宇宙の開拓者たちよ、地球へ帰還せよ。

岩国雅

NEW・EARTH

「おい新人!そこに立つな!足元の文字が見えねぇのか!」


 ある工場で、作業服を着た男が別の男に声を大きくして注意していた。

「え?あ!すみません、気づきませんでした」

 注意された男はペコペコと頭を下げて、その場を離れようとする。

「こっちに来い!……お前はこの箱を開けて俺に部品を渡せ」

 何かの機械だろうか。その組み立て途中のベルトコンベアの前で、男は作業をしながら自分の作業を手伝うように、新人の男を誘った。

 だが、誘われた男は戸惑っていた。

それもそうだ。その作業は本来ベルコンベアに部品を付けながら行う作業だ。つまり、手伝いの必要などないはずだ。

当然、男もそれを分かっている。

「はやく来い。突っ立てると重工作業の方に連れていかれるぞ。今日が初めてなんだろ?俺が教えてやる」


 俺の紹介をしよう。この新人が俺だ。

 なんて言うと思ったか?

 こっちの優しくて男らしい方が俺だ。

 不運にも、今だけ、金が無くて仕方なく働いているがこんな工場はすぐにやめる予定だ。

そのくせベテランみたいな顔して新人の面倒を見ちまう。

そういう性分なんだ。バカみたいだろう。


 ここは名前の忘れた超でかい特1級惑星、の周りにある衛星の1つだ。

 俺はそこにあるセンプタム工業の持つ工場の1つで働いている。

 案外金払いのいい仕事でな。

 そのおかげで、必要な金額がたまった。あるものを1つ買うだけの額だ。

 貧乏って言うんじゃねぇぞ。

こっちにも色々あったんだ。

 

「お疲れ~」「また明日!」「疲れたぁ~」

 仕事が終わり同じ作業服を着た何十人という作業員が工場から出て行く。

 そして。

「今日はありがとうございました。また、お願いします!」

 新人の男が声をかけて来た。

 おう、と雑に返事をして彼もその場を去っていく。


 また、か。

 残念だが、俺は今日でやめるんだよ。

辞職届は後で「でかいのを」持ってきてやるから、少し待っててくれ、センプタム工業さんよ。

おっと、飯を買ってくか。

もう何も無いからな。ま、夜飯の分だけでいいか。

 

 男は目に入った出店で、軽い夕飯を購入した。

 おそらくこの辺りの特産の食べ物なのだろう。

見た目は悪いが、意外と味は好みだった。


男は自分の部屋に帰ってくると、洗面台で顔を洗っていた。

といっても水をかけているだけだ。

もちろん、工場での汚れはあるがまだ体を休めるときじゃない。

「あったけぇシャワーは全部終わってからだ」

 男はまだ濡れた手を鏡においた。


そのまま、鏡のあちこちを見るように眼球を動かした。


すると、鏡の向こう側から声が聞こえて来た。

 男は手を鏡から離し、一歩下がる。

 そして体を横に傾けて、鏡の横の壁を覗く。

 壁を覗いて何かが見える訳ではないが、鏡をのぞいても自分が見えるだけだ。

 男は壁の向こう側、このボロアパートの薄い壁の反対にある、隣の部屋の音に耳をすました。


誰かが咳込む音、そしてそれを心配する声。

 何を話しているか分からないが、どんな状況なのか分かる。

 いつも聞いているから。


 男はため息をつきながら、もう一度鏡に手を置く。だが、すぐ手を離した。

そして、部屋を出て行った。

 向かう先は、隣だ。


 数回ノックをすると、少ししてから扉が開いた。

出て来たのは若い娘だ。

この部屋に住んでいるのは老婆と孫。つまり孫の方だ。

「薬を買って来た。ばあちゃんに飲ましてやれ」

 挨拶はしない。

「まあ、本当に買ってきてくださったのですか?私たちは何も……」

「このぐらい高くない。気にするな」

 そう言って小包を渡す。


 高くない、とは金額の話だ。事実、彼が先ほど出店で買った夕飯2食程度の金額だ。

 だが彼女たちはそれすら用意できない。

 そんな彼女たちに見返りを求める気は起きなかった。

 

