社会人 恩返しする化け物

 社会人となった私は、田舎の小さな会社で事務仕事をしていた。


 大人になれば、幸せになれる。

 そう思っていたのに、私は幸せではなかった。


 その日、私は子供の頃によく通った場所を歩いていた。

 『車来ずの信号』にたどり着いた時に、ソレを見つけた。


「ねえ、何をしているの?」


 横断歩道の横で、黒っぽい半透明の化け物が倒れていたのだ。

 鬼のような顔をしているその牛の化け物は、足を怪我しているようだった。


「化け物も、怪我けがをするんだ」


「ブぅォ……ブぅォ…………」


 痛そうにしているのが可哀そうに思えてしまった。


「ちょっと待っててね」


 化け物を置いて、私は街唯一のコンビニへと向かった。

 そこで治療薬を購入した私は、再び『車来ずの信号』へと戻る。


「人間用のだけど、これで我慢して」


 蜘蛛のような化け物の足に消毒液を吹きかける。

 そして軟膏を塗ったあと、包帯でぐるぐる巻きにした。


 ──私、化け物に触れられるんだ。


 自分が化け物に触れられることに、今となって驚く。


 これまで化け物たちと交流を持ったことはあっても、直接触れたのはこれが初めてだったから。


「アリガ、トウ」


 化け物は私にお礼をすると、私に向かって大きく口を開く。


「オ礼ニ、幸セニシテアゲル」


 そう話しかけてきた化け物は、私の顔に「ヴォぁ」と息を吹きかけた。


 驚いた私は、化け物の口から吐き出される光の粒子を吸い込んでしまう。

 不思議と嫌な気はしなかった。

 むしろ、幸せで体が満ちあふれるよう。


「ブぅォブぅォブぅォブぅォブぅォ」


 黒色の化け物が、道路を走り出す。


 ──あれ?


 一瞬、私の身体が影のように黒色になった気がした。

 まるであの化け物のように。



 けれども、気のせいではなかった。


 その日から、私の人生が変わったのだ。




 どういうわけか、私は運が良くなった。

 いや、困ったことに、良くなりすぎたのだ。


 宝くじで3億円が当たるのはいい。

 でもそれが毎年となると、話は別だ。


 購入した土地から埋蔵金が出たのも、まずかった。

 しかもそれが、何十年も前に強盗事件で盗まれた紙幣だったということで、なぜか私はあらぬ疑いをもたれた。

 遠くで起きた銀行強盗の金が、なぜか私の家の庭で発見されることも、一度や二度ではない。

 空から金塊きんかいが降って来たこともある。


 私の周りは、金銀財宝で溢れかえってしまった。



 これもすべて、怪我をしていた化け物を助けたのが原因だ。

 化け物がこれまで溜めた幸運が、すべて私に受け継がれてしまったのだ。

 あの日から私の幸運は、限界を突破してしまった。


 おかげで私の望みとは関係なく、私の周りには富が集まってくる。


 知らない親戚が増え、家には毎日のように泥棒や詐欺師がやって来た。

 強盗にもあった。殺されそうになったことは一度や二度ではない。

 私には、他人は金の亡者にしか見えなくなっていた。


 最後の頼みだった両親ですら、私から金をむさぼるようになった。

 私は人間ではなく、ただの金を生む道具となったのだ。


「こんな生活はもう嫌……一人にさせて」


 久しぶりに訪れた山の神社で、そんなことを呟く。

 すると、葛原さんが消えた日以来、一度も喋ることのなかった黒色の狛狐が口を開いた。


「人間が嫌いなら、人間以外と縁を結べばいい」


 するりと、目の前に何かが落ちる。

 それは社殿のしめ縄についていた、紙垂しでだった。


「前に言っただろう、お前は■■の匂いがする。だから、すぐに慣れるさ」


 私は黒狐の反対側に座っている、金色の狛狐へと視線を移した。

 あれから何年が経っただろうか。

 人間を辞めた彼女は、今も立派に黒狐のつがいとしての生活を送っている。



 どうすれば人間以外と縁が結べるのか、私はよく知っていた。

 地面に落ちた紙垂を、自分の首に巻き付ける。


「お願いします。どうか、あなたたちと縁を結ばせて……それで私を、自由にさせて」


 ギュッと紙垂が首をめる。

 何かが、折れる音がした──




 そうして私は、人間を辞めた。

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