甦れ、VTuber!

円谷忍

死者の皮を被る──青空ひなたのまったり雑談配信

 妹のひなたの葬儀に参列したのはどんなに多く見積もっても30人程度。小さな斎場で十分に事足りる人数だった。なのに、VTuber青空ひなたの配信には数万人が押し寄せる。


 VTuberって、とことんいかれた存在らしい。


 まったり雑談と銘打たれた配信はまだ始まってすらいないのに既に3万人以上が待機していた。モニター上ではそれは単なる数字だけど、画面の向こうにはちゃんと生身の人間が息を潜めているはず。そんで、その中の誰もひなたが死んだことを知らないんだ。


 ただの小娘の雑談を聞きに3万人も集まるなんて。いや、配信が始まったらもっと人数は増えるのかも。確か武道館の最大収容人数が1万5千人くらいって聞いた。もう武道館が二つあっても収まりきらない人数じゃん。


 でも、こんなことにいちいち驚いてもしょうがない。だって、VTuber青空ひなたのチャンネル登録者数は500万人を超えているんだから。


 「いったいぜんたい、私の妹は何者なわけ?」


 化け物よ、と妹の葬儀に居たマネージャーは言っていた──


「青空ひなたは、化け物よ。たった数年で登録者500万人、国内トップまで登り詰めた。……その化け物が流行り病でコロッと死ぬなんてね」


 ひなたのマネージャー、倉前陽子という女は、その化け物の代わりを私にさせようとしている。確かに、ひなたと私は双子で、見た目も声もよく似ているらしいけど。


「本当に生写しね」


 紫煙を吐きながら、陽子は私を見ていた。もちろん私は化け物なんかじゃない。私、村谷ゆうひはごく普通のうら若き女子高生だ。


「どうして、私が妹の代わりをしなきゃならないの? ひなたは……もう死んだのに」


「死んだのなら甦らせるまでよ」


私の疑問に陽子は即座にそう答えたのだった。


「あの子には、青空ひなたにはまだ役目が残っているの」


「役目って?」


「あなたが青空ひなたになってくれたら教えてあげる」


 ──そうして今に至る。


 これから、青空ひなたは甦る。それは時間にしてたった4日程度の死だった。それ以上のブランクは勘繰られると陽子が判断した。リスナーから? 違う、同業者から。同じ事務所のVTuberであっても味方じゃない、むしろ同じ箱で人気を奪い合うからこそ、青空ひなたの失脚を喜ぶ者は多いんだって。


 妹の代わりにVTuberをやるなんて、陽子の頼みを安請け合いしたこと正直後悔してる。でも、それしか方法はなかったんだ。私はひなたのことをろくに知らないから。知りたくとも今更ひなたと語らうこともできない、彼女が甦りでもしないかぎりは。


 だから、私は死者の皮を被る。私の知らない妹が500万人の中にあると信じて。


 時間だ。OPのアニメーションが流れて、配信が始まる。ひなたのアバター、青空ひなたが姿を見せる。


 ショートカットの黒髪の上にふわふわもこもこの犬耳、アニメ調の幼い顔立ちに燦然と輝く青い瞳、サロペット風のショートパンツを基調にしたボーイッシュな衣装。ひなたの素顔を遺影で見たばかりの私は、それがひなたとは全くの別物ではなく、むしろひなたに寄せて作れらた造形なのが分かる。そして、それがひなたに似ているなら、当然私にも似ているわけで、美化された自分の似姿を借りるのはまったくの別人に変身するよりかえって気恥ずかしい。


「こ……」


コメント

ジョジー:こ?

リラン:ひなた久しぶり

平坦脳波:待ってた

サニー:4日ぶりに声聞けて嬉しい

42:体調はもういいの?


