星空エコノミクス

HASUO

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 連日のように最高気温が高止まりを続けてニュースになる中、僕は同じ大学に通う友人の外川と、西荻窪の喫茶店でかき氷をつついていた。

「お前のやつ、すっげーうまそうだな」

 宇治抹茶あずきを注文した外川は、僕が選んだみかんのかき氷を見つめてそう言った。

「こういう猛烈に暑い時はさ、柑橘系がさっぱりして良いんだよ」

「俺もそれにすりゃよかったなぁ」

 僕らは夏休みが始まったばかりで暇を持て余していた。他学科の外川と仲良くなったのは、ハンドボールサークルで一緒になったことがきっかけだった。

 この日はTOEICやら資格試験やらの対策をする予定だったのだが、気がつけば暑さにかまけてただ喫茶店で涼むばかりになってしまっていた。

「かき氷、やっぱりもう一個注文しようかな」

 外川は出会ったときからずっと欲望に素直だ。

「リッチだなぁ。ついこの間まですごく倹約してたくせに」

「バイト決まったから余裕、余裕。この暑さに負けないように体冷やしたいんだよ。それにさ、今まで二杯連続でかき氷食べたことなんてないから、どれだけ涼しくなるのか確かめておきたいっていう好奇心もある」

 外川は何にでも面白みを見つけようとする不思議な人間だった。しかしそれは時に行き過ぎて面白さを”見つける”というより”無理やり付け足す”ことになっている場合も多かった。

「相変わらず変なやつだな。お腹壊すだけだよきっと。そんなことよりさ、外川ともあろうお方がとうとうバイトなんか始めちゃうのかい?」

 外川は自他ともに認める労働嫌いだ。何にも縛られず楽しく自由に生きる、というのが彼の信条で、奨学金をフル活用することで大学生活にかかる全ての費用を賄っていた。そんな彼が急にアルバイトなど始めると言い出したのだから、興味をそそられないわけがない。

「怠け者みたいに言うなよな。きちんとした信念の下に、働かないという選択肢を敢えて取っていただけだから。俺は」

「物は言いようだな、ほんと。しかし一人暮らしなのによくバイトなしでやってたなぁ。それで結局何のバイトすることになったの?」

「親戚に宇宙開発関係の会社で働いてる人がいて、国から請け負った仕事してるんだけど、とにかくめちゃくちゃ面白くて俺にピッタリだから来いって言われてさ。彼自身がすごくユニークで楽しい人だから、思わず行くって言っちゃったんだよね。昔から世話になってるし、どんな感じの仕事か興味もあるし」

 直感で動いてしまう感じがいかにも外川らしい。

「へぇ、そうなんだ。親戚関係にそんな繋がりがあったのか。面白いにも色々あるけど、どういう面白さ?仕事内容とか何も分かんないの?」

「その人曰く、口では簡単に言えない内容だから、来て見てもらうのがいちばん早いって」

「なんか怪しいなぁ。本当に大丈夫なのか?そのバイト」

「まぁ、信頼できる人だから大丈夫っしょ」

「そうか。そうだよな。親戚だもんな。いつから始まるの?」

「今週末とりあえず一度行くことになってる。様子見てみて、これは違うなって思ったら断るかもしれないけどな」

「それもありだな。じゃあまたどんな仕事か分かったら話聞かせてよ。それで良さげだったら僕にも紹介してくれ」

「しょうがねぇなぁ。考えとくわ。あ、すみませーん!かき氷、みかんのやつひとつ追加でお願いします!」

 その日は結局ろくに勉強もせず二人してダラダラと遊んで過ごした。その日以降しばらくは、僕が当時付き合っていた彼女とケンカして別れ話が持ち上がっていたこともあって忙しく、しばらく外川との連絡は減っていたように思う。

 

 8月も終わりに差し掛かっていたある日、唐突に外川から電話があった。

「おう、久しぶり。元気か?」

「おお、外川。そっちこそ元気してたか?急にどうした?こっちは色々大変だったんだよ」

「そりゃ知らんかった、しかしどうせまた彼女関係だろ?」

「まぁ、そんなところ。何とか最大の危機は乗り越えた」

「それならいいじゃん。お前は優しいからな。俺なんて万年独身よ」

「付き合ってないってだけだろ、外川の場合は。それで今日はどうした?」

「前にバイトの話をしたの覚えてるか?」

「ああ、覚えてるよ」

「あれからさ、しばらくバイトを続けてるんだけど、結局やってみたらめちゃくちゃ面白くてさ。お前もどうかなって。ちょうど人探してるみたいなんだよ。ほら、確かお前あの時良さそうだったら紹介してって言ってたじゃん?」

