第54話 非常識探偵の帰還

 『視える』瓦礫の中に並ぶ若者たちの『色彩』。

 俺は、この壊れゆく『異能閉鎖都市東京』に帰ってきてしまったのか......。

「先生!?まさか、失敗ですか!?」

 悟君が駆け寄る。

「いや、どうだろう......俺の体感的には久しぶり、なんだが、どうやら......?」

「足元からせり上がる金色の輪っかを潜り抜けただけですね」

「そうか......」

「佳助さん、浮かない顔ですわね......」

「結局、託すことになったんだ。

 7年前の『俺』に。

 どうせ時間軸は繋がってないし、俺に『時渡り』は既に無い。

 結果を確かめるすべは無いから、気にしても仕方がないんだけど......」

「そうなのですか......」

 沈黙。それもそうだ。

 今生の別れという愁嘆場の直後にこうなれば、誰もが反応に困ろう。

 神奈川千尋、石井正樹、大岡大地、烏山健児、『不死鳥フェニックス』も、なんとも微妙な表情をしている。



「......まあ、感動の再開でええじゃろ!

 解散じゃ!

 『協会』の生き残りで呑もう!」

「いや、『不死鳥フェニックス』、お前、肉体年齢、を考えろ!」

「うるさいのぅ......!

 この都市に法律は無いんじゃ!

 それも今夜までかもしれんのじゃから、呑ませろ!」

「はいはーい。おこちゃまはこどもビールで満足してー」

「下戸の俺が飲み会を乗り切るコツ教えてやんよ!」

「お前の『モンキー』、一口で真っ赤になるからだったよな……!」

 声が遠ざかっていく。彼らの気遣いに感謝しよう。

 

  

 と、そこに『黄金』の柱が立つ。

 そこに現れたのは、制服姿の神崎海未、ジャージ姿でハイティーンの神崎空良、そして、神崎時子がもう1人......!



「『始まり』の佳助おじさん!私たち、お礼を言いに、『世界』を飛び越えてきたよ!」

 


 その姿は、精神体であったころ、死に体であったころ、どちらよりも生き生きとしている。



「......海未ねえさま......なのですか?」

 こちらの時子が声を漏らす。彼女にとっては、7年ぶりに敬愛する従姉に会ったということになる。

「貴女のねえさまではありませんが、許可します。

 貴女の尽力で、わたくしたちがここにいるのですから」

 その『時子』の言葉を聞くや否や、時子は海未の胸に飛び込む。

「おー。よしよし。ちょっと痩せてるね?まあ、こんなに荒れた世界じゃ仕方ないか」

「私は太っておりませんわ!?」

「いつものときちゃんも一緒にぎゅーしてあげる!」


 

