最終話 また二人で
僕の名前はラルク。歳は七歳。
僕が住んでいるホルヘの町は、この国の南にある大きな港町で、家は雑貨屋? とにかく、色々な物を扱っている、この町で一番目か二番目に大きな商会だ。
ママは前から、「代官の屋敷がなければ、もっと大きな屋敷に建て替えられるのに。なんであんなヤツにウチが遠慮しなきゃいけないんだか」とか文句を言っているけど、僕は今の家でも十分に大きいと思うんだけど。
その日、僕は朝日が昇る前、まだ外が暗い時間に目が覚めた。
まだ起きる時間には早かったから、そのまま二度寝をしようとしたけど、なぜだかどうしても寝付けなかった。
僕はまだ眠っているママとパパ、それと妹を起こさないようにこっそりベッドから出ると、そのまま部屋を抜け出したのだった。
うちは町で一番のお金持ちという事もあって、家に護衛の人達を雇っている。
ところがこの日は警備の人に誰も出会わなかった。
家の中がこんなにもシンと静まり返っているのは初めてで、まるで自分以外には誰もいない不思議な世界に迷い込んでしまったような感じだった。
僕は裏口を抜けて庭に出た。
なぜだか、そうしなければいけない、そうするべきだと思ってしまったのだ。
まだ薄暗い庭の花壇には赤、白、黄色と色とりどりの花が咲いている。
僕はそんな花の中に、まだ花の咲いていない大きなピンク色のつぼみを見つけた。
「わあ、凄く大きなつぼみ。けど、こんなつぼみ昨日まであったっけ?」
僕は毎日、妹と一緒に家の庭で遊んでいる。
こんなに良く目立つ大きなつぼみがあったら、絶対にその時に気が付いたはずなんだけど・・・
「これってそろそろ咲きそうなんじゃないかな?」
つぼみは先端が少しだけほころび、全体に緩みかけていた。
こんな大きなつぼみから、一体どんな花が咲くんだろう?
僕はつぼみの前に座り込むと、ワクワクしながら開花の時を待ち構えた。
やがて空がキレイなグラデーションに染まると、周囲が段々と明るくなっていく。
大きなつぼみは朝の光を待ちわびたように、その大きな花弁を開いた。
「?!」
僕は驚きのあまり言葉を失くしてしまった。
そう。ピンク色の大輪の花の中には、小さな女の子が座っていたのである。
女の子は花のつぼみの中に入っていたからだろう。両膝を抱えて丸くなっている。
僕は彼女を驚かせないようにそっと近づいた。
見た目は僕より少し年上くらい? キレイな長い黒髪に、すらっとした手足。明るい紫色のチュニックは背中が大きく開き、そこから半透明の羽根が伸びている。
(羽根が生えてる! きっとこの子、妖精さんだ!)
女の子の姿形は、ママから聞いた妖精さんの特徴そのままだった。
僕が息を殺して見守る中、妖精さんはほんの少しだけ顔を上げると、小さく周囲を見回した。
そのキレイな姿に、僕は思わず感嘆の声を上げてしまった。
「わあ・・・」
妖精さんはその声で僕に気付いたのだろう。ハッと顔を上げた。
そしてやや吊り上がり気味の大きな目でジッと僕を見つめた。
「・・・ラルク?」
「えっ?! なんで僕の名前を知っているの?!」
僕は驚いて彼女に尋ねた。ていうか、ママの言ってた通り、本当に妖精って喋るんだ。
僕は小さな彼女を怯えさせないように、興奮を抑えながら話しかけた。
「そう。僕の名前はラルクだよ。ここは僕の家の庭なんだ。妖精さん、あなたの名前は? って、生まれたばかりなんだから名前なんてないのか。変な事を聞いてゴメンね」
良く考えてみれば、生まれたばかりで言葉を喋るのも不思議な話だけど、この時の僕はそこまで頭が回らなかった。
妖精さんは立ち上がると自分の体を見回した。
「ええっ?! 何これ?! 子供の頃の体に戻ってる! 一体どうして・・・って、ああそうか。主神の使徒にやられたからか。あ~、きっとケガを治すのに体を作り直す必要があったのね。蓮の花で眠っていたのもそのせいか。けどまさかこの歳になって、もう一度蓮の花からやり直す事になるなんて・・・。いや、こうして助かっただけでも、運が良かったっていうのは分かっているんだけどさ」
妖精さんはなんだか良く分からない事をブツブツ呟きながら、自分の体と周囲の花びらを交互に見つめた。
それはそうと、このピンク色の花はハスの花と言うのか。花弁がグラデーションになっているキレイな花だ。
「あの、妖精さん」
「その妖精さんっての止めてくれない? 私の名前はエリーよ。私は妖精じゃないから。私を呼ぶ時は名前で呼んで頂戴」
「う、うん、分かったよエリー」
妖精さん改めエリーは、眉をひそめるとビシッと僕を指差した。
ていうか、生まれたばかりなのに名前があるんだ。妖精って不思議だね。