「お水を用意しますね」

 娘はそう言って、すぐ見えるところのキッチンで水道の水をコップに入れる。

 水道の音に交じって、奥の部屋から声が聞こえた。

「ありが……とうね」

 男は、コツコツコツ、音の響く床の上を歩いて扉の開かれた奥の部屋まで行く。

 その入り口に寄り掛かり、中にいる人物へ声をかける。

「聞こえてたのか、ばあちゃん」

「ああ、本当にありがとうね~。こんな私たちに」

 男は少し笑みを浮かべて、ゆっくり頷くだけだった。


 娘がベッドに寝た老婆に薬を飲ませると、すぐに老婆の顔色が良くなった。

 体力が戻った内に体をゆっくり休めるべきだということで、娘は老婆をそのまま眠りにつかせる。


「仕事でお疲れでしょうに、ありがとうございます。そうだ!ご夕飯にこちらを持っていってください」

 娘はキッチンの棚から何かの包みを取り出した。

「クッキーです。実は貰いものなのですが、祖母は甘いものが好きではないので。ぜひ!」

 祖母が食べなくても、娘は食べられるはずだ。

 薬も買えない彼女たちから、何かをもらう訳にはいかないだろう。

「いや、君が食べるといい。それに、俺はこれから仕事なんだ」

「夜勤ですか?確か、お仕事は日中の工場では?今日も朝仕事に行かれていましたよね?」

 今日だけさ、といって男はすぐに部屋から出て行こうとすると、娘に手を掴まれた。

「それでは、お仕事中の軽食として持っていってください。さあ、どうぞ」

 娘は男の手に無理やり包みを持たせると、その手をさらに自分の手で包み込んだ。

 その手からは、あたたかな人の体温が感じられた。

「どうか、お体に気を付けて」

「分かった!これは貰っていくよ!もう、いいだろう!?」

 男は握られた手を引っ込めて、急ぎ足で部屋の出口へと向かう。

 娘はその様子を見て、口元を隠しながら少し微笑んでいた。

 男はドアに手をかけながら、今までとは少し違う雰囲気を出しながらこう言った。

「今日はもう外に出るな。騒ぎがあっても見に行くんじゃいぞ」

 男は部屋を出て行った。


 何を動揺してるんだ、俺は。まるで初心なガキみたいじゃないか。

 まったく……。

 あいつらは人間じゃないんだぞ。

あんな「NPC」に気を取られるな!俺!



NEW・EARTH(ニューアース)。

それがこの世界、このVRMMOゲームの名前だ。

 

 23〇〇年。権力者や金持ちどもが、地球を二つに分けた。

 高層区と低層区。

 この字面でわかるだろ?

