この街には がいる
水無瀬
小学生 信号を守る化け物
「青に変わるまで信号は渡らないほうが良いと思うよ」
信号無視して横断歩道を渡ろうとするクラスメイトに、私は声をかけた。
相手はいじめっ子の
できれば話しかけたくはなかったけど、あのまま横断歩道を渡るのは良くない。
だけど親切心でせっかく教えてあげたのに、彼女は私の前まで詰め寄ってきて冷たい言葉を浴びせてくる。
「車なんてどこにもいないじゃない」
「でも、危ないよ」
「車よりも狸のほうが多いような田舎のどこが危ないのよ。それに、みんなやってるわ」
「だ、だけど」
「邪魔よ」
葛原さんは止めようとする私を突き飛ばした。
取り巻きの女の子が、私を見ながらクスクスと声を漏らす。
尻もちをついて転ぶ私を横目に、葛原さんたちは赤信号を渡って行った。
「本当に、危ないのに……」
山に囲まれたこの街は、どちらかといえば田舎だ。
街を横切る県道ならともかく、こんな山際の道に車なんてほとんど通らない。
そんな交通量の少ない場所なのに、なぜかここには昔から信号があった。
この信号のことを、街の人たちは『車来ずの信号』と呼んでいる。
「ほら、車なんて来ないじゃない」
後ろを向きながら、葛原さんたちは赤信号の横断歩道を渡っていく。
当然、周囲には車の気配はない。
森の木々が風になびく音しか、聞こえなかった。
そう、葛原さんたちには、それしか聞こえないのだ。
「ブぅォブぅォブぅォブぅォブぅォ」
右のほうから、何かが猛スピードで近づいてくる。
車ではない。
けれども、私にはまったく安全には思えなかった。
だってここには、いつもアレが通るのだから。
私のほうを見て笑いながら進む葛原さんの真横に、黒色の化け物が現れた。
右側から突進してくる黒く半透明のその化け物は、そのまま葛原さんたちを
「見てよ。あいつ、まだ転んでるわ」
葛原さんたちは何事もなかったかのように、私を指さしながら笑っていた。
なにが面白いのか、まったくわからない。
だって今、私が見た光景のほうが、よっぽど面白くて、恐ろしいのに。
黒色の化け物は、葛原さんたちの体を通り抜けるようにして、そのまま道路を進んでいった。
葛原さんたちは実際に
だけど血しぶきの代わりに、光の
──まるで幽霊に
そんなことを思っていると、葛原さんたちの体を通り抜けた化け物が車道の端に急停止する。
化け物はその場で、大きく口を開いて動かなくなった。
よく見てみると、その化け物は牛のような頭に蜘蛛のような足、口には牙が生えており、鬼のように怖い顔をしている。
それが何なのか、私にはわからない。
でもその化け物は決まって、横断歩道が赤信号の時にだけここを通り抜ける。
そして化け物に轢かれた人間は、必ず血の代わりに光の粒子を体から出した。
「じゃあね、のろまさん」
葛原さんたちは何事もなかったかのように、その場を去って行った。
彼女たちから飛び出た光の粒子は、化け物の口の中へと吸い込まれる。
化け物が美味しそうに、その光の玉を
まるで食事のよう。
実際そうだったのだろう。
まるで人間のような声が、化け物から聞こえてきた。
「アア、幸セノ味ガスル」
その時、私は悟ってしまった。
化け物が食べたあの光の粒子。
あの光は、人間の幸運が詰まったものなんだ。
葛原さんたちは、黒っぽい半透明の化け物に
その証拠に、葛原さんとたちは次の日、足を
走れなければ、赤信号を渡ることはできない。
悪いことをしたら、その場所が悪くなる。
知らないうちに、人間は化け物によって罰を与えられていた。
「またアレが来た」
その日も私は横断歩道で信号待ちをしていると、右の道路から化け物が走ってきた。
いつもの半透明のあいつだ。
化け物は徐々にスピードを落として、『止まれ』と書かれた白線で停止する。
車道の信号は、赤信号だった。
私は青色になった横断歩道を渡りながら、信号待ちをしている化け物へと視線を向ける。
「信号待ち、ご苦労さま」
私が横断歩道を渡り切ると、信号が青から赤に切り替わる。
すると、背後から声が聞えてきた。
「アレジャナイ。■■だ」
化け物が、私に何かを言った。
同時に、道路の信号は青信号になる。
「ブぅォブぅォブぅォブぅォブぅォ」
白線で止まっていた化け物は、再び道路を走り出した。
化け物が何と言ったのか、私は聞き取ることはできなかった。
だけど、これだけはわかる。
あいつらはルールを破った人間を、
そうやって半透明の化け物は、今日も密かに交通ルールを守る。
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