第2話 狂人国家ENTP亭国

 17世紀初頭、I大陸の南部が独立国家となり、公募で国名を募った。その結果、国民が悪ノリしてしまい、当時の売れっ子噺家だった初代エンガチョ亭天辺にあやかって「エンガチョてっぺん亭国(略してENTP亭国)」と命名されてしまった。さらにこの名跡が代々国家元首を務める様になり、独演会が定例会見と化してしまう。また1779年、金銭トラブルの末に殺人を犯した平賀獄内が、その金を元手にして「エンガチョてっぺん亭国大学」を設立。獄中にて他の囚人に建学精神を問われた際「人を殺さないこと」と答え、笑いを誘ったと伝わる。この亭国大学からは、毎年多数の鬼才と狂人が輩出されており、発明の都とも称される様になった。


「えー北の連中が、近頃騒がしくって仕様がねえけれども、あたしなんかは応援してるんですよ。風が吹けば桶屋が儲かるじゃありませんが、龍造寺が怒り新党をぶっ潰せば、寄席が儲かるんでね」

 七代目エンガチョ亭天辺は、顎を拭いながら言った。色眼鏡を掛けているが、その眼は機敏に客席を見渡している。案の定、酔客の一人が声を上げた。

「木戸銭泥棒。てめえも少しは領土を広げやがれ」

「うるせえな、こん畜生。勝てねえ相手に戦争吹っ掛ける馬鹿いるかよ」

「そんな弱腰でどうする。噺家辞めちまえ」

「上等だ馬鹿野郎。その代わり俺が辞めたら、てめえら座布団に木戸銭払う羽目になるからな」

 酔客は笑った。七代目は話を続けた。

「  しかし、いくら何でも30分で降参するたあ、ガキの喧嘩じゃあるめえし。怒 

   り新党も情けねえってもんだ。

龍造寺〈御免下さい〉

怒り新党党員〈はい、どちらさんでしょう?〉

龍造寺〈拙者は龍造寺隆盛で御座候。此度は主君の島津家光を攻め滅ぼし、第十八 

 代征夷大将軍を襲名した次第〉

党員〈……それは、ようござんしたね。後日改めて御祝儀を送らせて頂きます〉

龍造寺〈いえ、それには及びませぬ。実は某、貴殿の領土を征服したく存じまして〉

党員〈……せいふくって、学生が着てるあれですか? 卒業してすぐに捨てちまいま

 したけれど〉

龍造寺〈我らは死ぬまで軍服を脱ぎませぬ〉

党員〈ははは、そうですか。ではまた今度……〉

龍造寺〈攻め滅ぼしても構いませぬか?〉

党員〈せせせせ攻め滅ぼす?〉

龍造寺〈ではそういうことで〉

党員〈ままま待って下さい。そんな重要なことは、一党員の私には決められません。 

 上司と相談させて下さい〉

龍造寺〈……仕方があるまい。30分の猶予を与える故、よく考えて返事なされよ〉

党員〈……ああ、やっと帰った。しかし困ったなおい。アポも取らないでいきなり 

 攻め滅ぼすって、とんだ非常識な野郎だ。早い所、課長さんに丸投げしちまおう。 

 課長さん、課長さん〉

課長〈何だい、朝っぱらからうるさいね〉

党員〈実はさっき龍造寺って野郎が、将軍になったから制服を貸してくれって言って 

 来ましてね〉

課長〈制服? 変態じゃのねえか〉

党員〈ええ、あたしもそう思って断ったんです。そしたらいきなり攻め滅ぼすぞって 

 言われて〉

課長〈攻め滅ぼす? お前一体何を言ったんだよ?〉

党員〈何も言っちゃいませんよ。ただ愛想笑いして帰らせようとしただけで……〉

課長〈馬鹿だね。それが一番腹が立つんだよ〉

党員〈何とかして下さいよ。30分後には大軍連れて攻め込んで来ちまうんですよ〉

課長〈30分? 駄目だ、とてもあたしの手には負えねえ。部長さん、部長さ

 ん……〉

   とまあこんな調子で上へ上へと話しが伝わって行き、党首が話を聞いていると  

   きに龍造寺が大軍を引っ連れて戻って来た。

党首〈制服? 変態じゃねえのか。攻め滅ぼす? お前一体何を言ったんだよ?  

