第53話 RE: 7年前、とある事件

「いやー悪いな!非番の日まで俺の顔を見ることになっちまって!」

「いえ、構いませんよ。

 遊びなら断ってましたが、奥さまへの誕生日プレゼントを買うというのは先輩には荷が重いですからね」

「独り身で言うじゃねーの!否定はせんがな!」

 俺は自分のことをよく笑う男だと思っている。こいつのような無愛想に見えて人好きな男は案外打てば響くもので、たまの休日に連れ出しているのだ。

「俺は男社会で生きてきたものだから、女性の喜びが分からん!

 お前もそうだろうが、繊細な分俺よりは向いてるだろう!」

「先輩の、出来ないことを人に任せられるところ、美点ではありますが今回に関しては丸投げは勘弁してくださいよ?

 正直に言うと荷が重いのは僕にとっても同じなんですから」

「うむ!俺は任せる、お前は任される、運命共同体だ!」

 こいつは少々心配性ぎみなところがある。さっき言った繊細さと表裏一体の性質なら、欠点と切り捨てるべきではない。本人で思う以上にできる男だからこそ、今日は任せているのだ。俺と組んで職務に当たっているのは互いの性質が噛み合っている良いマッチングだと常々思う。

 じゃあ責任は取りかねますよ、と首を振る後輩の背を平手で叩いて、ショッピングモールへ向かう。



 懐かしいやり取り、それを外側から眺めている。

「ここは......」

 そうだ、7年前、あの事件が起こる前のショッピングモールだ。

 どういうわけか、視界は左右共に『色彩』のみを映している。

 輪郭くらいしか『視えない』。

 そして、あの2人組は......細身で全身に薄く『星空』の『色彩』、俺と、大柄で『深紅』の『色彩』、それも胸の中心に宿している人物、おそらく、橋本つよし、この事件で命を落とすことになる、かつての俺のバディで先輩だ。

 剛さんが『異能者』であったとは、驚きだ。

 流石に7年前の記憶は少し曖昧だ。

 しばらく観察をして思いだそう。

 現役の刑事2人を尾行するのは骨が折れるだろうが、やるしかない。

 すると、2人が人込みに紛れる。

 俺も流れに溶け込む......と、肩を後ろから叩かれる。


 

「おい、兄さん。俺たちに用か?」


 

 至近距離に、剛さんの顔。

 そして、前も『俺』が立っている。

「......言う必要がありますか?」

 タイムパラドックスなどは気にする必要は無いが、あまり『過去』がズレると、困る。

「ああ。俺たちは警察でな。

 これは職務質問なんだ。

 回答は任意だが、ご協力をお願いする」

「先輩、この人、眼の焦点が合っていません。

 お困りなのでは?」

「む、そうか。指が何本か見えるか?」

 剛さんは手をひらひらさせる。

「5本です。

 ......橋本剛さんに、斉藤佳助さん。

 ジュエリーショップはこれから混みますよ?

 奥様をがっかりさせたくはないでしょう?」

「......お前......!」

 これで気を引けたか......!?

千里ちさとの親戚か?」

 まったく、この人は......。見ろ、『俺』も呆れているぞ。

「この人が言いたいのはですね、

 『お前たちを知っていて、尾行に失敗したから、開き直って事情を話したい』

 ということですよ」

「流石!名探偵!分かってくれるじゃないか!斉藤佳助!」

「誰が探偵ですか。僕は刑事です」

 自由業と一緒にしないでください、とぷりぷり怒る『俺』。

 俺の正体は隠し通した方が良さそうだな......。

「俺は、山口さとると言います。少し、座って話せますか?」

 悟君の名刺を2人に渡す。

 悟君、時空を超えて、助手の力を借りるぞ!

 


 3人でカフェに入り、財布を手に取ると気付く。

 クレジットカードと新紙幣、それと小銭しか入っていないはずだ......。

「僕が注文します!お2人は席の確保を!」

 気が利く......!良いヤツだな、『俺』。

 時間帯はまだモーニング、店の中ほどにある小さな丸テーブルの席に着く。

 遅れて、水の入ったグラスを持って剛さんが対面に座る。

「兄さん、本当は佳助の親戚だろう?顔が似ている」

 剛さんはそう言って、グラスをぐい、と傾ける。鈍いんだか、鋭いんだか......。

「ハハ......彼には内緒ですが、俺は7年後の斉藤佳助です」

 ブーッと飛沫が俺の顔にかかる。

「なんだそりゃ!未来人の佳助かよ!

 しかも、7年後なら俺より年上じゃねえか!」

 唾まで飛んでくる勢い、そして爆笑。

 ハンドタオルで顔を拭う......。

 そういえば、こういうことする人だったな......。

「こっちの佳助には内緒にするさ!もちろん!

 タイムマシンで来たのか?

 千里は喜んでくれるか?

 タイムパラドクスが起こらない範囲で頼む!教えてくれ!」

 見えていなくても分かる。顔を輝かせている。

「落ち着いて聞いてください。

 今日、この商業施設で、爆発事件が起こります。

 それを防ぐために、この時代にやってきたのです。

 言えるのは、ここまでです」

「......お前さんが来たということは......いや、言うまい!