「それで、ここはどこ? あんたの家なんだっけ? どうも今はパスが切れているみたいで何も分からないのよ。ここの事を教えてくれない?」
「あ、うん。いいよ」
どうも妖精というのは僕が想像していたよりけたたましい生き物みたいだ。
こんなに可愛い姿をしているのに。
僕は少しだけガッカリしながら、エリーに向き直ったのだった。
「オードワール歴29年・・・。あれから8年間も経っているなんて。けどなんで? 体を作り直すにしても一年もあれば十分なはずよね」
「ええとそれでね、ここはラファレス王国って国で、この町の名前はホルヘ。国の南にある港町なんだよ。僕の家は――」
僕はエリーに色々と説明してあげた。
僕の家の事、この町の事、この国の事、そして僕が生まれる前にこの国を襲った魔王の事。
エリーは魔王を倒した勇者ラルクの話を黙って聞いていた。そして最後になぜか寂しそうな表情を浮かべた。
「――そう、ありがとう。勇者の話はもういいわ」
僕はなぜ、彼女がそんな顔をするのか分からなかった。
そして、悲しそうな彼女を見ていると胸の辺りがモヤモヤして、どうにかして元気を取り戻してあげたいと思ってしまった。
「そうそう、僕の名前なんだけど、僕くらいの歳の男の子は、勇者ラルク様の名前にあやかってラルクって名前が多いんだって。でも僕の場合は違うよってママが言ってたんだ。ちょっと待ってね、今思い出すから」
エリーは少し困った顔で頷いた。
そうそう、思い出した。僕のママがまだ子供だった頃の話だ。
その日、ママは用事で隣町に行っていたそうだ。その帰り道の途中、ママの乗った馬車は、悪いヤツらの集団に襲われてしまったのだ。
護衛の人達も悪者にやられちゃって、ママはピンチに陥ってしまった。そんなママを、その時たまたま通りかかった町のハンターが助けてくれたんだという。
「エリー、ハンターって言って分かる? 魔物を退治するお仕事をしている人なんだって。それでそのハンターの人がラルクっていう名前だったそうだよ。ママはこう言ってた。『魔王を倒した勇者様は確かに立派だけど、私には自分を助けてくれたその人こそが勇者様だったのよ』ってさ」
その時、エリーは大きく目を見開いた。
彼女はパッと身を乗り出すと僕に尋ねた。
「ラルク! あなたのママの名前って、ひょっとして! ひょっとして・・・ええと、何だったっけ?」
「ママの名前? マルガリータだよ」
「そう、それ! マルガリータ! ラルク、あんたってマルガリータの子供だったの?!」
えっ? なんでエリーがママの事を知ってるの?
エリーは空に飛び上がると僕の周りをグルグルと回った。
僕はエリーが何でそんなに驚いているのか分からず、居心地の悪い思い気持ちになった。
「へーっ、へーっ、マルガリータの子供かあ。それにしても子供にラルクの名前を付けるなんて、やっぱりあの子ラルクの事が好きだったのね。あれ? ちょっと待って。これって――」
「どうしたの? エリー」
「コラ、動くな!」
エリーは振り返った僕をペシリと叩くと、僕の頭の上に止まった。
僕はムズムズする気持ちを堪えながら黙っていた。
「――やっぱり。宿業が結びついてる。最初に感じたのはこれだったんだわ」
エリーは僕の頭の上から飛び立つと、元気良く花壇の上を飛び回った。
「フフ、フフフフ。アハハハハハハ! そうかそうか、だから私はこの場所で目覚めたのね! ルキフェリア様は私の願いを叶えてくれたんだわ!」
「ちょとエリー。何がそんなに可笑しいの? 一人で納得してないで僕にも教えてよ」
「宿業は宿業よ。前世の縁ってヤツ。それにしても自分の子供の魂としてラルクの魂を引き当ててしまうなんて、あなたのママは余程ラルクと縁が深かったのね」
エリーは笑いながら良く分からない事を言うだけで、ちゃんと質問に答えてくれない。
僕は慌てて彼女を追いかけた。
「待って! 待ってったら、エリー!」
「アハハハ! ハハハハハ!」
「あっ、いた! 坊ちゃん、こんな所にいたんですかい! 寝室からいなくなったって旦那様達が捜してましたぜ!」
僕の家で雇っている護衛の人が僕を見つけて声を掛けた。
「あーっ! あんたゴンズじゃない! あんたこんな所で何してるのよ?! ハンターの仕事はどうしたの?!」
「妖精?! なんで妖精がこんな所に?! てか、俺の名前を知っているって事は、お前まさかエリーなのか?! 何か縮んでないか、お前?!」
エリーが護衛の人――ゴンズだっけ? に突撃すると、彼はギョッと目を見開いてエリーを見つめた。
「ハンターなら二年前に引退したぜ。今は仲間と一緒に護衛としてこのマルカス商会に雇われてんだ」
「ふ~ん。聞いといて何だけど興味なかったわ」
