■■ 車来ずの信号の女

 僕が通う高校には、こんな怪談がある。


 35年ほど前に失踪しっそうした女子生徒の幽霊が、山の神社に出るのだとか。

 有名な事件だ。

 なにせ女子生徒だけでなく、交際関係のあった男性数名も行方不明になっているのだから。

 いまだに彼女たちの行方はわからない。


 そして僕は、そんな怪談とは比較できないくらい恐ろしい場所に、もうすぐ到着してしまう。



 夜の道を一人で進むと、それが見えてきた。


 山際に設置されている、古びた信号。

 通称、『車来ずの信号』と呼ばれている。


 ここを通らないと、塾から家に帰れないのだから仕方ない。

 けれども、できればここは通りたくなかった。


 そういえばここの信号にも、有名な怪談がある。

 30年前にあった資産家一族失踪事件の幽霊が出るという噂だ。


 街で有名な億万長者の若い女性が、この信号付近での目撃を最後に失踪した。

 その資産家の女性の親戚を自称する者すべてが一夜にして消えたという、前代未聞の大事件。

 その女性の霊が、ここに現れるのだとか。


 でも、そんな人は一度も見たことがない。

 ここにいるのは、半透明の黒っぽい化け物だけだ。


 車道を走る化け物が通り過ぎるのを、一人で静かに待っていた。

 青信号になれば、こいつらはもう現れない。

 今日もそのはずだった。


「もしかして、君もえるの?」


 気が付くと、知らない女の人が僕の横に立っていた。

 二十歳くらいだろうか。

 スーツを着ているから社会人だということはわかった。


 だけどいったい、いつの間に。

 さっきまで僕一人しかいなかったのに、まったく気が付かなかった。


「え、お姉さん……いつからそこにいたんですか?」


「最初からいたよ。それでね、それで君、アレが視えるんだ」


「…………もしかして、お姉さんも黒っぽい半透明のあの化け物が視えるんですか!?」


「ええ、そうよ。それよりもね、それよりも君、美味しそうな匂いしてるわね」


 ──ヂリヂリヂリ。


 蛍光灯が点滅するのと呼応するように、お姉さんの体が震えた。


「いま、お姉さんの体が一瞬、真っ黒に……お姉さんは、誰なんですか?」


「私? 私の名前は…………あれ?」


 お姉さんは困ったように首をかしげる。


「私の名前、なんだっけ……葛原くずはらさんと馬場ばばくんは覚えてるのに、なんで…………」


 頭を抱えるお姉さんの体が、再び黒く点滅した。

 お姉さんが声をあげるたびに、ノイズは激しくなる。

 それだけで理解してしまった。

 この人は、人間じゃない。


「もしかしてお姉さん…………人じゃ、ない?」


 ──ヂリヂリヂリヂリヂリヂリヂリヂリヂリ。


「アハッ…………君も私と同じで、■■の匂いがするね」


 確信した。

 やはりこの人は、化け物の仲間だったのだ。


 女の形をしたソレは、僕に白色の紙を差し出す。

 神社で見たことあるような、細長い紙だった。


 お姉さんは山の方を指さしながら、こんなことを口にする。


「縁を結びたかったら、いつでもおいで」


 蛍光灯の光が消える。

 その瞬間、お姉さんの全身が影のように真っ黒になった。


 ──資産家の幽霊。


 いや、化け物だ!


 僕が驚いて震えている間に、女の影は僕の首に白色の紙を巻き付ける。

 意味が分からなくて、怖い。

 体が、動かない。


 女の顔が、目の前に近付いてくる。

 口が裂けるような大きな笑みを作りながら、車来ずの信号の女は小さくささやくいた。



「これで君も、■■になれるよ」

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この街には  がいる 水無瀬 @minaseminase

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