 お前さんの『7年前』の『俺』、カッコ良かったろう?」

「......はい!」

 『俺』がプレートに載せて3種類のコーヒーを持ってきた。

「ミルクの量がそれぞれ違います。

 お好きなものをどうぞ、山口さん」

 俺には違いが見えない......。

「ありがとう、じゃあ......一番ミルクの多いものを渡してくれるかな?」

「!......ええ、はい。どうぞ」

 手渡されたカップからは、むしろホットミルクにコーヒーを注いだような濃厚な香りが立っていた。悪くない。



「山口さんは、人探しをしているそうだ。特徴を頼めるか?」

「ええ、40手前の父親、10歳ほどの少女と少年、父親はスーツ姿で、姉弟きょうだいは神崎学園初等部の制服を着ています」

「ありがとうございます......今日は土曜日です。親子3人がその服装なら、場所さえ絞り込めれば......」

 『俺』がメモを取る。

 だが、俺が知っているゲームセンターでは少し遅い。それでは、間に合わないのだ。

「別居中の父親が久しぶりに会った子供を連れていく場所......それを探すしかありません」

「尋ね人のお名前は?」

「父親は知りませんが、神崎海未うみ空良そらです」

 絶対、『俺』は分かり易く顔をしかめていることだろう。

「うむ、善行は人のためならず、だ!

 喜んで協力するぞ!山口さん!」

 そう言って熱いコーヒーを一気に飲み干す剛さん。

 強引な展開だが、『俺』は従わざるを得ないだろう。感謝せねば、と頷く。

 顔をアシンメトリーに歪ませる剛さん。

 ウインクだろうか?俺の眼では見えないのだ......。

「それを言うなら、情けは、ですよ。

 先輩がそれでいいなら、僕も協力します。

 山口さん、よろしくお願いします」

「ありがとうございます。お頼りします」



 即席チーム3人は、調査を開始する。



「やあやあ、神崎さんちのおぼっちゃんじゃないですか!

 お父様には初めてお目にかかりますね!

 わたくし、橋本剛と申します。

 娘が同じクラスでして......」



 引きが強すぎる。

 先輩は、唖然とした親子を店から出た瞬間に捕まえていた。



 俺たち、いや、『俺』たちも後ろで固まるしかない。

「剛さん、引きが強すぎるな......」

「それは常々思います。運と直感と行動力の人なんですよ」

 流石同一人物、やはり気が合う。

 だが、呆けている場合ではない!俺は父親に駆け寄り、耳打ちする。

「2人は命を失っても神崎家からは解放されません。

 私が力を貸しましょう」

 俺の顔を見つめる父親。もう一押しだ。

「俺は、7年後の海未さん、空良さん、時子さんの『異能』を託されて、ここにいるのです」

 まあ、空良の分は推測だ。

 俺をここに送り込んだのは、俺が記憶と『異能』託した3か月前の『俺』が更に託した、『非常識探偵』となる前の『俺』だろう。

 あの時期なら、神崎姉弟の力を借りたというのが自然だ。

 また、時子なら一言添えてくれるはずで、『俺』は意趣返しをこうするだろう。俺もそうする。

「信じる、証拠は?」

 父親が囁く。2人の姉弟に聞かれぬように。

定子さだこさんは、他者の『異能』を操る『異能』を持っていますね?

 その『異能』を増幅する祭壇、神崎女学園の地下に施設を造ることでしょう。

 本家のそれ以上の規模のものを」

「......確かに、時間移動をしてきたようですね。

 では、貴方が『斉藤佳助』......。私が『視た』、一縷の望みだったのですね」

 彼は、両目に『吸い込まれるような闇ブラックホール』を宿して、語った。

 俺は、胸倉を掴む......!この男は......!

「そんな細い望みに託したのですか......!

 その『異能』、可能性を『視る』のですね!?

 貴方の選択で、どれだけの人間が......!」

 しかし、冷めた目をして、男は語る。

「神崎家の暴走は防がれたのでしょう?

 それだけは確定するはずなのです。

 世界は滅びなかった。違いますか?」

「ッ......この、外道が......!」

 俺は、やり場のない感情と思考に戸惑う。この男もまた、己の信ずる道のために命を懸けていたのだ。ならば、問わねば......!

「では、その『可能性』、教えていただけますか?」

「貴方には教えません」

「どうして!?」

「貴方は、もう帰る時間だからです」

 『視る』と、全身を『黄金』の粒子が包んでいく。

「それ、ときちゃんと同じですね!」

 幼い海未が言う。

「おじさんはね、大人になった時子さんに頼んでここに来たんだ」

「へー、あのときちゃんが大人なんて、凄い先だね」

 空良もやってきた。

「ああ、君たちも大人になっているよ。いつか会おう!じゃあね!」

「「ばいばい、おじさん!」」

 


 最後に、伝えなければ。



「剛さん、千里さんを頼ってください!

 佳助君、君は2人を守れ!その力が君にはある!」

「分からんが、承知した!じゃあな、山口悟!」

「いえ、僕は了承しかねます!何がなんだか......!」

 


 『非常識探偵』ができるのはここまでだ。頼むぞ、相棒たちバディ......!

 『黄金』が押し寄せて、視界が切り替わった。

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