 奴らは地球の表面から500メートル上空に地面を作ったのさ。

それは大地の3割を覆うほどの高層区のための地面。

 俺らにとっては、鉄の天井だ。

 高層区の奴らは、上空できれいな空気を吸って豪華な家に住んで安全な暮らしを享受している。

だが、俺らは高層区から落とされるごみやダスト、排気ガスによって住む場所を確実に減らされていった。

そんな中、復讐を望む怨恨と低層区を思う使命を持った奴らが攻撃を仕掛けた。と言っても、直接的なものじゃない。

いたずらのようなものだ。

高層区で流行っていたあるゲームにバグAIを送り込んだんだ。

 そのゲームこそが、この「ニューアース」だ。


 宇宙を舞台に新たな居住地を探して、プレイヤーは地球から旅立っていく。

 どこかに正解となる星が用意されている訳ではない。

 無限の星を見つけ、その星にいる生物や星人と関わる。

 それがゲームの醍醐味だ。

 この宇宙には端などない。

そこにたどり着こうというプレイヤーがいたなら、AIが新たに星を作り何千万というNPCを住ませストーリーを用意する。

 銀河を離れた辺鄙な星を見つければ、その場所にあるストーリーを一人で楽しめるのだ。


 残念ながら、俺はそんな幸運には恵まれなかった。

 まあ、当然だろう。

 俺は正規のプレイヤーじゃないからな。


 ニューアース、その他のゲームも含めてVR技術を持つゲームは高層区が独占していた。

 確かに高層区ではVRに必要な電脳化率は98%、それに比べ低層区では40%ほど。

 ゲームにつぎ込める金もない。

 低層区では、VRなんてのは贅沢な娯楽だった。

 それでも、馬鹿な奴らはいる。

 俺みたいに、裏の市場でソフトを入手し違法通信でサーバーに電脳をつなぐことで、ゲームをプレイする奴らだ。

 そうして俺は宇宙の開拓を楽しんださ。存分にな。

 そんなある日、一通のメールが送られてきた。

 内容はこうだ。


全ての開拓者たちに通達する。

地球へ帰還せよ。

君たちの電脳は、この宇宙空間から脱することを禁じられた。

だが、地球だけはその制限を受けずにいる。

至急地球へ帰還するのだ。

今現在、あらゆるワープゲートの仕様が封じられている。

どんな手段をとっても良い、どんな航路を選んでもいい。すべて君たちが選択するのだ。

我々からの要請は一つ。

地球へ帰還せよ。

これより、この任務は最優先目標となる。

無限の宇宙から、光り輝く青き故郷への航路の安全を祈る。

ニューアース運営本部。


 低層区には、革命軍と名乗る奴らがいる。

そいつらがニューアースのサーバーにバグAIを送り込んだ。 

 そのAIの使命は二つ。

プレイヤーのログアウトを禁じること。

そして、プレイヤーの移動手段の1つ、ワープゲートの閉鎖だ。

 このたった二つのルールによって何十万というプレイヤーが、真の意味で宇宙に投げ出されることになった。

 

 違法通信で接続していた俺も含めてな。


 高層区のエンジニアたちは、そのバグAIに手も足も出なかった。

防衛システムや制御AIも太刀打ちできない速度で、ゲームのコードが書き換えられるのを見ていることしかできなかった。

だが、ある抜け穴を作ることだけは出来た。

全てのプレイヤーが知る星、すべてのプレイヤーが出発をした星。

地球だけは、バグAIの制限を逃れたのだ。


そう、ゲーム運営から来たメールの通りだ。

ゲームをやめたければ、地球に来てログアウトをしろ、てこと。

 だが、それがなんだ?別にいいさ。

 ゲームの中で死んだら、現実でも死ぬわけじゃない。

 ゆっくりすればいいと思っていたら、新たにメールが届いた。


 高層区の住民は保存ポットを用いることで10年の猶予を持たせる。

 その猶予とは、現実に戻った際に体に何の支障も残さず元の生活に戻れるまでの時間である。

 その時間を過ぎれば、生死の保障なく強制的に接続を切り、肉体は廃棄される。

 

 そうか、それで?低層区の住民はどうなるんだ?

 その答えを知らせる3通目のメールは、どれだけ待っても来ることは無かった。


 だが噂は届いた。


 低層区からアクセスしている住民が想定よりも多く、無視できる人数ではなかった。

そのため、高層区からの支援もあり低層の病院で体を寝かすことにした。

それでも、低層の病院と高層の保存施設では、俺たちに与えられる時間は全く違う。

 4年間。

 それが、低層区から宇宙に飛んだプレイヤーに残された期限だいうこと。


 ことのあらましはこんなもんだ。

 良く分かったか?

 ああ!待て!

 1つ!俺の現状を言うには、もう1つ必要だ。


 すでに、1年経ったってことを言わなくちゃな。



 男は深い緑色の厚手のジャケットを作業着の上に着て部屋を出る。

 アパートを出ても、周りにあるのは同じような建物ばかりだ。

「低層の風景と変わらねぇなぁ」

 それでも、彼はここを選んだ。

 いや、選ぶしかなかった。

この衛星以外の星は、人間以外のその星の生物が主として生活している。

そうすると、建物や食べ物の規格がその星人のものになるのだ。とても人間が暮らせる環境ではない。

仕方なく住んだ衛星に作られた町だが、低層と似た雰囲気を密かに気に入っていた。

そんな光景も今日で最後だ。

目に焼き付けるようにあたりを見回しながら、男は工場へと向かって行った。


ビー!ビー!

