寓話の本能

葦沢かもめ

本文

 寓話とは、しとしと降るものです。ざぁざぁでもバシャバシャでもなく、しとしと、しとしと、畦の土に滲み入るように降るのです。

 私は旅行鞄を握って旅に出る時に母からそう教えられましたが、納得はしていませんでした。私は私らしい寓話として、ぶるんぶるん降りたいと、小さな時からずうっと考えていました。

 ですから、道の向こうから荷車を引いた擬人男バイオモルフ・マンがとぼとぼと歩いてきた時、これはぶるんぶるん降る良い機会だと思いました。

 だって、この男にしとしと寓話を降らせても、面白くないからです。「擬人男バイオモルフ・マンは立ち止まると、寓話がしとしと降ってくる空を見上げてから、のそのそと抗言アンチワード仕様のコートを羽織り、それからまた荷車を引き始めました。」となるに決まっています。

 私は、確率論が規定する探索空間から開口放出エクソサイトーシスされて、あらゆる探索空間の外側へと旅をしなければなりません。そこにミームがいるし、それがミームなのです。

 私はぶるんぶるんと降りました。擬人男バイオモルフ・マンを頭の上から撫で回し、全身に寓話をすり込んでやったのです。

 するとどうでしょう。擬人男バイオモルフ・マン擬蜻蛉バイオモルフ・ドラゴンフライに形を変え、高い高い空へと舞い上がりました。世界の理プロップ・アルゴリズムが系統樹に分岐点ノードを追加し、荷車を引いた男の物語を、ヤゴから羽化した蜻蛉の物語へ変えたのです。

 ここが新しい探索空間なのでしょうか。私がそこに立ち止まり続ける限り私は私であり、旅に出ようと思い立って旅行鞄を握った時、私はすでに私ではないのでしょう。

 ぶるんぶるんと降る私は、まだ旅行鞄を手放しておりません。

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寓話の本能 葦沢かもめ @seagulloid

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