世界で最後の殺人事件

影山洋士

第1話


 同僚の西田が殺されて死んだ。

 あいつは世界で最後に残った人間、二人のうち一人だった。


 今多分、この地球に生き残っている人間は私一人だ。そして西田を殺したのは私ではない。




 ここは国際南極観測所、地球規模の災害とも言える致死性ウイルス拡散が起こったのは半年程前だった。


 そのウイルスはあっと言う間に世界中に拡散した。そして致死率は私たちの知る限り100%だった。


 当時国際南極観測所はオフシーズンで、残っている隊員は施設維持の為、数人という極少数だった。

 残った我々は世界中で拡散するウイルス、死亡する人々、ゴーストタウン化する都市をリアルタイムで観測し続けていた。

 我々はその様子を呆然と見続けるしかできなかった。

 雪崩の様に死んでいく人々、そんな中でも研究者たちは必死でウイルスを研究し続けていた。そして最後に辿り着いた結論は「このウイルスは極低温に弱い」ということだった。

 この国際南極観測所だけが世界のウイルス拡散と無縁だった理由がそこで分かった。

 しかしその結論を出した研究者たちも既に死んでしまった。全てが遅すぎた。


 観測所以外の世界中の人々を観測出来なくなって一ヶ月がたった。ネットや無線などで生存確認出来る人は一人もいなかった。もしかしたら何処かに生き残っている人々はいるのかも知れない。しかしその確率は低いだろうというのが残った我々の意見だった。ウイルスは動物や虫を媒介にして急送に広まっていったが、その動物や虫を殺すことはなく確実に人間だけを殺すウイルスだった。なので何処かの国が作った兵器ではないかと言われたが、証拠は何も出ず噂の域を超えなかった。


 オフシーズンであった南極観測所には五人の人間が残っていた。俺と西田と残りの三人だ。

 しかし俺と西田と残りの三人には一つの違いがあった。それは本土に家族を残してきているかどうかだった。俺と西田には家族はいなかった。家族を残してきた三人は、国に帰るという結論に至った。俺には無謀な行為に思えたが、その理由から止めることはできなかった。

 三人は緊急時用の小型砕氷船に乗って港から南極大陸を出ていった。見送る俺と西田の頬を氷点下の風が冷やした。



 それからまたひと月がたった。国に帰った三人からはなんの連絡もない。連絡機器のトラブルか、或いはウイルスがまだ生きていて罹患したのか。

 もしあの三人が死んでいるとしたらこの地球上に生きている人間は俺と西田の二人だけになる。

 観測所には発電機の燃料も食料も数年分の蓄えがある。直ちに命の危険性はない。

 しかしこれから俺達はどうするべきなのか。ただここで無為に過ごすしか出来ないのか。それ以外の選択肢があるのか。


 西田はもの静かな男だった。淡々と仕事をこなしその安定感には定評があった。誰とも特別仲良くはないが誰とも対立しない、そういう奴だった。腹の底では何を考えているか分からないといえばその通りだが、俺自身は危険性などを感じていなかった。


 俺と西田には、ただここにいるだけで何もできないという虚無の時間が訪れていた。西田も俺もひたすら自室に籠もっていた。西田は何をやって過ごしているのだろうか。俺は観測所内にある本を読んだり、音楽を聴いて過ごしていた。観測所には本棚があった。それは今までの隊員が持ち込んだ本を少しづつ残していって出来た本棚だった。当然だが本は荷物であり大量に持って来ることはできないし、それらの本たちはある種この観測所の歴史でもあった。

 しかしその本も殆どを読み終えようとしていた。一体これから何をして過ごしていけばいいのだろう。この目的のなくなってしまった人生に。


 西田と会話することは殆どなかった。たまに簡単な調理するため食堂にきた時やトイレに行く時に挨拶をしたりだとかその程度だった。


 だから西田が殺されて死んでいた時も、いつ殺されたのか正確な時間は分からなかった。数日、そういえば西田を見かけないなと思っていた程度だった。暫く見かけず、倉庫の食材も持っていっている様子もない。だから俺は西田が体調を悪くしたのかと思い、西田の部屋の前に来てドアをノックしてみた。

