中学生 本好きの化け物
中学になると、私のいじめは本格化した。
人には
おかげで友達は一人もいない。
そんな私の唯一の
毎週末、本屋さんで店員さんから、オススメの本を紹介してもらうのが習慣になっていた。
ふと、校庭を眺めると、見覚えのある男の子がボールを投げていた。
野球部のエースであり、私の初恋相手だった
だけど、私は人を見る目がなかったのかもしれないと、今では反省している。
馬場くんは小学校から得意だった野球でどんどんと頭角を現し、学年一有名な男子になっていた。
しかもピッチャーとしてかなり才能があるみたいで、近隣の強豪高校へ推薦で入学することが決まっている。
そのせいで自信過剰になった彼は、なぜかヤンキーになっていた。
万引きをしたり、気に入らない相手をサンドバッグにして
私も一度だけ、馬場くんに暴力を振るわれたことがある。
馬場くんの彼女が、あの葛原さんだからだ。
そんなことをしているのに、馬場くんは捕まることはない。
親が地元の名士らしく、告げ口をする人はいないからだ。
街に一つしかない本屋で彼と会ったのは、偶然のことだった。
二人きりになったのは、小学生の時以来。
だから、勇気を出して声をかけてみた。
「ねえ馬場くん。その右手、どうしたの?」
「は? なに言ってんだお前」
どうやら馬場くんには視えていないみたい。
あんなに重そうなのに。
「それよりも、こっち来いよ」
馬場くんは、私を漫画コーナーの一角に立たせた。
この位置は監視カメラの死角になっているだけでなく、レジにいる店員からも見えない。
私を壁にして、馬場くんは棚から漫画を数冊抜き取り、自分の制服の内側に忍ばせた。
「万引きは犯罪だよ」
「馬鹿な女だな。バレなきゃいいんだよ」
「でも見られてるよ?」
「お前しか見てねーよ。黙ってろよ、お前も共犯だからな」
脅すように悪意のこもった視線を飛ばして来る彼は、恐怖の対象でしかなかった。
だから私は、言われた通り黙ることにする。
私たちを見張るようにさっきから隣に立っていた黒い影の存在を、彼に言うことは絶対にしない。
馬場くんが店の出口へと向かう。
私は自分の隣にいる、黒い影へと声をかけることにした。
「店員さん、馬場くんを止められなくてごめんなさい」
黒い影に顔はない。
それでも、影の顔が少し寂しそうで、そして怒りに満ちていることが私にはわかった。
私が店員さんと呼ぶその黒い影は、いつも私に面白い本を教えてくれた。
最初は存在そのものが不気味で怖かったけど、ただの本好きの化け物なのだとわかると、逆に親近感が
危害も加えてこない。
だけど、本屋を
馬場くんは慣れた手つきで出入り口にある防犯機器を突破すると、そのまま本屋を後にする。
そんな彼の背後に突如、黒い影が現れる。
その影は馬場くんの右手に、ひらひらとした白い紙のようなものを巻き付けた。
馬場くんは、腕に巻き付いたその紙には一切気が付かない。
気が付かないまま、今日も馬場くんは本屋から去って行く。
彼の右手には、無数の細長い紙が
万引きをするごとに、誰かを殴るごとに、その数は増え続ける。
あの紙はいったい、なんだろう。
なんだか神社のしめ
レジで本を購入した私は、本屋の出口へと向かう。
黒い影の店員さんの横を通った時に、こんな言葉が聞こえた。
「本を盗ム人間、許セナイ。アノ手ガ、イケナイ」
購入した本は、神社について詳しく書かれている本だった。
本によると、あの白いひらひらとした紙飾りは、『
紙垂は神聖なるものを示す印で、悪いものを寄せ付けないようにする効果があるのだとか。
暴力を振るうだけでなく犯罪行為をする馬場くんが、神聖な存在なはずがない。
それなのに、なぜあの黒い影は馬場くんに紙垂をくっつけたんだろう。
途中で本を閉じた私は、ベッドに横になりながらあの紙の正体について考える。
それから数週間後、学校の廊下で私は馬場くんとすれ違った。
彼の右腕には、これでもかというほどの紙垂が巻き付けられていた。
腕が隠れてしまうほどの量だけど、私以外の人には誰にも視えてはいないみたい。
『六月三日 漫画ノ万引き』
『六月八日 暴行』
『六月十一日 参考書ノ万引き』
『六月十五日 カンニング』
『六月二十日 暴行』
一瞬、見ただけでもそんなことが書かれていた。
馬場くんがこれまで行ってきた罪状が、ぎっしりと紙に書かれている。
しかも紙垂は、彼の右腕を肩から指先へと包帯のようにぐるぐる巻き付かれていた。
あと数枚巻かれれば、彼の右腕は完全に見えなくなるはずだ。
もしも紙垂が右腕の最後まで巻き付けられたら、どうなるんだろう。
そのことが、妙に気になった。
馬場くんが交通事故で右腕を失くしたのは、それからしばらくしてからだった。
事故現場は、あの『車来ずの信号』。
それでも私は、その犯人が誰なのか、なんとなく心当たりがあった。
きっと馬場くんの幸運は、これで
これで彼はもう万引きすることも、人を殴ることも、大好きだった野球をすることも、二度とない。
高校への
私はいつものように本屋に行くと、黒い影に近づく。
こちらに気が付いた店員さんは、ニイッと口元を三日月のように変えながら嬉しそうに声を出す。
「次ノ捧ゲモノヲ、探サナイト」
家に帰った私は、途中で止めていた本を読み直す。
神社では、紙垂は
神聖な神具として扱われるが、歴史的に見ると元々は捧げ物としての性格があるらしい。
紙垂を巻き付けられた馬場くんの右腕は、神への
後日、私は本屋で紙垂を腕に巻き付けた男性を見かけた。
本屋ですれ違ったその人が何をしたのかは、知らない。
だけど、これだけはわかる。
その人が馬場くんのように罪を重ねれば、きっといつか腕を失うのだろう。
二度と悪さができないように。
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