 ......こういう時、男はあぶれるものである。空良が頭を下げる。

「姉と時子はこういう人になったんです。

 時子はそっちでもそうかもしれませんが......」

「いや、珍しいものを見たよ。

 来てくれてありがとう、『この俺』とは7年ぶりかな、空良君」

「はい。別の俺が迷惑をおかけしました。

 その節は、すみませんでした」

「いいや、そんなこと......まあ、そうだな。

 過去は変えられない。君の誠実さを尊敬するよ」

「感謝してもしきれません。ありがとうございます、『非常識探偵』」

「む、その呼び方は勘弁してくれ......」

 笑いあう。神崎空良がこうして笑える未来、いや、『別の今』か。それがあることが、とても嬉しい。

「おや?『非常識探偵』、なんてどこで知ったんだ?」

「貴方の『先』の貴方から聞きました」

 あいつめ......俺より後に『時間の外』から抜け出したくせに......俺より『先』に彼らに会ったな?。

「ここには、最後に来たんです。

 時子の『異能』でも、『時間』と『世界』を同時に越えるのは難しい。

 『2人』の佳助さんがそれぞれ『飛んだ』日、『3人目』が貴方を『飛ばした』日を、7年間待っていたんです」

「そういうことか......この半年で3回ってことだね」

「その通りです」

 やっぱり『俺』が俺を7年前に『飛ばした』のだな......。納得だ。

「ありがとう。

 でも、時間制限があるはずだ。

 言い残しは嫌だろう?」

「はい。では、結果を。

 母の企みは潰え、世界中の『異能者』は俺たち3人を残して力を失いました。

 そして、これが最後の『時渡り』です。

 この世界からも『異能』を消すためにここに来ました」

「『異能』を消す......?」

「はい。この世界は一番荒れています。

 俺たちなら、それを少しでも解決に導ける......」

 これは、思わぬカードが舞い込んできた。だが......。

「『異能』は人類が制御すべき新たな力だ。

 それが一番進んでいるのがこの世界なんじゃないか?」

「......佳助さんは、どの世界でも同じことを言うんだね......。

 僕たちの世界に『異能者』がいないってのは嘘。

 ごくまれに生まれ続けているよ。試してごめんなさい」

「おや、俺に世界の命運がかかっていたようだね?

 肝が冷えるな......」

 どっと疲れて、腰を下ろす。



 一息つくと、気がつく。

 俺が『非常識探偵』として、更に探偵として目指していたことは、もう終わったのだ。

 『異能』を用いた企み、それを解き明かすことは、もはや探偵の仕事ではない。

 この『異能閉鎖都市東京』は『異能者』の都市だ。

 千里さんに代わる新たな秩序が生まれることだろう。

 幸い、力による支配は挫かれることが証明されている。

 ......さあ、何をすべきか......。



「他の『俺』なら、警視庁の分析官にでもなってるだろうな……」

「えーッ!?先生、事務所はどうするんですか!?」

「他の、ならな!『今の俺』は、デカデカと看板を出すことにするさ!

 そう、『非常識探偵事務所』を!」



 『世界』を越えてきた3人が笑う。

「佳助おじさん、それ聴くの私たちは3回目!」

「なんと……だが、自分自身相手では、ネタ被りも仕方ないか!

『異世界』の諸君!ありがとう!もう憂いは無い!」

「ねえ、おじさーん!」

「なんだ!」

「私を見つけてくれて、ありがとー!」

 そうだ、こちらの海未の最期の言葉、それを......どこで......?

 疑問を口にしようとすると、海未は口に人差し指を当てがってウインクした。


 

 それが、俺には見えた。



 俺は視力を取り戻していた。

 『異能視』は『異能の再現』を可能にしたまま、完全に俺の目に馴染んだのか、海未の『異能』かは分からない。



 そして、『黄金』が3人を包み、消えた。

「行ってしまいましたわ......」

「ああ、まるで嵐のような3人だった」

「あら、わたくしもですの?」

 おっと、口が災いを呼ぶとはこのことか。

 時子が口をとがらせるので、目を逸らす。

「!まさか、私の表情が分かるのですか!?」

「うむ、たった今、視力が戻ったようだ」

「まあ……忘れてくださいまし!私ったら、はしたない……」

 人前で従姉に抱きついておいていまさらだが、これこそ言わないほうが良いことだ。


 

「悟君、そういえば、事務所ってまだあるか?」

「それが、『異能怪盗』とかいうヤツが部屋の空間を異次元に繋げちゃったので、部屋が無限ループになってます……!」

「なんだそれは……!許せん!」

「そうだ、手紙!預かってたんです!読みます!

 

『非常識探偵 この魔都で最も美しいモノをいただく!お前が目覚めて3ヶ月後だ!お前は私の前に立つに相応しい男!俺を阻もうと足掻が良い! 異能怪盗』


 なーにが『異能怪盗』だ!」

「行くぞ!悟君!探偵は観察から入るものだ!」

「はい!先生!」



 俺は『非常識探偵』。

 生命それぞれが持つ『異能』という『非常識』から、穏やかな営みを、『常識』を護る者だ。 

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非常識探偵 義為 @ghithewriter

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