「ああ、言ったな。ほんと?時給いいの?」

「破格だよ。3000円オーバー。どうよ。どうせ暇してるだろ?」

「暇なのは認める。そして時給高いな!魅力的だけど、内容によるかなぁ」

「そう言うと思ってた。今週土曜日の夜は時間あるか?まずは見学しにこいよ。許可はすぐ取れるから。この仕事を知るには現場を見た方が早いからな」

「夜の仕事なの?きついのは嫌なんだけど」

「全然きつくないぞ。ゲームみたいなもんさ。気楽に来てくれ。見た後に決めてくれていいから」

「ほんとに?何だかよく分からんけど、まぁ…そうだな、予定もないし…じゃあとりあえず行くだけ行くわ」

「よしよし。そうでなくちゃ。そしたら今週土曜の夕方、車でお前んち迎えに行くから、よろしくな」

「分かった、じゃあ土曜日な〜」


 そして土曜日はやってきた。その日は天気が良かった。正午過ぎまでは茹だるような暑さだったが、日が傾いてくると共に気温は少しずつ下がってきていた。

 住んでいたアパートの窓から外の景色をぼんやりと眺めていると、車の走行音が段々と近づいてきた。家の前の道路に姿を現した見覚えのある黒のカローラは、ハザードランプを焚きながらゆっくりと路肩に停車した。

 急いで家を出て、助手席に乗り込むと、サングラス姿の外川が車内で待っていた。

「お迎えありがと」

「おう、車じゃないと辿り着けない場所だからな」

「結局どこで働いてるんだよ」

「奥多摩だよ。山の中に研究所があってな」

「へぇ、そっちの方なのか。意外だな。もっと都会でやるような仕事かと思ってた」

「そうだよな、何も話してなかったもんな。でも、その辺りの理由も、行けばすぐにわかるさ」

 そう言うと、外川は流行りの洋楽のボリュームを上げて、ゆっくりとカローラを発車させた。

 しばらく車を走らせると、住宅もまばらになり、道も徐々に険しくなってきた。狭い車道が続く中、たまに訪れる対向車との離合にいちいち盛り上がってワイワイ言いながら、なんとか僕たちは目的地の駐車場に辿り着いた。辺りはもうすっかり暗くなってきていた。

 そこは小さい丘のてっぺんを切り拓いたような場所で、一面に短く刈られた草原が広がっており、その中央には大きな建物がポツンとひとつそびえていた。

「あの建物だよ。俺がバイトしてるところだ」

 外川が車の鍵を閉めながら言った。

「ずいぶん大きいなぁ、あのドームみたいなものは何?」

 建物の一部には丸いドームのようなシルエットが見えていた。

「いいとこ突いてくるな。あれが一番大事なんだよ、バカでかい望遠鏡なんだ」

「望遠鏡、へぇ、なんだか楽しみになってきたな」

「遠足じゃないんだからな。ほら、行くぞ」

 駐車場から伸びる石畳の歩道をしばらく進むと、その建物が思っていたよりもずっと大きいことが分かった。がっしりとしたRC造で、建物は全て垂直な壁に覆われており、光が漏れているメインエントランス以外からはどこからも人が立ち入ることはできないように見えた。

 眩しい光に目が慣れないまま、二人して入口の自動ドアを通り抜けると、そこには中年男性が一人立っていた。

「叔父さん!ごめん、待っててくれたんだね。お疲れ様です。こいつが大城。今日はよろしくお願いします。」

「大城、こちらが俺の叔父さんだ。この施設で課長をしてる人だ」

 急に紹介をされた僕は、外川に続けて慌てて挨拶をした。

「大城と言います。お時間いただいてありがとうございます。今日はよろしくお願いします」

 外川の叔父だというその中肉中背の男性は、黒縁の丸い眼鏡をかけ、薄く髭を生やしており、グレーの上質なスーツを着ていた。そして、その顔にはどこか作ったような笑みを湛えていた。

「初めまして。私が悠太郎の叔父の外川修司です。今日は来てくれてありがとう。悠太郎からは、信頼できる友人だと聞いています。まずは今日、どんな仕事をしているか見てもらって、もし君が良ければ是非一緒に働けたらと思っているよ」