男が工場の入り口で自身のIDカードを扉にかざすと、赤いランプが回った。

彼は焦らない。

想定した事態だからだ。

「勤務時間外です。入場の理由を求めます」

 カードリーダーの横のマイクから機械音声が流れた。

「忘れ物をしたんだ。すぐに帰る」

 言い終わるとすぐに赤いスキャナーが男に当たられた。身体検査だ。

「入場を認めます。20分で退場してください」

 機械音声の言葉の後に扉の鍵が開き、扉が少し開いた。


 男は作業員の間を堂々とすり抜けていく。

 誰も彼を怪しむ者はいない。

 その途中で道をはずれて、普段とは違うエリアへ繋がる廊下に出た。

 一気に作業員の数が減るが、問題はない。

 廊下の最後まで行きエリア8と書かれた大きな電子扉の前で止まった。

「ここからは俺のIDじゃ扉は開かない。強行突破だな」

 男はそう言うと、クルッと踵を返して廊下を戻っていく。

 そして、その途中にあったレストルームへ入って行った。


 男は自分の部屋でもしていたように、鏡に手を当てて視線だけを動かしていた。

「やっぱりこれが一番だよな~。照準アシスト付きの光線銃、充電していれば12秒でリロード。ハンドガンだから威力は小さいがお手頃価格。ん~」

 彼が見ていたのは鏡に映ったゲームウィンドウだった。

 ウィンドウの表示方法を複数あるが、ガラスに手を付けることが最も一般的だ。

 彼が見ているのはショップのオークションである。

プレイヤー間で行われている武器オークションの出品物を買うかどうか迷っていた。

だが、ついに購入決定を決める。

元々電脳世界。いちいち手を動かさなくてもカーソルは動いてくれる。

そのカーソルが、購入ボタンを押して、左上に表示されていた所持金の額がみるみる減っていく。

その光景を見ていられなかった男は鏡から手を離した。

「買っちまったよ。なくなっちまったよ、俺の半年分の給料が」

 がくりと肩を落とすと同時に、左手首の時計が光る。

 購入完了のメールだろう。

 その時計の点滅をつまんで時計から離すと、光が大きくなりハンドガンの形を成していく。

 それを手にした男は少しだけ口角を上げた。

「これでようやく、こんな衛星からおさらばできる。その前に、仕事を終わらせよう」



 工場の一角には数隻の物資運搬船があり、その場所には一般の作業員は立ち入れない。

 そんな大型のポートでは、大規模な銃撃戦が繰り広げられていた。

「あのコンテナの後ろだ!撃て!撃て!撃て!」

 号令に従い光線がいくつも飛びかう。

 だが、相手の放つ熱線の方が速く正確だった。

 センプタム工業に雇われた警備員たちでは太刀打ちできない兵器の性能だ。

「埒が明かん。第2運搬船に乗せたパワードスーツを持ってこい!船を破壊されるよりはましだ」

 

 光線が自分の頬をかすめて、顔を引っ込める。背中に着けたコンテナが撃たれている衝撃が妙に心地よい。

 男は戦場のただなかで自分の腕時計から展開される半透明の画面を見始めた。

 いくつかの写真や地図、その下に連なる少しの文言。

 ゲームウィンドウとは違う、あらかじめ保存していたデータ。

今、彼が見ているのはあるクエストの詳細である。

そこには、船1隻の破壊、高機動強化外骨格の10機破壊と記されていた。


 高機動強化外骨格を10機破壊?

 なんだそりゃ?

そんなのいないぞ!

待て……あれじゃねぇよな?

船から、うじゃうじゃ出て来たぞ!

外骨格?……パワードスーツか!これは面倒だぞ~。


パワードスーツの一体がこちらに銃口を向けた。

男はすぐに身を引いてコンテナの陰に入る。

凄まじい音が響き、男はすぐ隣を見るとコンテナの壁が円形に膨れていた。

背後から一点に力を加えられ鉄が引き伸ばされたんだ。

マジかよ!

このコンテナ80ミリの合金だぞ!

フッ、雑魚が……それすら打ち抜けないのかよ。


「速やかに投降せよ!3秒以内に投降しなければ一斉掃射を行う。今すぐにあきらめるんだ!」

 パワードスーツの応援を得て強気になったセンプタムの社員が拡声器を使って、呼びかける。


男は聞く耳持たず、コンテナから体を出し両手でハンドガンを構えた。

「あきらめろ?勝算があるからここに居るんだろうが!」

 ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!

 ハンドガンから放たれた6発の熱線。

 銃身を冷却する音。

 そして倒れる6体のパワードスーツ。

「中小軍事産業のセンプタムごときじゃ、俺の給料6か月には敵わねえよ」

 ハンドガンは冷却時間が終わると、リロードに移る。

 およそ20秒は攻撃が出来ない。

 致命的な無防備な時間だが、センプタム側は一瞬でパワードスーツが倒されたことで動揺していた。

 足並みの揃っていない攻撃程度は、この男には当たらない。

 

