いっちまった
「母さん……俺はもうダメだ」
「早まらないで好井君!」
「早まっちゃダメよ好井!」
ええい離せ! 離してくれ二人とも!
早まらないで言われても別に俺は死のうとしているわけじゃないし、何か取り返しの付かないことをしようとしているわけでもない。
ただ単に、意志の弱い自分自身を許せなかっただけだ。
(二人を止めるつもりだったのに……止めるつもりだったのに)
世界が切り替わり、二人はこちら側の思考へ変化した。
しかしそれでも俺に何かあるからと、歩み寄りというか思い遣りというか……まあそれはどちらの彼女たちにもあるのは確かだが、俺の気を抜いた一言が彼女たちに火を付けてしまった。
エッチ……そう、エッチなことをしてしまった。
「……ねえ、そんなに嫌だったかな?」
「……どうなの?」
不安そうな視線が俺を射抜く。
エッチなこと……言ってしまえば本番はしていないので、そこはまだ一線を踏み越えていない。
ただ……その手前のことをしてしまったんだ。
彼女たちから逃げられず、雰囲気に流されてしまったと言えば間違ってはいない……しかし、そういう行為に興味がなかったわけではないし、俺自身興奮してしまったのも隠せない。
(……いや、たとえどんな言葉を重ねても……この世界の彼女たちに寄り添おうと考えていたとしても、結局は俺はエロに流される男ってわけか)
二人とも……初めてということで、手付きはもちろんぎこちなかった。
それでも俺は二人にされるがままではあったが、こういうことをしてほしいと言ったら全部やってくれた……二人とも未知の体験にドキドキしていただけでなく、俺が乗ってくれたことが本当に嬉しそうだった。
「俺は……嫌じゃなかったよ全然。けど……結局流されちゃったことに変わりはないからさ。だからそのことに対する申し訳なさがあるんだ」
「それ……そんなに気にすることかな?」
「むしろあたしたちの方がありがとうございますって感じだけど……」
「うん……もちろん最後までしたかったけどね?」
「それは……そうね。経験はしてみたかった……他ならない好井が相手ならね」
ここまで言ってくれるのはこっちの世界だから……なんて、こうやって理由をしつこく探してるのは元の二人に申し訳ないからか?
(……ってそうじゃねえだろ。こっちの二人だって水瀬と能登なんだ。異常とかそういうのじゃない……なら俺のするべきことは……謝ることじゃなくて、受け入れることか)
そう思うと、幾分か心が軽くなった。
この記憶を二人が引き継ぐかどうかは分からない……けど、話はしてみようと思う。
どうせ俺のことだ……隠したところでボロが出るに決まってる。
「ねえ好井?」
「なに?」
「こっちのあたしとか、あっちのあたしとか……あまり気にしないで良いんじゃないかしらね。だってこんなに満たされてるのよ? ならどんなあたしだって嬉しいに決まってるわ」
能登の言葉に、水瀬も頷いた。
「そうそう、こんなに幸せで満たされてる……これがどうしたら変わるっていうのかな? 絶対に悪いことになんてならない……むしろそうなったらどうにかしてみせる。悪いことがあれば好井君の表情で分かるもん――仮に私があなたを傷付けたら、私は私を断罪するよ」
水瀬の言葉はあまりにも本気だと俺に思わせた。
そう口にした水瀬だけじゃなく、能登も同じような雰囲気で……俺に何かしようものなら、たとえ自分であっても許さないと言っている。
「……ちょっと、考えすぎか俺は」
「うん」
「そうね。もっと緩く考えましょ?」
あまりにも……あまりにも二人が優しすぎる。
いまだに僅かな興奮を残す二人だが、明らかに俺のことを労わってくれているのが分かってついつい笑みが零れる。
そう……だな。
ここまで来てやっちまったと後悔するのは二人に失礼だし、そもそも俺は俺なりに頑張っているじゃないか。
「……無責任になるわけじゃない、考えを放棄するわけでもない。この世界で俺は一人……でも、寄り添ってくれる水瀬と能登に心を開いているのも確かなんだ……いや違うな。心を開かないわけがない……ないんだよだって二人ともすっげえ可愛いしエロいんだもんな!」
あ、心が思いっきり開き直ってしまった。
可愛いしエロい……前半はともかく、後半は言われて嬉しいと感じる人はそう居ないはず……だが二人は違った。
二人とも嬉しそうに笑みを浮かべるだけでなく、もっともっとと体を擦り付けてくる。
水瀬はいやらしく体を擦り付けるが、能登はどこまでも優しく包み込むように……。
「でも改めて感じたかな……好井君は不思議だね。だからこそ、言っていることに嘘はない……この世界の男性と一線を画してるんだね」
「それは認めるしかない……まあ最初から認めてるけどね。ねえ好井、あたしたちはアンタのことを想ってるわ。こっちのあたしもそっちのあたしもって言いたいけど……あぁもうもどかしいわね!!」
その後、水瀬も能登ももう一人の自分に対し大層キレていた。
まあ逆転していない自分のことは仕方ないとしても、実際に二つの世界が存在していることと、その時のことを明確に覚えていないからこそのイライラのようだ。
「……ねえ好井君、ずっとこっち側なら良いのにね。それなら好井君も難しいこと考えずにエッチなことやりまくれるのに」
「やりまくるって水瀬が言うと……何だかなぁ」
「好井がやりまくれるというか、あたしたちが大好きな人とやりまくれるって言う方が正しいわね」
いやしかし、まさか俺がこんな風に言われる日が来るとは……ほんとに人生何が起こるか分からないもんだ。
まあこういうことがあること自体間違っては居ると思うんだけど、そう思うと目の前の二人を否定するような言葉になりそうだし、やはり俺は受け入れるしかない……いや、受け入れたいんだ。
「色々考えることは多いと思う……でも受け入れてみたい。水瀬や能登とこういうことを目的にするんじゃなくてさ……その、興味はあるけどそれ以上にこの繋がり……大事にしたいかなって思うよ」
そう伝えると、水瀬も能登も同じだと言ってくれた。
でもそうだな……今日のやり取りは間違いなく、こっち側での二人との接し方は変わるんじゃないかと思う。
それ以上に一定のラインを越えたせいか少し……俺も難しいことを考えないでいいじゃないかってなったしな。
「ねえ能登さん、お手洗い借りても良い?」
「良いわよ」
ホクホク顔で部屋を水瀬が出て行き、能登がニヤリと笑って俺を見つめてきた。
彼女は服を脱ぎ、下着の上から胸に手を当てる。
指を二本使って谷間を広げ、何かを受け入れられるような隙間を作ってボソッとこう言った。
「これ、凄く良かったでしょ? またしてあげるからいつでも言って?」
「っ……」
「う~ん……あっちのあたしもしてくれると思うけどなぁ」
真面目な顔で思案することと行動が全く一致していないんだが……。
結局、このやり取りを戻ってきた水瀬が目撃し……彼女もまた同じようにアピールしてきたのは言うまでもない。
結論としては、一つ進んだ。
それが合っているのか間違っているのか分からないけれど、それでも俺はこれで良かったんだと思うことにした。
でもこのことが、後日まさかの奇跡を起こすだなんて……この時の俺も彼女たちも全く予想していなかった。
貞操観念の逆転が頻繁に起きる世界でヤンデレ包囲網が形成されていた件 みょん @tsukasa1992
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