「相変わらず俺に対して酷いなお前! それよりお前こそ今までどこで何してたんだよ。ラルクは一緒じゃないのか?」
エリーはハッと体を固くした。
しかし、軽く頭を振ると、僕の方に飛んで来た。
「ラルクならここにいるわ。この子が私のラルクよ」
「はあ? そりゃ確かに坊ちゃんの名前はラルクだが、お前そんなのでいいのかよ」
「――あんたには分からないでしょうね」
エリーは少し悲しそうな笑みを浮かべると僕に振り返った。
「そういう訳だから、よろしくねラルク!」
「あ、うん」
これって友達になるって事だよね? それでエリーが少しでも元気になるのなら、勿論、僕は構わないけど。
僕は差し出された小さな手を握った。
「また二人で一緒に魔物を退治したり、戦場で魔王軍を相手に戦いましょうね!」
「ええっ! イヤだよそんなの! エリーは僕を一体どこに連れて行くつもりなの?!」
「大丈夫! あなたがラルクなら、放っておいてもトラブルの方が勝手に向こうからやって来るから。魔王が滅んで平和になった世界で平凡に暮らす望みはあっちのラルクに叶えて貰う事にして、その分、私のラルクは波乱万丈な人生を送りましょう」
「ヤだよ! 僕だって平和な人生の方がいいよ!」
ていうか、魔物はともかく、魔王軍なんてもういないから。
勇者ラルクが全部やっつけてくれたから。
「ラルク!」
僕を呼ぶ声に振り返ると、パパ達が庭に出て来た所だった。
僕は家族に駆け寄った。
「みんな! 見て! 妖精だよ! エリーって言うんだって! ママが言ってた通りお話が出来るんだよ!」
「妖精だって?!」
「妖精さん?!」
「エリーって――エリー?! あなたホントにエリーなの?!」
「そうよ。マルガリータ久しぶり。あなたって随分太ったわね。お腹周りがパンパンじゃない」
「太ってるんじゃないわよ! 三人目の子がお腹にいるのよ!」
「こ、これが妖精・・・。話には聞いていたけど、本当に喋るんだ」
みんなはエリーを見て目を白黒させている。
僕がそんな光景を見ていると、不意に警備のゴンズが僕の顔を覗き込んだ。
「ラルク坊ちゃん。何で泣いているんです?」
「えっ?」
慌てて目の下を触ると、その手が涙で濡れた。
いつの間に泣いていたんだろう?
涙は拭っても拭っても、いつまでも止まらない。
なぜだろうか。理由は分からないけど、楽しそうにしているエリーを見ていると、僕は心がキュッと締め付けられるような気がして仕方がないのだ。
こんな光景を昔にも見た事があるような。
ずっと会えなかった大事な人と再び巡り合えたような。
そんな気持ちを感じて仕方がないのだ。
不思議だ。でもイヤな気分じゃない。
僕は涙を拭いながら、エリーが僕の家族と騒いでいるのを見守り続けたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
十年後、大人になったラルクは世界中を回り、本人の意志に関わりなく数々のトラブルに巻き込まれる事になる。
この時代にラファレス王国に登場した二人の有名なラルク。
後の人々は、魔王を倒したラルクの方を【勇者】ラルク。
もう一人のラルクの方を、数々の困難を乗り越えた事から、【冒険王】ラルクと呼ぶようになるのだった。
人々の胸を熱くする、【冒険王】ラルクのエピソード。
ラルクの物語は、時には冒険の仲間と、そして時には美しいヒロインと、何人もの登場人物と共に壮大なサーガを築き上げている。
そんな【冒険王】ラルクの冒険に、いつも彼と行動を共にしていた小さな相棒がいる。
彼女の名はエリー。
エリーはピンチの時も幸せな時も、常にラルクのかたわらにいて彼に笑顔を振りまいていた。
やがて年老いたラルクは最後の冒険を終えると、静かに人生最後の時を迎える。
エリーはラルクの体から抜け出た魂を胸に抱くと、どこかへ姿を消してしまうのだった。
その後、彼女の姿を見た者は誰もいないという。
~元勇者は魔王が滅んで平和になった世界でのんびり暮らしたい~
◇◇◇◇ 完 ◇◇◇◇
************************************************
これでこの物語は終りとなります。
数多くの小説の中からこの小説を選んで頂き、そして最後まで読んで頂き、どうもありがとうございました。
楽しんでもらえたなら幸いです。
最後に、この小説が面白かったと思って頂けたのでしたら、★の方をよろしくお願い致します。
元勇者は魔王が滅んで平和になった世界でのんびり暮らしたい 元二 @moto_zi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます