高校生 縁結びの化け物

 本屋の店員さんに「絶対にえんを結んでくれる神社」を教えてもらった。


「好キナ相手が欲シケレバ、ココニ行クトイイ」


 お節介せっかいだとは思ったけど、気になった私はその神社に行ってみることにした。

『車来ずの信号』を渡り、山のほうへと向かうと、その神社は現れた。


 古びたその神社は、人の気配がまったくしない。

 社殿の手前に設置されている狛犬以外、目立ったものはなかった。


 ──でも、どこからか視線を感じる。


 周囲を観察してみるけど、誰もいない。

 気のせいかと思った私は、参道を進むことにする。


「あの狛犬、片方しかいないんだ」


 左側にはきちんと狛犬が座っているのに、反対の右側には何もいない。

 独りぼっちで、なんだか私みたい。

 狛犬に親近感を覚えた時、石像の目が動いた。



 それが狛犬ではなく黒色の狐だと気が付いた私は、鳥居をくぐらずにUターンをする。


 あの狐は、ただの狐じゃない。

 この世ならざる、化け物のたぐいだ。

 それだけは、わかった。


 だけどこの時、黒色の狐以外に私を見つめていたよこしまな視線に、私は気が付かなかった。



「ねえ知ってる? 山の神社で縁結びをすると、絶対に恋人ができるのよ」


 葛原くずはらさんが学校でそんな噂を流したのは、いつからだっただろう。

 神社に行く私を尾行した葛原さんは、神様に縁を結んでもらったらしい。


「おかげでもう彼氏には困らないわ」


 そう言う葛原さんは、実際に彼氏を作っていた。

 それも、何人も。


 クラスのイケメンに学校で一番頭が良い先輩、可愛い顔の後輩から、学校の先生に大学生、はたまたサラリーマンの大人まで、何人もいるらしい。


 そんな葛原さんとは、なぜか高校になっても同じ学校になってしまった。

 奇縁だけど、できれば縁を失くしたい。


 だから私は、山の神社に行って尋ねてみた。


 今日もあの黒い狐は、狛犬のように石塔の上に座っている。

 相変わらず、相棒はいない。

 狐も私と同じで、一人きりのままだ。


 拝殿まで進んだ私は、賽銭箱に五円玉を投げ入れる。


「縁結びのことは知っています。なら、縁切りはできるんですか?」


 お祈りをするために鈴を鳴らしていると、背後で何かが動いた。

 黒狐が、私の横にジャンプしてくる。


「人間は縁結びをするのが好きであろう? なぜ縁を切りたい」


 化け物のくせに、流暢りゅうちょうな言葉を喋った。

 

 この狐は、狛犬のように神社を守っている。

 つまり、狛狐だ。

 稲荷神社では、狐は神のお使い様なのだと、前に読んだ本に書いてあった。

 もしかしたら、この黒狐はただの化け物ではないのかもしれない。


「切りたい縁だってあるんです。それで、できるんですか?」


「できぬ。我は縁結びをするのが仕事じゃ。一度結んだ縁は、二度と解けないのが自慢じゃからな」


 やっぱりこの黒狐は、縁結びの神様のお使いなのだろうか。

 それにしては、神聖な気配は一切いっさいしないけど。


「じゃあ、縁を切る方法はないんですか?」


「あるにはあるが、ただでは……」


「さっきお賽銭入れたじゃないですか」


「あれでは腹が膨れぬ。対価たいかは、お前の体がいい」


 そう告げると、黒狐は口を大きく広げた。

 風船のように口元が膨らみ、人ひとりくらい簡単に丸呑めるくらい黒狐の口が大きくなっている。


 ──私を食べる気だ。


 化け物は食事が好きだ。

 車道を走る半透明の化け物も、本屋の黒い影も。

 だからきっとこの黒狐もそうだと思っていた私は、事前にスーパーで買ってきたとある物を鞄から取り出す。


「これをおささげしますので、なにとぞ」


 狐といえば、油揚あぶらあげ。

 稲荷神社では油揚げが奉納される場合もあると、本に書いてあったのだ。


「ふむ、油揚げはこのみではないが、お前は我と同じで■■の匂いがする。旨そうだ……だから境内の掃除で許してやろう。ちょうどご神木しんぼくの枝が落ちたところだったのだ」


 え、何の匂いがするって?

 よく聞こえなかったけど、私は毎日お風呂には入ってるんですが。


「なに、簡単なことだ……」


 油揚げを咥えた黒狐は、ゆっくりと言葉をつむぐ。


のだ」


 そうすれば、人間とは縁が切れる。




 私が葛原さんに騙されて、男に売られそうになったのは、それから三日後のことだった。


 男と縁を結び過ぎた葛原さんは、その男たちの対処に困っていた。

 誰一人として、別れることができなかったからだ。

 悩んだ葛原さんは、女友達を男たちにみつぐことにしたのだ。


 私がその場から逃げれたのは、ひとえに葛原さんを信じてはいなかったから。


 休日の学校から逃げ出した私は、通学路を走る。

 後ろから、葛原さんたちが追いかけてくるのはわかっていた。



『車来ずの信号』を青信号で渡り、山の神社へと駆け抜ける。


「黒狐様、お願いがあります」


 神社に到着すると、いつもの黒狐が待っていた。

 黒狐に喋りかけながら、私は背後を確認する。

 金髪の女が、ちょうど階段を上り切ったところだった。


 青になるまで信号待ちしたせいで、葛原さんはすぐそこまで迫っている。

 時間がない。


「あなたと葛原さんたちの縁を結ばせてください」


 黒狐の口が、ワニのように巨大化する。

 その姿は、いつか見た半透明の化け物の食事シーンのようだった。


「その願い、叶えよう」


 黒狐が葛原さんと一緒にいた男たちを、パクリと飲み込んだ。

 またたのうちに、葛葉さんは一人になってしまう。


にえはこの男たちで良い。こいつらはこの前、神社の御神木の枝を折ったからな」


「え、なに? みんなどこ行っちゃったの?」


 葛葉さんには、黒狐が視えていないみたい。


 いや、もうこいつは黒狐なんかじゃない。

 二足歩行で人間のような姿となったその獣は、どう見ても神様のお使いなんかじゃない。

 狐の姿をしていた、ただの化け物だったのだ。


「では金髪の女、我と縁を結ぼう」


 黒い化け物は、葛原さんの首に紙垂しでを巻き付ける。

 それは、神への捧げものを意味する首輪だった。


「いやぁ! くびが…………ぁ……」


 その日、一人の女子生徒が、神のにえとなった。



 葛原さんとその彼氏たちは、全員が行方不明となった。

 警察に事情聴取をされたけど、神社で見かけてそれっきりと話したら信じてくれた。

 学校では、彼氏たちと都会へ駆け落ちしたんだろうと噂されている。



 そして私は、暇があれば神社の境内を掃除するようになった。


 私の願いは成就じょうじゅされた。

 だから、お礼参りをしたほうがいいと、本屋の店員さんが教えてくれたからだ。


 お礼参りをしなければ、今度は私がにえとなってしまうらしい。



 その日も私は、神社の清掃をする。

 神社は以前と比べると、少しだけ変わっていた。


「恋人ができて良かったね」

 

 黒狐はもう、寂しくない。


 だって神社の狛狐は、もう一人ではなくなっているんだから。



 黒狐の正面には、金色の狛狐が座っていた。



 その色は、あの日行方不明になった葛原さんの髪の色によく似ていた。

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