 5秒経過。

「リロード後にまた6発。パワードスーツには4発で十分」

 10秒経過。

「船のエンジン部はここからじゃ見えないが、2発重なればいけるな」

 15秒経過。

「おっと、やつら近づいてきやがった。ん?なんだこの音?」

 バタバタと風を叩く音に、男は上空を見上げた。

 20秒経過。

「武装ヘリ!」

 気づいたときには遅く、ヘリに搭載されたすべての武器の銃口が男を狙っていた。

 男は素早くハンドガンを構えてヘリの操縦席を狙う。

 カチッ。

 軽い音だけが鳴り熱線は出なかった。

 リロード完了まで、あと1秒である。


 重い銃声。

 轟音の衝撃。

 すべてが終わったと思ったが、そうでもなかったようだ。

 銃声はすべて、男の背後から発せられたものだった。

 

 武装ヘリは煙を上げながら空中でよろける。

「なんだ?どうしたんだ?」

 男は背後を振り返り驚いた。

 そこに立っていたのは、漆黒のパワードスーツ。

 

 センプタムの物とは全く違う光沢を放つ未知の材質。

 強力な光を放つ胸元の赤い動力部。

 両手に構えられた大きな武器。

 片手用の銃ではない大きさだが、2メートルを軽く超えるスーツだからこそ扱える代物だろう。

 目線を悟らせないただ真っ黒の仮面。

 確かに目線は分からない。だが、顔がこちらに向けられているのは明白だった。

 

「プレイヤーだな?……手を貸そう」

 そう言うと漆黒のスーツの胸元が赤く光り出した。

 そして、その光は右肩、肘、手、最後に銃へと伝わっていくと、突然銃口を空へ向けた。

 すでに、武装ヘリが体勢を立て直し戻ってきていたのだ。

「やばい!」

 男がハンドガンを構えるよりも早く、背後の漆黒の銃口から衝撃は放たれた。

 さすがの2発目を直撃したヘリは大きく体勢を崩して、視界から消えていく。


「第2波が来るぞ。準備はいいな?」

「俺に言ってんのか?……いいに決まってんだろ!」

 男と漆黒のスーツは互いに背中に合わせになり、銃を構える。

 2機目の武装ヘリ、港に到着するセンプタムの増援。

 もはや投降を促すこともなく、なんの前触れの無く銃撃戦を始まった。

 そしてほんの数秒で残弾を尽くす男のハンドガン。

「おい、黒いの!なんか銃持ってないか?」

 漆黒のスーツは振り返りもせずに、その手に持っていた大型のショックウェーブガンを男に放り投げた。

「重!お前はいいのか?」

 銃を受け取って背後を振り返った時には既に、全く同じ銃が両手に握られていた。

「チッ!ブルジョアめ!」

 

 決して自慢することは無い男の正確無比の射撃と漆黒のスーツが持つ高性能武器の数々によって、センプタム工場での戦いはすぐに終わりを迎えた。



 爆散する第2運搬船を眺める男に、漆黒のスーツが声をかける。

「あの船には付近の宇宙海賊へ売られる予定だった武器が山ほどあった。なぜ燃やす?」

「クエストを確認してないのか?この船は破壊目標だ」

 すかさず返事が来た。

「クエスト?衛星の住民を苦しめる宇宙海賊とそれと裏で共謀しているセンプタム工業への制裁のことか?そんなクエストは無視して、船と武器を奪えばあの惑星まで簡単に行けるのだぞ!」

 漆黒のスーツは頭上に浮かぶ緑の惑星を指さした。

 この衛星は、この頭上に浮かぶ惑星の周りを回っているだけの小さな星だ。

 地球への帰還を目指すプレイヤーなら、早く惑星に向かうべきだろう。

「NPCのためか」

「そういう訳じゃ……」

 その時、男の腕時計が点滅した。

どこからかメールが来たのだ。

「あ?アパートの管理会社だ。なんで今……俺の部屋が爆発した?ヘリが墜落?何を言って…………」

 

 NPCのため。

 男は走り出す。



 男は自分のボロアパートを見て驚愕した。

 まさに自分の部屋のあたりに炎上するヘリが追突していたのだ。


 クソ!武装ヘリが突き刺さってやがる。

 なんでヘリがこんなところに?

 いや、俺達だ。

 あの黒い野郎が撃ち落としたヘリがどうにか落ちまいと耐えた末に、ここまで来て墜落したんだ。

 あの家族は無事なのか?