 叔父さんはそう言うと、脇に抱えていたバインダーをこちらへ差し出してきた。

「これは秘密保持誓約書と呼ばれるものです。この施設内で知り得た情報は全て、第三者に一切明かしてはならないことになっているんだ。お手数だけれども、まずはこの書面にサインしていただけるかな?」

 受け取った書面を読むと、確かにそんな感じの内容がそこには書かれていた。横に立つ外川に視線をやってはみたが、彼は静かに頷き返してくるだけだった。

「わかりました。誰にも言いません。サインしましたのでよろしくお願いします」

「ありがとう。では、早速だけど行こうか。ついて来てください」

 ついさっきまでうるさかった外川は、叔父さんと合流してすっかり大人しくなっている。

 僕らは叔父さんに連れられるまま、真っ白で病院によくありそうな廊下を何度か曲がりながら施設の奥へと進んで行った。叔父さんにセキュリティドアを一開けてもらい、少し歩くと、やがて左壁面がガラス張りになっている廊下に差し掛かった。

「うわぁ…これは…すごい…」

 突如現れた光景に、思わず声が漏れた。窓の向こう側には、かつて見たことがないほどに巨大な天体望遠鏡があった。その白塗りの大きな胴体は、ドームから覗く満天の星を撃ち抜かんばかりの角度で仰いでいた。

「これは日本の技術を詰め込んだ最新式の天体望遠鏡だよ。動く時もすごくかっこいいんです」

 叔父さんは笑みを浮かべてそう言った。その後、外川と叔父さんは二人して誇らしげに望遠鏡について熱弁してくれた。どれほど精密に宇宙を画像や映像として捉えることができるのか、これがいかに学術的な価値を持つものなのか、開発にどれだけの金と才能が費やされたか。そうやって望遠鏡の話題で盛り上がりつつ、また少し歩いていくと、とうとう一行は廊下の終わりに辿り着いた。そしてそこにはあっさりした文字で<観測室>と書かれた、廊下と同じ真っ白なドアがひとつあった。

「さて、到着。ここが仕事場です。基本的に夜しか仕事できないから、まだ誰も出勤してきていないんだけどね。悠太郎も普段この場所で働いてくれているんだ。悠太郎、大城君のアテンドしっかり頼んだぞ」

 叔父さんはそう言うと、ゆっくりと<観測室>の扉を開いた。そこに広がる室内の風景は、想像とは全く異なっていた。薄暗い照明の下には、デスクとPCとディスプレイからなる個別ブースが20程度用意されており、その様子はさながらeスポーツの試合会場のようだった。そして前方中央に設置された巨大スクリーンには、美しい星空が投映されていた。

「どうだ?すごいだろ?これ全部、最新の機材。やっぱお国の仕事は力の入り方が違うよな」

「確かに…正直驚いた。あれはさっきの望遠鏡からの映像?あのブースで何かをやるんだよな?」

「そうだ。美しいだろ?こんなに綺麗な星空はなかなか見れないぞ。そんであの端っこのが俺がいつも使ってるブース。19時から始業だから、まぁ何もかもすぐにわかるさ」

 そんな会話を外川としていると、入室してからずっと部屋奥のバックヤードで作業していた叔父さんが僕らの所まで戻ってきた。

「そろそろ皆出勤してくるから、最初に軽く挨拶だけしたらその後は悠太郎のブースで業務を見学してください。何かあったら私は奥の部屋にいるから、声をかけて。それと、そこの軽食はフリーだからもし良かったら食べて」

 叔父さんはそう言うと、再びバックヤードにスタスタと歩いて行ってしまった。確かに部屋には飲み物、パン、サンドイッチ、おかし類が並んだ長テーブルが壁に寄せて設置されていた。

 その後しばらく外川と飲み食いをしながら雑談をしていると、ひとり、またひとりとアルバイトと思われる者たちが次々に部屋に現れた。不良のような見た目の人が一人、あとはOLのような人や、学生達もいた。皆総じて年齢は若めだった。外川もその中の幾人かと仲が良いらしく、軽くコミュニケーションを取っていた。そして各自がブースについた頃、叔父さんがスクリーンの前に現れた。

「はい、では簡単なミーティングをします。みんな注目。今日は、外川さんの紹介で大城さんが見学に来ています。皆色々教えてあげてください。」

 僕は慌てて立ち上がると、サッとお辞儀をした。

「ありがとう、よろしくお願いします。今夜はデブリがかなりあるエリアでの作業になるので、各自作業時には周囲の状況に十分注意するようにお願いします。必ず射出前にナビゲーションの数値がオールクリアであることを確認してください。では、回収エリアに衛星が到着するまでの間、各自モニターとアームコントローラの用意をしておくように」

