深まるからこそ複雑になる

「……うん?」


 カチッと、悪魔の音が聞こえた気がした。

 その感覚を俺が忘れることはない……これは世界が切り替わった時に感じる音だ。


(……ははっ、なんかもう変に落ち着いてやがる)


 それだけ……傍に居るのが二人だから?

 世界が切り替わったということは……その、想像するだけでも恥ずかしいことになりそうなのは目に見えている。

 俺が望んでも望まなくても、二人はそうしてくる……その証拠に二人の目の色が変わった。


「……ふふっ、好井君♡」

「好井、おいで」


 いや……やっぱり色々とマズいかもしれん。

 正面から水瀬が抱き着き、背後から能登が抱き着く……水瀬は欲望に忠実かのように抱き着くだけでは飽き足らず体をスリスリと擦り付け、能登はそういうことを一切せずにただただ俺を包もうとしてくる。


「……女の子だけの部屋に男の子が一人、いけないんだぁ」

「そうよ好井。でも大丈夫、その女狐からはあたしが守ってあげる」

「は? 女狐?」

「違うのかしら?」

「人のこと言えるの?」

「あたしは好井を包んで安心させてあげたいだけだわ」

「それ……思いっきり依存してもらって好き放題に甘えてもらって、あわよくばエッチなことまでってことでしょ?」


 そう言ってバチバチと睨み合って……いるんだよな?

 水瀬が俺の頭の後ろに視線を向けているのできっとそのはず……けど、やっぱりこの体に感じる感触があまりにも幸せ過ぎる。

 ……あぁ、やっぱりこうして少しでもこっち側で得られる対価というか、勝手に与えらえるエッチなご褒美と思えば……うん! そう思うことにすれば気分は良くなる。


「なあ二人とも」

「なに?」

「どうしたの?」


 どこまで覚えてる?

 そう二人に質問すると、二人とも何のことか分からないように首を傾げた。

 そのことに俺はやはり落胆することはなかったものの、返された言葉はあまりにも嬉しくさせてくれるものだった。


「何も覚えてない……けれど、何かがあったという認識はあるよ」

「そうね……本当にどうしてこんな感覚になるのか、気持ち悪いったらないわよ。でも大丈夫……何もなかったなんて言わないわ」


 やっぱり覚えてはいない……しかしあっち側で何かを話したこと、そして俺が以前に電話したことも含めて僅かに何かを察している。

 ……それならばと、俺はこの状態ではあるが話してみた。

 言葉にすると複雑になってしまうが、あちらでのことを。


「……私たちが美人だって持て囃されてるんだ」

「へぇ……物好きも居たものね」

「いやいや、物好きとかじゃなくてマジでモテモテだからな?」


 こっちの世界しか存在していないのであれば……普通だったらこの賞賛も彼女たちからすればあまりにも荒唐無稽であり、ご機嫌取りにしては馬鹿にしていると思われるはず。

 しかし、他ならぬ俺だということで二人は真剣に話を聞いてくれたのである。


「……ま、その話を聞いたらなるほどなって思うよ。けどね? もう私はあなたしか……好井君しか見えてないよ?」

「あたしだってそう……もうアンタしか見えてない。あたしはアンタのことしか考えたくないから」

「……………」


 これだ……あっちの世界なら水瀬も能登も周りからの待遇や評価はこれでもかとひっくり返る。

 俺なんかよりも頼れる人は多く居るということも伝えたのに、結局二人は一切考えを変えることなく俺しか見ていない。


(全然複雑さは無くならいし、何ならもっともっと複雑さは増していくと思う……結局二人の間で世界が変わることを完全に認識でないわけで、どこまで行っても俺だけしか分からないことなんだ)


 俺は今まで、そのことに世界からはじき出された疎外感を抱いていた。

 今もそれは変わらないけど、ひょんなことから仲良くなった彼女たちに事情を話し、少しとはいえ理解をもらったことでその疎外感をある程度軽減することが出来た……俺は一人じゃないって思えたんだ。


「……ありがとう。水瀬も能登も……あっちでもそうだけど、二人に話して本当に良かった。何も解決しちゃいないけど、それでも本当に嬉しかったんだ」

「あ……」

「っ……ちょっと待ってね。敷布団出してくるから」


 ……うん?

 いきなり敷布団とか言われて俺の頭の上にはハテナが浮かんでいる。

 俺だけでなく水瀬も何を言ってるんだろうって顔をしているが、部屋の真ん中に布団を敷いた能登は、こんなことを言いだした。


「ねえ好井……話を聞く限り、あっちのあたしや水瀬もアンタの傍に居るんでしょ? なら……こっちはこっちでもっと仲良くなるために、もっとお互いを知るためにやってしまわない?」

「やる……あ、そういうことか。ねえ好井君、私は賛成だよ」

「えっと……ごめん何を言ってる?」


 やってしまわないか……予想は出来てるけどそんなこと……いやいやあり得ないだろ。


「力を抜いて、三人で添い寝をしながらお話しよっか。リラックスしながら……ね? あたしと水瀬は思いっきり抱き着くけど」


 ……俺はすぐに謝ろうとした。

 下品というか、早とちりに変な想像をしてしまったことを……ただ水瀬は俺の仲間だったらしい。


「ちょっと、添い寝とか何を言ってるの? ここはエッチでしょ? せっかく私たちを受け入れてくれるだけじゃなくて、こうして話が出来るくらいに仲が深まった好井君とぐんずほぐれつってことじゃないの?」

「そ、それは興味あるししたいわよ! でもほら、やっぱり物事には順序ってものがあるじゃない!?」

「そんなものないよ。私たちは絶対に愛のあるエッチは出来ない……でも好井君となら出来る。幸いに好井君も私たちの体に興味ビンビンみたいだし、お互いを知るならやっぱり裸になってやるべきことをやるべきじゃないの?」


 そうして二人が言い合いを始めてしまった。

 内容としては今すぐにここを出て行きたくなる言葉が飛び交っているものの、ブレーキが完全に壊れている水瀬と思いの外自我を保っている能登の姿……決してあっちでは見られないからこそ少し面白かった。


(でもこの先……全く想像出来ないな。俺たち、どうなるんだろうか)


 そう言えばと、試しにSNSを見てみた。

 皐月さんがロケに来たことも記録に残っているが、やはり好意的なコメントがほぼ悪意ある物へ切り替わっている。

 魔法でも働いたかのように記録されているものすら変化するも、日常は何も不具合を起こさずに動いている……絶対にどこかで歯車がかみ合わなくなるはずなのに、そんなことはないと言わんばかりに本当に何もないことがこの異常性を物語っている。


「ねえ、好井君エッチしようよ」

「うん……うん?」

「え……良いの? ならしよ?」

「あ、あたしもする!」


 考え事をしていたせいで適当に返事をしてしまった。

 俺の目の前で二人が一斉に服を脱ぎ出す……興奮を示すような膨らみであったりを隠したりもせず、二人は期待を瞳に滲ませながらジッと俺を見ている。


「ちょ、ちょっと二人とも……ステイ! 止まれ二人とも!」


 取り敢えず誤解を解かなくては!

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