて感謝もされずに世界を綺麗に掃除していたい。綺麗になって仕舞えば、おらたち種族はおさらばだ。また何処へなりか、汚れたものを掃除しに行く。嫌われていた方が得なのだ。嫌われていた方が、ひと粒の幸福を目一杯に噛み締めることができる。心の良し悪しを養うことだってできるのだ。

「ひと粒だよ」

「え?」

「きみ。それはいっぺんに喜ばすよりも難しいのだ。与えかたをあやまつのはよくない。なんでもするというのはだね、子の将来が不憫ってもんさ」

「……だけど、ぼくたちいつ死ぬかも分からないのだ。今みたいに外へ出れば、すぐに見つかって殺されたり、罠にはめられたりして肉の味さえ知らぬまま消えてしまうやつだっているのだ。……そんな生涯を、子には味わせたくない」

 そう言うと、そやつはチーズケーキの欠片をおらに寄越して袋の中へと飛び込んで行った。


 数分後、大きな物音がして袋が持ち上がった。おらは一目散に逃げた。逃げた先で、その袋がグチャグチャと機械の尻に潰されながら飲まれていくのを眺めていた。──プチ。と微かに、黒光りしたそやつの後脚が痙攣しているのがぼやけながらによく見えた。一瞬だった。一瞬のうちに、そやつやそやつの仲間はみな、ピンクのデパートとともに消え失せた。

 機械が恐ろしいゲップをして去っていく。おらは再び戻り、投げ捨てたケーキの欠片を背に乗せて、空き家となったその前で呆然と佇む。月曜日の朝だ。ただ欲にくらむばかりの、おらたち種族の朝の日だ。





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くだらない月曜日 川辺いと / 代筆:友人 @Kawanabe_Ito

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