後日譚

 私たちは、すっかり引っ越しが終わって少し狭くなった雪平の部屋で暮らし始めた。初めは恐々と様子をうかがっていた蛇長屋の住人達も、最近は少し慣れてきたようだ。

 姉の件はちゃんと報酬も支払われ、あれから音沙汰なしだ。姉は今でもおかしら屋に勤めているらしいとは聞いている。賄賂の件も調べられるだろうし、少しやりづらくはなるだろうが、姉なら大丈夫だろうと思う。

 気になる事と言えば、あれから雪平がたいした仕事をしていない事だが「謎や事件がそうそう起きる訳ないだろう」と言われればそうなのだろう。

 おかげで雪平は、棒手振りの声が通りから聞こえるころになってようやくモゾモゾと起きだす毎日を送っている。

 しかし生活に困らないのは、謎解き屋の常連たちが日々の他愛ない謎の対価として野菜や酒なんかを持ってくるからだ。何も持っていない時なんかは、棒手振りをつかまえて魚を買ってくれたりもした。

 という訳で今日も集まっているわけだが、その様子が以前とは少し違う。

「あんた、こんなものも解けないで謎解き屋を名乗るんじゃないよ。私にお貸し」

「もう少しで解けそうなんですよ。待っていてください」

 私がやると息巻いているのは、絡繰り金庫を持ち込んだ本人の母である。母はどういう訳か、しょっちゅううちへ来るようになってしまった。

 初めて遭遇した時は、女将は入り口で固まっていた。

 ちなみに、雪平は金庫をいじり始めて四半刻になる。常連たちはあとどのくらいで解けるかで、昼飯を賭け始めた。

「もう少し時間をかけてくれてもいいぞ。そうしたら儂の今日の昼飯代が浮く」

「いいや、いつもの事だからもう解けるだろう。なぁ?」

 損料屋の隠居の爺さんと町飛脚の若者がバチバチと火花を散らす。隠居の爺さんはともかく、町飛脚がこんな所で油を売っていていいものなのかと思うが、口には出さない。

 私は黙ってお茶の用意をするだけだ。それが良い妻だと女将に聞いた。

 一体、母は何をしに来ているのだろうか。それくらいは聞いてもいいだろうか。いつも何か謎を一つ持ってやってくるのだ。

 そんな事を考えていると、もう一人お客がやって来た。蔵之介だ。

「蔵之介さん。こんな昼間っからどうしたの? 仕事は? また休み?」

 私が聞くと、蔵之介は嫌々と首を振る。

「辞めてきたのさ。お役人の調査が入るらしくてさ、面倒だったからな」

「呆れた。これからどうするのよ?」

「これからの事はこれから考えるさ。風の吹くまま気の向くまま。やっぱ俺にはこっちの方が合っているんだなぁ」

「そんな事してると食いっぱぐれるぞ」

 雪平が視線も向けずに言った。

「その時はその時さ」

 他の人間たちの前なので言わないが、その時は鼬に戻ればいいとでも思っているのだろう。鼬なら食べる量だって少しで済むし、山に入ればなんとかなる。

「羨ましい奴だなぁ。儂はこの歳まで働きづめだったというのに」

 隠居爺さんの言葉に、蔵之介は得意気に胸を張る。

「そうですかい? 俺はお堂で眠ってたまにお掃除なんかさせてもらってね、お供え物を頂いたりするんですよ。置いておいたってどうせ腐るんだ。無駄にしない方がいいに決まってる。それから町で落ちてる小銭を拾って団子を一本買ったりね」

「なんだかろくでもないな。やっぱり儂は羨ましくなんかないぞ」

「そんな事言わないでくださいよ。その日ぐらしは楽しいですよ。何せ気にすることが一つもない。帳簿と睨めっこしたり、大荷物の運びすぎで肩が痛かったりもしない」

「む、そうは言ってもなぁ」

「解けた! 解けたぞ! やっぱり僕は謎解き屋だ。ね、お義母さん」

「あんたにお義母さんなんて言われたかないよ!」

 母は雪平が解いてしまって、少し悔しそうにしている。それよりもっと悔しそうにしているのが、隠居爺さんだ。

「儂の昼飯代が……」

「さて、、何をおごってもらおうかな」

 町飛脚がそう笑うと、また別の人が戸を開けた。

「何を騒いでいるんだ」

 入って来たのは安次郎とおさよの二人だ。この二人は私たちが蛇と人間で夫婦になった事で、渋々ながら一族に付き合いを許されたらしい。

 散々と私を馬鹿にしていたくせに「棚から牡丹餅だ」と喜んでお礼に来た。そして、そのまま蛇長屋の空いた私の部屋だったところに住み着いてしまったのだ。

 どちらの一族の中にも居づらいのだとは、おさよに聞いた事だが。

「今日もうちは随分とにぎやかね」

「そうだな。これからもよろしく頼むよ、おさく」

「もちろんよ」

 世の中何がどう転ぶか分からないものだが、ここはこれで丸く収まった。母の事も、未だに許せない姉の事も、雪平の寿命の事も、答えは出ないがこれでいいのだろう。

 私たちはどうしたって、生きるしかないのだから。

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蛇恋物語 小林秀観 @k-hidemi

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