「こ、こんばんわんこぉ〜。み、みんなの心の青空になりたい青空ひなたです……」


 陽子からお決まりの挨拶を聞いた時、冗談だと思った。こんなアホみたいな文言を配信の度に繰り返さなきゃいけないなんて、恥ずかしくて死ねる。いっそ殺してくれ。


コメント

禁煙さん:なんか辿々しくね

ヒデオ:いつもの元気さがない

レベッカ:ひなちゃん、なんかあったん?w

日蔭:こんばんわんこ!

強力わかもと:今更恥ずかしがらんでも

カラスノエンドウ:初配信みたいだな

二人の軽井沢:緊張しちゃってる感じ?


 リスナーもさすがに鋭いな。そうだよ、これが私の初配信なんだってば。


「ごめん、ごめん、ちょっと配信休んでたから、感覚忘れちゃったかも」


 一応、ひなたのアーカイブにはちょっと目を通したし、録音した自分の声と聞き比べたりして練習したんだけど。あの挨拶だけは勘弁してほしい。次からはしれっと普通の挨拶に変えてしまおう。


「それじゃあ、気を取り直して、今日は雑談配信やっていくよ!」


 雑談配信しろって言われた時は、何を喋ればいいのかわからず途方に暮れたけど、陽子が台本を用意してくれた。渡されたのが、配信の直前であまり目を通せていないけど、直接読み上げればなんとかなる。VTuberなんて案外楽勝かも。


 台本をめくって次のページを見る。そこに雑談の内容が書かれているはずだ。


『黙っていたけれど、青空ひなたの配信に台本はない。理由は、台本を用意しても、ひなたは台本通りにやらないから。なのでここから先はアドリブでよろしく。陽子』


「へ?」


 そこから先はいくらページをめくっても何も書かれてない。陽子が私に送ってきたのは、台本とは名ばかりのほとんど白紙の束だった。


コメント

dior_cowbell:急に黙ったな

ジョジー:ひなたちゃん、どした?

平坦脳波:放送事故?

ツェリノヤルスク:早く雑談聞かせて


「あーごめん、少し待ってて。話す前に水を取ってこなきゃ。一旦ミュートするね」


 ちゃんとマイクをミュートにしてから、


「あのクソマネージャー! 何考えてんの! 次会ったらただじゃおかないから! 地獄の果てまで呪ってやる!」


 おおよそ青空ひなたが言いそうもない言葉で罵って、台本を床に叩き捨てる。すぐさま陽子に電話をかけるが繋がる気配はない。


「ええい、仕方ない。女は度胸だ、度胸」


 私はひなたの部屋を見回して、何か話のネタになりそうな物がないか探した。今日、初めて入った妹の部屋。配信機材はもちろんだけど、私物も色々置いてある。


 とりあえず、知ってるものがないかと本棚の前に立った。けど、本棚には小難しそうなタイトルの小説ばっかりで、私の脳みそで語れそうなものはない。


 諦めて、PCデスクに戻った。いつまでも、ミュートにしてはいられない。リスナーには適当に誤魔化して、配信を終えよう。雑談なんて、土台無理なんだ。私はひなたのこと何にも知らないんだし。


 再びデスクチェアに腰を埋めてから、モニター脇のブックスタンドに本が一冊立てかけてあるのに気付いた。本当に本が好きなんだな、って呆れながら手に取ってから、それが私も知ってる小説だって気付いた。私が中学生の時、夢中になって読んだ本。今でも自分の部屋のいつでも手に取れる場所に大切に置いてある。


 私はマイクのミュートを解除した。


「お待たせ。ねえ、みんな。ケストナーの『ふたりのロッテ』って小説を知ってる? 両親の離婚でずっと別の街で離れ離れに暮らしてた双子の姉妹が、夏休みの林間学校で偶然に出会って、互いに入れ替わることを思い付くの。そして入れ替わった二人が両親を再婚にまで導くお話」


 所詮はフィクション、作り話だ。現実はそう簡単にはいかない。私はコメントを見ずに話を続ける。


「前に話したかも知れないけど、うちの両親も私が小さい頃に離婚しててね。そんで双子の姉妹を半分に分けちゃったの。姉は父親に、妹は母親にそれぞれ育てられた。まだ2歳くらいだったから、よく覚えてないけど、今考えると、残酷だよね。双子の姉妹を引き裂くなんてさ。まあ、両親としては公平に分けたつもりなのかも」


