第6話 対決

 浩一が、機材室で機材整備をしていると間島が「おっすっ」と言って入って来た。

 「おはようございます」

と浩一が挨拶すると、間島はいきなり、

 「俺、カメアシそろそろ卒業!」

と言ってにこにこしている。谷田部がいなくなった現在、間島が、カメラマンとして簡単な撮影は、任されているようだ。

 「俺は、いままでのアングルとは違うものを追求するよ。ゲ・リ・ラ的なアングルさ」

浩一は、ピンクビデオのバイトでの間島を思い出していた。麻吹舞と男優がガラステーブルをはさみワインを飲むシーンでのことだった。浩一が、先端にガンマイクが取り付けられているブームを、二人の頭上にかざしてセリフの音声を拾っていた。つまり、竿ふりをしていた。すると、間島が、ずかずかとやって来て竿を浩一の手から奪った。

 「島田ちゃん、こういうふうに、マイクの先を向けないとだめ、こうね。こうじゃ無いよ」

間島は、何回も乱暴にマイクを振って見せた。浩一は、また、間島が先輩風を吹かしていると思ったが、先輩として指導してくれているのだと思い、素直に聞いていた。すると突然、先端のガンマイクが、外れて下のガラステーブルに落ちたのだ。ガラステーブルは、ガシャンッと音をたてて割れてしまった。

麻吹舞は、むっとして立ち上がってしまった。間島は、撮影現場の全ての人に頭を下げて回っていた。

そんな間島が、これからは、中心的なカメラマンとなり撮影クルーを構成するのかと思うと気が重かった。また、間島の映像に対する考え方も、波田の説く『相手を思いやること』から逸脱していた。

 「島田ちゃん、今夜、俺の行きつけの店に連れてってやるよ。どう? 空いてる?」

間島は、自分の胸ポケットに煙草が無いというジェスチャーをした。浩一は、マイルドセブンライトを1本差し出して言った。

 「ええ。喜んで」

 「OK? よしっ、決まり」

間島は、自分の使い捨てライターで煙草に火を点けると機材室から出て行った。浩一は、ある方法を考え付いた。それは、間島を利用して小山の部屋に入る方法だった。


 間島の行き着けの店というのは、四谷にある洒落たカウンターバーであった。間島のキープしてあるバーボンを、ロックで飲んだ。

 「間島さんの言う、ゲリラ的な映像って、どういうものなのですか?」

 「ああ。その決定的瞬間っていうか、被写体まで駆けつけて撮る映像かな。望遠なんて使わないで、全て広角で、ハンディーの映像のみ」

そう言って間島は、満足げにグラスを開ける。

 「島田ちゃん、アクションプロのカメラマン知ってる? そういうゲリラ映像ばっかし、撮影している連中さ」

 「それって、報道ですか?」

 「うん、報道以外にドキュメンタリーもやってる」

ようするに、映像のためには、なりふり構わず突進して、撮影を行っているプロダクションのカメラマン達だ。間島の憧れているのは、そういう世界なのだと浩一は思った。

 「うちの場合、撮影するものにメリハリ無いし、波田さんとか、絵葉書の写真みたいなのばっかしだし、詰まんねえよ」

 「間島さん、うちの会社もそういう映像ジャンルを開拓していったら、いいじゃないですか」

浩一としては、間島の目指す映像表現は、自分とは異種の世界のものだと感じたが、その場の調子を合わせた。間島を調子にのせるためだった。

 「島田ちゃん、良いこと言うねえ。俺、やってみたいんだよ」

 「それじゃ。さっそく、小山社長に相談してみましょう」

 「小山さんかあ。あの人全然分かってねえよ」

 「だから、要求も通り易いと思うのですが… 社長は、まだ会社に居ると思いますよ。ここに、呼びませんか?明日は、日曜日だし」

 「うん。いいね。善は急げだ」

そう言うと、間島は携帯を取り出し小山に連絡した。

 「大切な話があるからって言ったらね。すぐ来るってさ」

間島は、鼻で笑っていた。


 1時間後に小山がやって来た。

だいぶ酔いの回った間島は、盛んに映像ジャンルの開拓を、小山に要求していた。浩一は、二人の会話を黙って聞いていた。

 「ふーん。間島ちゃんは、報道カメラやりたいの? 懐かしいな、俺と長野はね。昔、コンビを組んでいたんだ。あいつがカメラで俺がVE。今みたいにVTR一体型のベーカムカメラが無かった頃でね。長野のカメラと俺のVTRは、コードで繋がっていたんだよ。VTRは、4分の3インチ、シブサンと言ってね、そのでっかいVTRを俺は担いでいた。ワイドショーの取材のときだったかな、あいつは、カメラ担いで離婚した女優目掛けて突っ走る。俺、身体ちっちゃいだろ、必死であいつに付いて行くんだよ。コードで繋がっているし……」

そう言って小山は、一口飲むと、

「もう、あいつは、いないんだな……」

小山は、本心で長野の死を悲しんでいるように見えた。浩一は、思った。小山への疑惑は、単なる思い違いなのではないか? いやいや、追求心を殺がれてはいけないと、迷いを取り消して、自分に言い聞かせた。

