金の置物
姉と引きはがされた後、私たちは雪平と蔵之介と三人で店の上がり框に座って話していた。
「反物が無くなる時の話をもう少し詳しく聞きたいんだが」
雪平が蔵之介に聞く。
「どうして反物なの? 私たちは金の置物を見つけなければいけないのに」
「今のところ、金の置物に関する情報はないだろう? だから反物から行くんだよ。二つの犯人は同じだと、僕は思うんだ」
「同じ?」
「そう。いつも反物でうまい汁を吸っていた人が、あるいは人たちが、それでは我慢できなくなってしまった。そういう事だと思う」
「なるほどね。だから反物の犯人を捕まえるのね。分かったわ」
「それで、そうだろう?」
雪平はもう一度、蔵之介を見る。
「どうって言われてもなぁ。たいした話はないぞ」
「それでもいいんだよ。小さなことでも言いからさ」
「皆で、今日は良い反物が入っていたぞとか、あんな高価な物を買うのはどこのお武家のお嬢さんだろうとか話していたんだよ。すると、その話に上がった物が無くなる」
「なるほど。他には?」
「言い難いんだが……」
蔵之介は私をちらっと見てから話し出す。
「いつも、おくのさんが蔵の掃除をした後に無くなるんだ。あの人はいつも一人でやっているから……その」
「そう。あくまでも姉が不利って訳ね。でもきっと違うわよ。あの女はもっとずっと狡猾なのよ。こんな誰にも見つかるように盗んだりとか、ヘマはしないわ。別にかばっている訳じゃないのよ。本当にそういう女なのよ。でも、どうしたらいいのかしら」
私が腕組みをして考え込むと、雪平も同じようにした。
「そうだなぁ。部屋を一つ一つ当たってみるか」
「そんな事してもいいの? 調べるって事でしょ?」
「清三郎さんが一緒なら問題ないだろう?」
雪平はニッと口角を上げる。
それから私たちは清三郎さんを伴って、各部屋を点検して回る事になった。清三郎さんもこれには乗り気で「なんとしても、おくのが盗んだ証拠をつかんでやる」と息巻いている。
二階に上がると、我先にと清三郎が一部屋目の長持を開ける。ここは階段のある部屋で、蔵之介の使っている部屋だという事だった。
「あぁ、そこはちょっと!」
「なんだ、何かあるのか?」
清三郎は遠慮なく服の山を退ける。すると、その下にはボロボロの褌があった。この蔵之介はつい最近まで浮浪者だったのだから仕方がないだろう。
清三郎は「捨てなさいよ」と眉をしかめる。
それから少し調べて、蓋を閉じる。雪平は全く見ようとしなかった。蔵之介は犯人ではないと分かっているようだ。
すると、そこにおそのがやって来た。
「何をしているのですか?」
「あぁ、部屋の荷物を点検するのだよ。疑いは晴らしておいた方がいいだろう?」
清三郎は当たり障りなくそう答える。
「それは、全ての部屋をですか?」
「そりゃあそうだろう」
その清三郎の言葉に一瞬、おそのがおぞましい顔をしたような気がした。本当に一瞬だったので見間違いかもしれないが。
その事を雪平に伝えようとして彼を見ると、こちらは何やら真剣なまなざしでおそのを睨みつけている。私と同じものを見たのだろうかと思ったが、声はかけなかった。
「では片づけをしてまいりますね。それくらいはいいですよね?」
「まぁな。どうだろうか、謎解き屋さん」
「いいと思いますよ」
雪平にそう言われると、そそくさとおそのは自分の部屋へ向かう。荷物を置くために姉が間借りしているおそのの部屋は表通りから見てここの左隣だ。
私たちは右回りに見て回ろうという話になり、次の部屋へ向かう。
ここには部屋の主がいないので、清三郎が主となって荷物の点検をしていく。さすがに勝手に漁るのは気が引けるらしい。けれど「そこを上げて」とか「そこを退かして」なんて指示しているのだから、同じ事のような気がするが。
二部屋、三部屋とそうして点検して進んでいくと「だ、誰か!」とおそのの声が聞こえた。
慌てて走っていくと、おそのは開かれた風呂敷包みの前で腰を抜かしていた。その風呂敷包みの中身は、金でできた辰の置物であった。
「それだ!」
清三郎は置物に飛びつき、傷がないかあちこち確認する。
「その風呂敷包は?」
雪平が聞くと、おそのは涙を拭いながら「おくのちゃんの物です」と呟く。
「私、躓いて転んじゃって。そうしたら中からこれが……」
「おい、蔵之介! おくのを捕らえてこい! 今すぐにだ!」
「へ、へい」
蔵之介は私たちに申し訳なさそうな顔をしながら、それでも主の言う事には逆らえずに階段を下りて行った。
「しかし、おかしいなぁ。何故ここにあったのだろう」
雪平がわざとらしく小首をかしげる。
「何故って、おくのちゃんが盗ったからでしょう」
おそのは小さな声で「信じていたのに」と言った。
「それはおかしい。おくのさんは通いだ。この置物が無くなったのが昨日の夜なら、おくのさんは昨夜、これを持ち帰った事になる。なのに何故、また持ってきてしまったのだろうか」
「ふん! そんなもの、本人に聞けばいいだろう」
清三郎は、もう姉が犯人だと決まったような顔で仁王立ちしている。
そこへ蔵之介が、姉を連れて上がってきた。
「何をしている! 縛らんか!」
清三郎の怒号により、嫌々と蔵之介は姉を縛り上げる。
「ちょっと! なんなの?」
「これを見ても何とも思わんのか」
清三郎が金の置物を姉の目の前に突きつけると、姉は「見つかったんですね。良かったですね」と答えた。
「なんと神経の図太い女子か。自分で盗んでおいて。これはな、お前の風呂敷包みから出てきたのだぞ」
「そ、そんな! 私じゃありません!」
姉はようやく状況がつかめたらしく、にわかに慌て始める。
「うるさい! 現にこうしておまえの荷物から出てきているんだ。お役人に突き出してやるから覚悟しろよ」
「そんなぁ……」
姉はガクッと肩を落とす。
「しかし、まだ解決していませんよ」
「ん? 何故だ?」
「まだ反物が出てきていません。僕が思うに、反物を盗ったのと置物を盗ったのは同じ人物です。ですから反物の方も解決しなくてはなりません」
「おぉ、そうか。それは助かる。ほら、おくの。反物はどこへやった!」
「私は知りません」
「まだ言うか!」
「まぁまぁ、清三郎さん。犯人に反物を売りに行く暇はなかったでしょうから、きっとこの部屋のどこかにありますよ。また一部屋ずつ探していきましょうよ」
「おぉ、そうだな」
雪平と清三郎がそう話していると、おそのが大声を上げる。
「置物が出てきたからもういいでしょう! おくのちゃんが盗ったのよ! 私、おくのちゃんがこんな人だと思わなかった!」
そう言って体を折って泣き始めてしまったのだ。
「まぁ、全員とりあえず下の店に行きましょうか。もちろん、おくのさんもね。そこでお茶でも飲みながら落ち着きましょうよ」
言いながら、雪平は私に耳打ちする。
「おそのの荷物を調べてくれ」
私は無言で頷いて、その場に残る。
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