 30分? 駄目だ、とてもあたしの手には負えねえ〉

龍造寺〈龍造寺で御座候。時間になりましたぞ〉

党首〈うわ、出た〉

龍造寺〈出たとは何ぞ? 人を幽霊か何かの如く言いおって〉

党首〈ああ、違うのです。どうか穏便に、どうか穏便に〉

龍造寺〈では、攻め滅ぼしても構いませぬな?〉

党首〈ままま待って下さいまし。我々は一切抵抗しません。土地も金も女も、何でも 

 そっくりそのまま差し上げます。なのでどうか、優しく攻めて……〉

龍造寺〈気色が悪いことを申すな〉

党首〈りゅりゅりゅ龍造寺様がお望みとあらば、国中のセーラー服も差し上げます。 

 見る派ですか? 着る派ですか?〉

龍造寺〈人を変態の如く言うな。貴様、舐めておるであろう?〉

党首〈舐めてるだなんて、そんな訳がないじゃありませんか。手前共は腕っ節も弱

 けりゃ頭も鈍い、つまらない人間の集まりに過ぎません。取り柄と言えば、ほん 

 の少しばかり空気が読めるくらいなもんで……〉

龍造寺〈貴様、空気が読めるのか?〉

党首〈ええ、読めますよ。顔色を窺ったり、言葉の節々から滲み出る気持ちを汲み

 取るのです〉

龍造寺〈恥ずかしながら、我が国には空気を読める者が皆無故、争いが絶えませ

 ぬ。貴殿には是非とも士官学校にて、空気の読解を御教授願いたく存じます〉

党首〈勿論でございます。その代わり攻め滅ぼすのはナシということで……〉

龍造寺〈貴殿の国は我が国の植民地と致します。異論は御座いませぬな?〉

党首〈ええ、結構でございます〉

龍造寺〈おや、涙が垂れておりますぞ? 花粉の季節はとうに過ぎておるのに〉

党首〈花粉ではなく悲哀が漂っているのです〉             完」

 七代目がお辞儀すると、観客は拍手喝采した。先程の酔客に至っては「よっ名人」と叫んでいるのだから勝手なものである。七代目は、ねじり鉢巻きを締めながら袖へと捌けて行き、付け人に言った。

「江地村十増(えじむら とおます)を呼べ」


 七代目が楽屋で待っていると、ドアが乱暴にノックされた。そして返事をする前に酔客が乱入して来た。

「七代目、また腕を上げたじゃねえか、え?」

「知った様な口を利くんじゃねえよ」

「てめえから呼び出しといて何を抜かしやがる」

「江地村。女房を亡くしたのは気の毒だけれどよ、少し酒は控えろ」

「お前が女房の代わりってか? 冗談じゃねえやい」

「今お前さんに倒れられちゃ困るんだよ」

「……北の連中、そんなに厄介なのかい?」

「まともにやったら、三日も持たねえだろうな」

「俺は、何をすりゃ良いんだ?」

 七代目は顎を拭い、声を落とした。

「この国の人口を今の倍にしてくれ」

「てめえ、嫌味か? こちとら女房が死んだばっかしだぞ」

「何も本当に増やせって言ってる訳じゃねえよ。赤ん坊が増えたって20年は使い物にならねえだろ」

「お前は鬼畜生だな」

「話の分からねえ野郎だな。良いかい、連中は大軍を引っ連れて怒り新党を屈服した。この国に攻め込んで来るのも時間の問題だろ。それならこっちも、大軍を引っ連れて会見に臨まねえといけねえじゃねえか」

「大軍どころか、うちには軍隊すらねえじゃねえか」

「だから見せかけだけでも大軍がいる様、見せかける必要があるんだよべらぼうめ」

「なるほどな。しかしどうやって?」

「それはお前さんが考えることだ。からくり人形を量産するとか、色々とやりようがあるだろ」

「そんな子供騙しが通用するかよ」

「だからてめえでそれを考えろって言ってんだろ」

「それが人に物を頼む態度かこの野郎」

 江地村は七代目に掴み掛った。揉み合った拍子に蓄音機を蹴ったらしく、七代目の出囃子が流れ始めた。

「いけねえ、木賊刈りだ。出ねえと」

 慌てふためく七代目を見て、江地村は呟いた。

「こいつは良いや」




 



 

   




 


 


 


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16ヶ国統一史 @tatsumi1892

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