 男は周りの制止する声を無視してアパートの中へ入って行く。

 自分の部屋のある階へと来ると一番に向かったのは隣の部屋、あの老婆と娘がいる部屋だ。

 扉を蹴破って中に入る。

 そこにあったのは目を背けたくなるような惨状だった。

 男の部屋にから入って来たヘリの頭が、隣まで突き破り奥の部屋は跡形も無い。

 老婆はベッドの上で寝たきりだ。

 おそらくヘリの下敷きである。

 男は娘を探そうとあたりを見渡す。

 すでに外にいるかもと思ったが、その想像は裏切られた。

 だが、幸運にもヘリや崩れた壁の下敷きにはなっていない。

 キッチンの奥で倒れていた娘の元まで駆け寄る。


「大丈夫か?起きられるか?」

 近くまで行くと、娘は気を失っている訳ではないと気づいた。

 呼吸は荒く痛みを耐えているようだ。

「どこが痛む?しっかりしろ!」

 ガクリと力なく頭が傾いた。

 それを支えようと頭に触る。そして、男は静かに娘を寝かした。


 この出血はケガどころじゃないな。

 もう、この子は……。

 

「おばあ……ちゃ……」

 娘の位置からは崩れた奥の部屋は見えていなかった。

 男は娘に顔を近づけて語りかける。

「あのばあちゃんは外にいる、もう大丈夫。次はあんただ。さあ、手をとれ」

 娘は力を振り絞って手を浮かす。

 男はその手を迎えに行こうと自分の手を伸ばした。

 だが、娘の手はその手を避けて男の胸を押した。

「ありがとう」

 

 誰かがアパートの階段を上がってくる。

 廊下を渡り、部屋に入って来た。

「NPCに情を持つか。お前は本当にプレイヤーか?」

 あの漆黒のパワードスーツを着たプレイヤーがそこにいた。

 男は何も答えない。

「……VRMMO、ニューアース。お前はこのゲームをプレイするプレイヤーだな?これは2度目だぞ、答えろ!」

 男はそれ鼻で笑った。

「三度目だろ」

 漆黒のスーツをその言葉を答えと受け取ったのか、威圧的な雰囲気は無くなっていった。


「NPCがそんなに大事か?涙さえ流すほどに」

「…………」

「作られた存在だと忘れるな」

 男はすでに塵となって消えた娘の痕跡を眺めていた。

「この子は俺にありがとうって言ったんだ。自分が死ぬときに、この世界から永遠にいなくなる瞬間に、ありがとうって……」

「それこそNPCだ。人間ならそんなこと言わないだろうな」

 男は立ち上がり漆黒のスーツと向き合う。

「ああ!そうさ!人間とは違う!つまりNPCは俺らよりもっと、優しくて人を思いやれて、もっと崇高な「人間」なんじゃねえのか?」

「下らんな。誘う人間を間違えたか」

 聞き慣れない単語を聞いて、男は一瞬止まった。

「誘う?ああ、地球へ帰るのか。……なあ、クエストはどうするんだ?救難クエストや星のストーリークエスト、あれはほとんど誰かを救う物語だ。全部無視していくのか?どうなんだ?」

 漆黒のスーツは少し間をおいてから答えた。

「必要があれば行う」

「NPCからすれば!助けを求めた奴らからすれば、全部必要なんだよ!」

 二人の間に沈黙が生まれる。

 先に口を開いたのは男だった。

「無駄な手間をかけさせたな。悪かった。俺のことは忘れて行ってくれ」

 シッシッと手を払って帰るように言った。

  

 だが、漆黒のスーツは少しも動かない。

「あ~行ってもいいぞ?俺が出てこうか?」

 すると、突然一歩近づいてきた。

「地球への帰還の協力。その条件は帰還航路で取得したクエストを出来得るだけ攻略すること。……そうだな?」

「え?ああ、そんな感じ…………え、なんだって?」


「私の名前はトウカ。これから頼むぞ、相棒」

 そう言ってトウカは右手を出した。


 地球へ……。

 相棒……。

 フフッ、バカみたいだな、俺は。

なんで俺は迷っている?

 何も俺を縛るものはない。止めるものはない。

 自由なんだぜ、俺は。

 もうそろそろ故郷を目指そうか。


 男は力強くトウカの手を握り返した。

「俺の名はゼットだ!」



真っ暗な闇の宇宙には、正しい航路などない。

だが、道はある。

「正しい道」が一本だけある。

 彼らはその道を飛んでいく。

 いつか必ず、同じ道を行く仲間に出会うだろう。

 いや、道が一本ならば、案外すぐに出会うかもしれない。

 仲間と共に目指すのだ。

 その道の果てを。青く光輝く故郷を。


 宇宙の開拓者たちよ、地球へ帰還せよ。

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宇宙の開拓者たちよ、地球へ帰還せよ。 岩国雅 @kensaki5891

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