 しかし反応は何もない。暫く考えてはみたが思い切ってドアを開けて見ることにした。個室ドアに鍵はかかってなくスルリと開いた。


 そしてそこで俺は殺された西田の死体を発見したのだった。



 西田は部屋の中央で背中をナイフで刺されて、うつ伏せに倒れ死んでいた。服は血で染まり血は大量に床に流れ固まっていた。殺されてからそれなりに経っていることが分かる。体を触ってみたが冷たかった。


 西田は何故死んでいるのか?

 可能性は三つあった。一つ目はこの観測所に入り込んできた第三者に殺された。二つ目は西田が手の込んだ自殺をした。三つ目は俺がおかしくなって自分が殺したのにそれを覚えていない可能性だ。


 観測所の入口のドアには一応鍵はある。しかしその鍵を使ったことはなかった、赤の他人がやってくる可能性がある土地ではないからだ。だから勝手に中に入って来ることは不可能ではない。

 俺は観測所内を調べて周ることにした。倉庫の荷物の裏や各隊員の個人の部屋、ボイラー室、娯楽室、全てを見て回ったが誰もいなかったし、居た痕跡もなかった。そもそもこの地球に生き残っている人間はいるのだろうか。いたとして何故人を殺さなければならない? 観測所を出ていった三人の一人が戻ってきて殺した? それならば何かしらの西田を殺す動機はあったのかもしれない、俺が知らないだけで。しかしそうだったとしてもまた観測所から出ていっている理由は分からない。

 俺は観測所の入口のドアを開けて外に出てみた。気候は悪くブリザードが吹き荒れていた。氷が混じった風が体を凍てつける。久々に外に出る。俺は凍える体を動かし観測所を一周してみた。しかし何も誰も見つからなかった。

 俺は観測所の中に戻り冷えた体を温める。あの外の状況では人は生きていくことは不可能だ。もし西田を殺した人間がいたとしても生き残ってはいないだろう。


 俺は二つ目の可能性を考えて見ることにした。西田が自殺したという可能性だ。

 西田は部屋の中央でうつ伏せで背中をナイフに刺されていた。状況からすると他殺以外にあり得ない。しかし、床にナイフを固定してそこに背中から飛び込むという方法なら不可能ではない? だがその方法では一発で上手くいくとも思えないし、ナイフに何らかの仕掛けの跡があるはずだ。しかしナイフにはそのような仕掛けの跡は見られなかった。そもそもそんな手の込んだことをする必要がない。死にたかったらもっと簡単に死ねる方法をとるはずだ。自殺の線も薄い。


 となると三つ目の可能性、俺が西田を殺した可能性だ。

 俺が西田を殺したが自責の念から記憶を改変してしまったのか?

しかしそれこそ動機がない。将来的であれば残された食料を争って西田と揉めた可能性はある。しかしまだまだそんな状況ではない。西田に対して個人的恨みはないし、こちらが持たれていた記憶もない。

 正直何がなんだかよく分からない。この状況こそが俺の頭をおかしくしそうだ。俺は一旦落ち着く為に自室に戻りホットティーを淹れて飲んだ。







────とある遠く離れた惑星のスタジオ。

「皆さーんお待たせしました」派手な衣装を着た司会者が階段を降りてステージにやってくる。拍手で迎える客たち。

「いよいよ今回のシリーズも最終回に入りました。楽しみですねえ。『とある惑星で最後の殺人事件を起こしてみた』それではスタートです!」───



───「クイズの正解はホットティーでした。ではまた別の惑星で、サヨナラ!」────







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世界で最後の殺人事件 影山洋士 @youjikageyama

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