反物
私は音をたてないように気を付けて、おそのの長持を開けた。すると、雪平の睨んだ通りそこにあったのだ。服や本の下に隠した反物が。
つまり、反物を盗んだのも置物を盗んだのも、姉に罪を擦り付けたのも全部お園だという事だ。なんだ、馬鹿じゃないかと、私は思わず嘲笑を漏らす。
姉が信じたたった一人の友人は、姉を利用していたのだ。
姉が蔵の掃除をした次の日にばかり反物が盗まれたのも、姉が来てから盗みが始まったのも、全て姉に罪を擦り付けるためだったのだ。
他人を馬鹿にする安次郎の気持ちが、少し分かってしまった。
私は反物を手に、階段を降りようとそちらへ向かった。すると、そちらから足音が聞こえたのだ。皆は雪平が足止めしているはずなのに、誰だろう。
私は冷や汗を流す。
上がって来たのは、おそのだった。手には包丁を持っている。
「あら、見つけてしまったの。困ったわねぇ。蛇酒にでもなってもらおうかしら」
おそのは笑っていた。もう隠す気はないようだ。
「どうやって上がって来たの?」
「どうだっていいでしょう? 死ぬ間際に聞くのがそれ? まぁいいわ。女は色々と得なのよ、とだけ言っておこうかしら」
私が持っているのは反物一つ。いっそ蛇の姿になればと思ったが、頭をつかまれてしまえばそれで終わりなのだ。危険すぎる。
「なんで姉に罪を擦り付けようと思ったの?」
なんとか時間だけでも稼ごうと聞いてみる。すると、おそのは何でもない事のように「だってあの子、都合が良かったから」と答える。
「真面目で孤立していて、私を信じている。ね?」
おそのはさらに続けた。
「ちなみに、あの子が孤立するように誘導したのは私なんだけれどね。蛇って強欲なんですって、人の大切な物でも欲しくなってしまうくらいにって」
おそのは包丁をこちらに向け、じりじりと近づいてくる。
「人を動かすのって、案外と簡単なのよ」
「性格ねじ曲がってるわね」
「どうも。おかげでうまく生きているわ」
おそのは「いや」と呟く。
「あんたたちが来るまではうまく行っていたのよ。人間風情が私の邪魔をするなんて、おこがましいと思わない? 人間に加担する蛇も同罪よ」
「罪はちゃんと、正しく裁かれなきゃいけないのよ」
「生意気な事を言っちゃって。あなたはこれから腹を捌かれるのよ」
階段はおそのの後ろにある。私の方には窓があるだけだ。蛇になれば逃げきれない事もないかと考えていると、左の足首に痛みが走った。
「いたっ」
見てみると、そこには鼬が噛みついていた。仲間がいたのだ。
「ねぇ、知ってる? 化け者ってね、死ぬと獣に戻るのよ」
「知ってるわよ」
「蛇の死骸くらい、どこにでも隠せるのよ」
いつの間にか、私は三匹の鼬に囲まれていた。前からは包丁を持ったおその。
「た、助けて! 雪平さん!」
私はあらん限りの声で叫んだ。すると、すぐに下からバタバタとした足音が聞こえてくる。音からして、蔵之介さんも来てくれたみたいだ。
おそのは顔を歪めて私に向かってくる。雪平が来るまで避けていればいいのだ。それくらいなら私にだってできる。そう思ったが、鼬たちの攻撃が意外に厄介だ。
私は痛みに思わず膝をつく。
そこへすかさず襲ってくるおその。私はイチかバチか蛇の姿のなろうと思った。思ったのだが、そこへ雪平が間に合った。
雪平はおそのの腕を締め上げて縛り上げていく。
「すまない。厠に行くと言われて油断した」
一緒に来た蔵之介が、鼬を一匹ずつ捕獲していく。そっちも縛ってしまうと、鼬になった三人は元の人間の姿に戻る事は出来なくなった。なんせ、服がないのだから。
だが、顔を見なくても分かる。おそらく姉を囲んでいじめていた奴らだろう。
「さて、どうするか」
そこへ、遅れて清三郎がやって来た。
「ど、どうしたというのだね」
「あぁ、店主。事件は解決しましたよ。今説明します」
雪平の説明を、店主は目を真ん丸にして聞いていた。包丁を持って私に襲い掛かった以上、言い逃れもできはしないだろう。
店主は思い出したように下へ降り、姉の縄を解いて謝っていた。
この人はずる賢いだけで、悪人という訳ではなさそうだと思った。
「この四人はどうしますか?」
「ちゃんと役人に届けるよ。うちの賄賂の事も露見するかもしれないが、仕方がない」
清三郎は大きく溜息を吐いた。
簡単に怪我の治療をしてもらった私は、姉と対峙していた。
「あんたの友達のおそのさんが犯人だったよ。最初から利用するつもりだったってさ」
「うるさい! あんたの言う事なんか信じないから!」
「信じなくても、すぐにお役人が来るから分かるよ」
「私を利用するつもりはなかったかもしれないじゃない」
「本人が言っていたのに、何を否定するのさ」
「うるさい!」
「そうやって気に食わないとすぐ怒鳴る癖、やめた方がいいよ」
「妹のくせに鬱陶しいわ」
姉は泣いていた。
きっと心の整理がつかないのだ。それを待ってやるほど、私は優しくない。
「姉のくせに面倒くさい」
私は愛想を尽かして、姉に背を向けた。
「ありがとう」
とても小さな声だったが、確かに姉の声でそう聞こえた。
「許したわけじゃないから」
そう答えると、後ろから包帯が飛んできた。
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