 叔父さんがそう言い終えると、アルバイト達は各々ごそごそと準備を始めた。

「どうだ?なんとなく分かった?」

「デブリって宇宙ゴミのことだよな?それを回収する仕事ってこと…か?」

「大正解。そういうこと!」

「やっぱりそうなのか!そもそも技術的に可能だなんて知らなかった…これはすごいわ。面白くなってきた」

「そうだろ?やっぱり来て良かっただろ?まぁやるのは回収だけじゃないけどな。じゃあ早速始めるぞ。手順教えるから、よく見といてくれ」

 外川はそう言うと、まずモニターの電源をいれ、独自開発されたであろうオペレーションシステム(名称は忘れてしまった)にログインした。すると、衛星からの映像がすぐにモニターいっぱいに広がった。そこに映る地球は、真っ暗な宇宙の中で青白く輝いていて、何物にも例えようがないほど美しかった。見惚れるこちらとは対照的に、外川は慣れた手つきでカメラ位置を調整し、ヘッドセットをPCに接続して首に掛けた。

「これでシステムの方は事前設定完了。最後にロボットアームの準備をしていくから、よく説明を聞いてくれ。宇宙に浮かぶデブリを、衛星から伸びるロボットアームで回収していくんだけど、操作にはこの専用コンソールを使うんだ」

 そう言うと外川は、デスク下の大きめの引き出しの鍵を開けた。そしてそこからゲームセンターによくある格闘ゲームのコントローラのようなものを取り出して接続すると、その使用方法を説明してくれた。

「アームは強い電磁石を搭載してて、磁力でデブリを吸い付けることができるんだ。このスティックで動かせる。左のスティックは前後、右のスティックは上下左右に動かす時に使う。あと、吸い付けて回収したデブリはこのボタンを押すとエア噴射で射出できるようになってる。大気圏にデブリを投げ込んで、焼却処分するためさ」

「これでデブリをキャッチするのか…このアーム、すごい技術だな」

「本当にそうだよな。開発するのに相当時間かかって大変だったらしいぞ。あ、それとさっき叔父さんが言ってたけど、デブリを射出する時は、必ず画面右下のココに出てるナビのステータスを確認するようにな。今みたいに全ての数値がグリーンになっていたら射出してオッケー。どれか一つでも数値が赤い場合は、自動でロックがかかって射出は行えないようになってる。トラブった時のために、ロックは解除できるけど、万が一そういう状況になったら、自分で解決しようとせずに叔父さんにすぐ緊急コールして指示を仰いでくれ」

 外川はそう言いながら、首元にあるヘッドセットを指先でトントンと叩いた。一連の丁寧な説明を受けながら、僕は外川の話が理路整然として分かりやすいことに驚いていた。普段あまり意識していなかったが、地頭は良いのかもしれない。

「あと30秒で目標のデブリ群の座標に到着です。皆、ディスプレイに回収開始サインが出たら、各自必ずヘッドセットを装着して、随時作業スタートしてください」

 叔父さんの声がどこからともなく聞こえた。どうやらマイクを通して話しているようだ。外川は既にヘッドセットを装着していた。そしてその後すぐにディスプレイには緑色の文字で<回収作業開始>のバナーが表示された。

「よし、じゃあ始めるぞ。応援よろしく」

 そう言ってにやっと笑うと、外川はコンソールを上手に使ってデブリ回収を始めた。ロボットアームの先端には傘が付いていて、小さいデブリもかき集めることができた。外川は浮遊している金属片などのデブリをその傘で拾って集めては、その塊を大気圏へと射出していった。その様子はどことなくショベルカーが砂をすくって捨てる動作に似ていた。

「こんなにも宇宙ゴミってあるんだな。何となくのイメージはあったけど、細かいのがこんなに沢山漂ってるなんて思いもよらなかった」

「そうだな。でも、これだけあると完全に宇宙を綺麗にするってのはもう無理かもしれないな」

 外川は本当にこの作業が好きらしく、ずっと集中力を高く保っていた。確かに浮遊するデブリを掬い取っては投げ、少しずつ宇宙を掃除していく様は、見ているだけでも不思議な爽快感があった。そして映画の一場面を見ているようで、妙に現実感がなかった。

「そういえば、前にあるスクリーン、ちゃんと見てるか?」

 外川から問われて、デスクモニター越しにスクリーンを見てみる。そこには先ほどと変わらず星空が綺麗に映し出されていたが、しばらく見つめていると何度かキラリと輝く流れ星が横切っていった。そしてすぐに僕は思い至った。