 結局、ひなたの話は私にはできない。これからするのは、私自身の話だ。私の苦い苦い思い出。


「中学生の時に、担任の先生が『ふたりのロッテ』を教えてくれてね。図書館で借りて、一気に読んだの。それからすぐに本屋さんで、自分のを買って、何度も何度もボロボロになるまで読んでた。きっと、それで私、勘違いしちゃったんだと思う。厨二病ってやつ? 中学の修学旅行で京都に行ったとき、自分とおんなじ顔の子がいないか探して回ったの。自由行動の班から離れて、日が沈むまで京都の街を走り回ってさ。本当、馬鹿だったよ。向こうの修学旅行先も京都かもしんないけどさ、日程まで同じなわけないのに。結局、引率の先生に見つかって、しこたま説教された。それで現実に引き戻されて、それからは自分が双子だってことも忘れてた……」


 思い出したのは、ひなたが病気で亡くなったと連絡が来たときだった。自分と同じ顔が綺麗に棺に収まっていた。感染の恐れがあるからって身体に触れることさえ許してもらえなくて。なんであのとき、もっと必死に探さなかったんだろう。修学旅行が終わっても、会いたいのならずっと探し続ければよかったんだ。もうどれだけ探しても妹は見つけられない。妹と同じVTuberになったところでそれは変わらないのに、本当に馬鹿だよ、私。


「……ごめんね、急に変な話しちゃって。やっぱりまだ本調子じゃないのかも」


 話し終えて、私はようやくコメントを確かめる。素早い速度で流れてて、なかなか目で追うのも難しいけど、なんとか拾い読む。


コメント

ジョジー:その話、もう二回目だよ

平坦脳波:前にも言ってたな

dior_cowbell:俺は初めて聞いた

禁煙さん:何回聞いてもいい話だ

日蔭:アーカイブには残ってないはず……

リラン:ひなた、恥ずかしがって残さなかった

サニー:切り抜きもだめだって

レベッカ:普通に知らなかったわw

42:wikiにもガイドブックにも書いてない

夢見て歩け:おまえらが疑似記憶でもかまされただけなんじゃないか?



「二回目? それって……」


 ふと、京都の情景が浮かぶ。夕暮れ時、観光客でごった返す嵐山の渡月橋、私の前に他校の制服を来た女の子が歩いてて、誰かを探してキョロキョロと首を動かしてる。その子が後ろ振り向くと、彼女は私とおんなじ顔をしてる。互いに目が合って、それだけで全て察して、すぐに走り寄り、両の手のひらを重ねて喜び合う。やったよ! やっと見つけた!


 おかしいな、ひなたの葬式でも涙一つ流さなかったのに。あんなの、顔の似た他人だって思うことにしたのに。なんで今頃、涙が出てくるんだろう、止まらないんだろう。


 青空ひなたは化け物なんかじゃなかった。ひなたは、もう一人の私なんだ。





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 最後まで読んでくださり、ありがとうございます。このお話は続きそうですが、一応短編です。拙作コミュ障ぼっちのif? スピンオフ?みたいな感じです。興味があればそっちも。


 実はこの短編を1話として、連載作品として4話くらいまで書いていたんですが、ボツにしてしまいました。勿体無いので1話だけを短編として掲載して供養とさせてください。申し訳ありません。


 最近ポケポケにハマっています。あとペンネームを以前使っていた冬寂から変えました。名前を考えるのが苦手なので、自分の小説の気に入っていたキャラクターの名前をそのまま使うことにしました。そのせいでそのキャラクターの名前を変更しなくてはいけなくなり、結局新しい名前を考えなくてはなりませんでした。本末転倒です。ちなみに冬寂はギブスンの『ニューロマンサー』に出てくるAIの名前です。

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