すると、間島が楽しそうに言った。

 「ワイドショーの取材は、特に面白そうっすね。俺は、カリスマアイドルのリナちゃんの取材してえなあ」

 「小山さんの取材した撮りテープを、見てみたいものですね。ねえ、間島さんもそう思いませんか?」

 「うん、その、昔の芸能人とかが、写ってるんですか? あの人は今、なんちゃって」

間島が馬鹿なことを言っていると、

 「ああ、あるよ。扱った素材は、保管してあるんだ。でも、家に置いてあるんだよね」

 「是非、拝見したいですね。今夜、おじゃましても良いですか?」

と浩一は、小山の自宅への訪問をきりだした。

 「え? 俺の部屋、掃除してないしねえ」

 「いやー。俺の部屋の汚さに勝てる人は、いないっすよ。社長の家で飲み直しってことにしましょうよ」

と、間島が言い、浩一も付け加えた。

 「ああ、それは、良いですね。社長!」

小山は、社長という言葉が嬉しいようで、にまにますると、

 「それじゃ、来てみるかい」

と、言った。浩一は、うまくいったと思った。これで、小山の部屋に入ることができる。あの、ビデオテープを見つけることは、できるだろうか?

とにかく、部屋に行ってから考えることにした。


 浩一と間島は、小山の後を付いて歩いた。浩一にとっては、既に知っている道であった。例のコンビニで、ビールとつまみを買い、3人でサンハイツの階段を上がった。

小山の部屋は、小奇麗に片付けられていた。部屋の中央には、大型液晶テレビと中古の業務用VTRやホームビデオデッキが設置されていた。

 「さあ、適当に座ってくれよ。今、テープを探すからね」

小山は、本棚に、ところ狭しと並べられたビデオテープを調べている。奥の大きなシブサンテープを取り出すと業務用VTRにセットした。

 「液晶画面に映し出されたのは、午後のワイドショーなどで見たことのあるような、女優がもみくしゃにされて、芸能レポーターからインタビューを受けている映像であった。もちろん、編集前の撮りテープなので、インタビュー前の映像も録画されており、そこには、カメラ位置でもめるカメラマン同士の怒号、「ばかやろう」とか汚い言葉が飛び交っていた。間島は、目を輝かせて画面に食い入るようにして見ている。暫く見ていると小山は、

 「俺、ちょっと、シャワー浴びるから、そのまま見ていてね。そこのシブサンテープが撮りテープだから、他のも見ていいよ」

と言って、バスルームへ行ってしまった。

間島は、次に再生するテープを物色していた。浩一は、今がチャンスだと思った。次に見る撮りテープを探すふりをして、あのビデオテープを探した。

しかし、8ミリビデオテープは、無かった。

ほとんどが、シブサンテープである。やはり、捨ててしまったのだろうか?浩一は、落胆した。

と、そのとき、間島が引っ張り出したシブサンテープとともに、小さな八ミリビデオテープが床に落ちた。浩一は、すぐに拾い上げた。『民謡ロケハン』とマジックで書いてある。ゆかりの筆跡だ。

浩一は、シブサンテープを物色している間島に、気付かれない様に、ケースから8ミリビデオテープを抜き取ると、Gパンのポケットにすばやく隠した。

そして、ケースは、もとの位置に戻した。

暫くして、小山がバスルームから出て来た。そして、ほとんどの撮りテープを見終えると、終電を心配して浩一と間島は、小山の部屋をあとにした。

はやくテープを再生してみたかった。浩一は、自分のアパートに向かう電車の中で、絶えずポケットの中にある8ミリビデオテープを指で触っていた。


 浩一は、アパートの鍵を開けるやいなや、部屋に飛び込むように入った。慌てる手を落ち着かせるようにして、8ミリビデオデッキにテープをセットした。テープは、頭まで巻き取ってあったので、ロケハンの映像を早送りで進めた。

すると、固定された映像になった。セッティング時の映像だ。谷田部が運転席に座り、カメラの角度を動かしている。カメラの角度が決まると、谷田部の姿が笹井に変わった。カメラが微妙に振動している。

これは、笹井が崖の手前のパーキングまで運転しているときの映像だ。後部座席には、長野の奥さんと子供が写っている。

 「ママ、トイレに行きたい」

女の子が言っている。

 「はい。ねえ、あなた、トイレへ連れて行っても大丈夫?」

と奥さんが横を向く、すると、笹井の後ろに座っている長野の声だけが聞こえてきた。

 「パーキングにトイレがあるだろう。笹井、ちょっと、トイレタイムね」

 「はい、分かりました」

パーキングに停車すると、笹井が降り、続いて全員が車から出て行った。エンジン音がしているので、エンジンは、かけたままになっているようだ。暫くして、運転席ドアの開く音とともに、黒い影が画面を遮った。そして、10秒ほど真っ黒な画面が続き、録画は終わっていた。そのあとは、早送りしても何も録画されていなかった。やはり、ゆかりから聞いたように、転落時の映像は、録画されていない。しかし、明らかに、あの空白の時間に録画は停止されていた。