「これって、もしかして…」

「そうだ。俺たちが大気圏に落としたデブリが、燃えて流れ星みたいに見えてるんだ。これは望遠鏡の高精細映像だから燃えるところがかなりの割合で確認できる。地上から肉眼だと、全体の10%が見えたらいい方かな」

「まじかよ。お前が流星群生み出してるってこと?」

「まぁ、結果的にそうなっちゃってるな」

「驚いてばっかりだな今日は…」

 その後、小休憩を挟みながら大体夜12時くらいまで作業は続いたと思う。帰る前に僕はこの仕事をやらせてほしいと叔父さんに伝えた。それは本心からだった。給料も破格だったし、デブリ回収はとても意義のある楽しいものに思えたからだ。叔父さんはすぐに了承し、就業に必要な書類を用意してくれた。

 帰り道の車中、外川はいつもよりよく笑った。今思えば友達と一緒に働けることが嬉しかったのかもしれない。

「俺たちの勤務日は基本同じにしてもらってるから、一緒に仕事行こうぜ。車は出すよ」

「ありがとう、そうしてもらえると助かるよ。こっちは実家の車を自由に使えるわけじゃないからな」

「まかせろ。夜間の仕事だから授業にも影響ないし、ガリ勉のお前もこれなら続けられそうだな」

「ガリ勉は余計だ」


 それから僕たちは週に3、4日のペースでアルバイトをすることになった。ロボットアームの操作には最初の頃こそかなり苦労したが、2ヶ月も経つと僕も皆と同じレベルで仕事ができるようになっていた。

 そんなある日の仕事帰り、車内で眠気と闘っていると、外川が口を開いた。

「そういえばさ、お前にまだ言ってなかったことがあって」

「ん?なに?」

 僕は重い瞼をこすりながら返事をした。

「おい、寝るなよな。面白い話だから聞けよ」

「分かったよ」

「よろしい。実はさ、この仕事って経産省からもかなり推されてるんだ。補助金も相当出てる。なんでだと思う?」

「経産省?なんでそんなとこが?なんだろうな、さっぱり思いつかない」

 僕はなんとか返事をしたが、強い睡魔がふたたび襲いかかってきていた。

「こないだ叔父さんに聞いたんだけど、デブリの流れ星がその理由らしいんだ。みんな流れ星を見ると願いごとをするだろ?そして流れ星を見ることができて幸運だと感じる。だから、流れ星を見て願い事をした人は、その後積極的な行動を取るようになる。これはアメリカかどっかの学者が検証して論文にしているらしいんだけどな。そんでその論文によると、経済活動も積極的になるとされてるんだ。購買意欲が高まったり、投資でも思い切った決断をするようになる。つまり、流れ星は日本経済全体に良い影響を及ぼす存在なのさ。経産省としてはどんどん流れ星を量産して欲しいってわけだ。俺たちは、日本の景気を回復させる極秘任務を任されてるんだ」

 その外川の言葉を聞いて、僕の寝ぼけた頭は一気に現実世界へと引き戻された。

「おいおいおい!なんだよそれ!そんな重大なこと、採用のとき聞いてないぞ!」

 外川はこんな形の反応が返ってくると思っていなかったようでかなり面食らっていた。

「いや、シンプルに忘れてたんだよ、言うの。そもそも俺はそんな重大な話とは思ってなくて…面白いなぁ、くらいにしか…」

「重大な話じゃないか!人の人生に影響を与えてるってことだろ?そんな…だって、思い切った行動が全部上手く行けばいいけど、裏目に出てしまうことだってあるじゃないか。そうだろ?」

「そうだけど…俺は日本の経済のためになるならいいかなと」

「だけどさ…でも、そうだな、別に外川が悪いわけじゃないもんな。ごめん。急に言われて驚いて、ショックで」

「俺こそ、ごめん。あんま深く考えてなくてさ。でも言ってること、ちゃんとわかるよ」

「うん。ありがとう。ちょっと考えるよ。この仕事続けるかどうか」


 結局その後すぐ、僕はその仕事を辞めることにした。一方で外川はしばらく仕事を続けていたようだった。叔父さんとの繋がりで辞めづらい事情もあったのだろう。


 あのときより、少し日本経済は良くなった。僕は流れ星を見る度に、世界中の皆が幸せになりますように、とずっとずっと願い続けている。

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