浩一は、ビデオデッキからテープを取り出すと、バッグにしまった。


 翌日、浩一は、誰もいない会社へ行き、社員に渡されている合鍵を使って入った。

そして、編集準備室で8ミリビデオテープをベーカムテープにダビングした。ベーカムデッキで再生すれば、1フレームずつコマ送りで再生することができるからだ。

浩一は、録画の終わる前の、画面を横切る黒い影を、ジョグダイヤルを使って、1フレーム毎にゆっくりと再生した。

すると、黒い影は、運転席下に潜り込む人間の頭であることが分かった。さらに、画面を横切る寸前の1フレームを、ストップモーションにして細部を見ると、それは、クリクリにカールした髪の毛であるのが分かった。

 「やっぱり、犯人は、小山さんか……」

浩一は、一人呟いた。浩一は、こちらに向かっているゆかりに携帯で、あのビデオテープ入手から犯人解明までを手早く連絡した。と、そのとき、ドアがガタンと音を立てた。振り返ると、そこには、小山がドアを背にして立っていた。

 「島田ちゃん、何見ているの?」

 「……」

 「そのテープ見ていたんだ。で、何か写っていた? 何も写っていないだろう?」

小山は、本来の高い声を、低く発声させてしゃべる癖があった。しかし、今は、不気味に響く。

浩一は、思い切って言った。

 「小山さん。長野さん一家、そして、谷田部さんを殺害しましたね!」

 「証拠は、あるのかな?」

小山は、浩一が疑惑を抱いていることを察していた。

 「あります。このビデオテープに撮影されている小山さんの映像です」

浩一は、ジョグダイヤルを回して、黒い影が画面を横切る寸前の1フレームをモニターに映し、指で指し示した。

 「そんなの、俺なのか分からないじゃないか」

浩一は、意を決して言った。

 「小山さん、あなたは、性的不能ですね。それを、長野さんが暴露した。あなたは、触れられたく無い秘密を突付く長野さんへの恨みを鬱積させていった」

 「な、なぜ、お前がそんなこと知っているんだ……」

 「長野さんが、愛人関係にあった櫛田さんに漏らした言葉ですよ。長野さんは、あなたの分も男として遊んでいると豪語していたんです」

 「あいつは、いつもそうだった。自分勝手に俺をひっぱり回して、今度は、社長面して、俺を人前で、馬鹿にしやがった……」

小山の身体が小刻みに震え出していた。

 「小山さん、なぜ、谷田部さんに睡眠薬を飲ませたんですか?」

小山は、浩一を睨み付けるように言った。

 「谷田部がね。俺をゆすったんだよ。俺が、長野を殺ったときの車への細工は、カーマニアだった奴が、冗談で俺に教えた方法さ。ブレーキペダルのワイヤーをカットして、ブレーキペダルとアクセルペダルを連動させる方法だよ。ブレーキを踏めば停止するどころか、アクセルを踏み込んで益々加速するんだ。事故では無いと気付いた谷田部は、執拗に俺を脅迫したんだ。谷田部には、いなくなってもらうしか無かったね」

浩一は、車が崖からダイビングした理由が分かった。

 「小山さん、あの日は、館山に来ていて、最初から長野さん一家の殺害を計画していたのですか?」

 「ふんっ。おまえ刑事みたいだな。まあ、いいか。俺は、最初から長野の車に細工をしようと考えていたんだよ。でも、櫛田が、急遽、あんな撮影を思い付いたから、それに便乗したんだ」

 「小山さん、自首して下さい!」

浩一は、小山を見つめた。

 「はあ? そんなことするもんか。第一、証拠が無い。全部、事故! 事故だったんだよ!」

そこへ、ゆかりが入って来た。ただ成らぬ雰囲気に、ゆかりは、ドアを開けたまま、立ち尽くした。小山は、踵を返すと、ゆかりの横を通り抜け、走り去って行った。浩一は、もう二度と、小山の姿を見ることは無いのではないかと直感した。


 その日依頼、小山は、会社に現れなかった。

携帯も繋がらなかった。浩一は、サンハイツに行ってみたが、小山の部屋は、既に、もぬけの空であった。不動産屋に引越し先など聞いても、そこには、でたらめな住所、電話番号が残されているだけだった。姿を消した小山は、もともと両親は無く、親戚もはっきりしない身の上であった。

したがって、その後、代表者行方不明の会社は、解散せざるを得なかった。

ゆかりは、田舎に帰って保育士になると言い残し、浩一から去って行った。笹井、間島、野村、そして、他の社員達もばらばらになった。


 今、浩一は、横浜に移り住み、工場に勤め、二人の女の子の父親として平凡な暮らしを送っている。

浩一は、ホームビデオで家族を撮影するたびに思い出すことがある。

一つは、レンズの向こうにいる我が子に思いやりを持って撮影することを、そして、もう一つは、1フレームに残った、あの黒い人影のことを。



                                  終わり

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