きつねがくれた氷
ある山の中に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おばあさんは体が弱く、よく風邪を引いたりしていました。
ある冬の夜、おばあさんの咳がいつもよりひどくて、おじいさんはとても心配していました。
「ばあさんやぁ、そんなに咳をしてだいじょうぶかいなぁ」
「ゴホンゴホン、おじいさん、大丈夫ですよ、ゴホン」
おばあさんはとても大丈夫なようには見えません。
おじいさんは山のふもとの薬屋さんに咳の薬を買いに行く事にしました。
でも外はもう真っ暗で、雪がひどく吹雪いています。
「おじいさん、おじいさん、そんな無理をしなくてもいいですよ。」
おばあさんは、おじいさんの事を心配して引き止めました。
しかしおじいさんは
「なぁに、大丈夫大丈夫、いつもの道を通って薬買ってくるからのぉ。ばあさんは心配せんでもえぇ、ゆっくり寝とくんじゃぞ」
と言い残すと、傘をかぶり蓑を身につけて吹雪の中へ出発しました。
ザック、ザック、真っ暗な中、おじいさんは雪を掻き分けながら山のふもとへと向かって進みます。
よいしょよいしょ。おじいさんは、頑張って歩き続けました。
ところが、なにやらおかしいのです。
「おかしいのぅ。いつもの道を来たつもりなんじゃがぁ・・」
歩けど歩けど山のふもとにはたどり着きません。どうやら同じところをグルグル回っているようなのです。
「うぅむ、道に迷ってしまったかいのう・・・」
おじいさんは足も疲れ、おなかもすいてとても辛くなってきました。
その時、林の中の暗闇から、やさしい声が聞こえてきました。
「おじいさん、こんな雪の中どこへいくの?」
「むむむ?だれじゃ?わしゃおばあさんの薬を買いにふもとまでいくところじゃよ」
やさしい声は言いました。
「おじいさん、おじいさん、おなかがすいたでしょう?温かい食事はいかが?」
おじいさんはおなかが減っていましたが
「いやいや、とんでもない。早く薬を買って帰っておばあさんを楽にしなくちゃならんのでの」
と答え、また歩き始めました。
またまたやさしい声が聞こえてきました。
「おじいさん、おじいさん、温かいお風呂もあるよ?温まっていかないかい?」
おじいさんは体の芯まで冷えていましたが
「いやいや、とんでもない。ばあさんは寒くて咳がでとるからの。早く薬を持って帰らないといかんのじゃ。」
と答えながら歩き続けました。
またまたまたやさしい声は言いました。
「おじいさん、おじいさん、ここにはたくさんお金があるよ。薬もたくさん買えるよ。こっちへこないかい?」
おじいさんはちょっとムッとしました。
「おまえさんは一体何者じゃ?わしゃお金はいらん。早くばあさんが楽になる薬を買って帰らんといかんのじゃよ。邪魔をしないでおくれ」
おじいさんは、少し歩くスピードを速めました。
そのとき、急に降り続いていた雪と、吹き付けていた風がやみました。おじいさんが驚いていると、真っ暗な森の中から白く輝くきつねが現れました。
白狐はおじいさんの近くまでやってくると、急に人の言葉で喋り始めました。
「やい、じいさん。どうしてわしの誘いを断る?」
おじいさんは、狐が急に喋ったのでびっくり。
「あ、あ、あ、化け物!!わしゃわしゃ、薬を買いに行くだけなんじゃ。ばあさんがまっとるんじゃ。わしゃ、おいしゅうない、たべんといてくれ、たべんといてくれぇ~」
白狐は言いました。
「じいさんよ、こんな吹雪の中を迷ったようにあるいとるから、助けてやろうと思っただけじゃ」
「ナンマンダブナンマンダブ!どうかどうかお助けを~」
白狐はあきれて言いました。
「じいさん、ちょっと落ち着かないか?わしゃ助けてやるいうとるんじゃ」
「へ、へ?? 助ける?」
「そうじゃぁ、じいさんはとってもやさしいじいさんじゃのぅ。ほりゃっ!」
白狐はおじいさんの前に何かを放り投げました。
おじいさんはきつねが投げたものをおそるおそる覗き込みました。
そこには白い小さなきんちゃく袋が落ちていました。
「なんじゃ、これは?」
おじいさんは袋を拾い上げました。
白狐は少し笑いながら
「じいさん、それをもって帰ってばあさんに飲ませてやるといい。ただし家まで中身を見てはいかんぞ。なくなってしまうからの。ばあさんの咳はすぐとまるぞ」
と、それだけ言い残すと白狐はまた暗闇の中へと消えていきました。
おじいさんは驚いていましたが、止んでいた雪がまた降り始めました。こんどはさっきよりひどくとても山のふもとにはいけそうにありません。
おじいさんはさっき貰ったきんちゃく袋を大切に持ち、来た道を戻っていきました。
家に帰るとおばあさんが帰りが遅いおじいさんを心配して待っていました。
「ゴホンゴホン。じいさん大丈夫かえ?外はえらい雪じゃ。心配したよ」
「ばあさん、わしゃふもとまでようおりんかった・・。雪がひどくなりすぎたよ」
そういいながらおじいさんは手にもったきんちゃく袋を差し出しました。
「これは、さっきわしが山の中で迷った時、白狐にでおうて、もらったんじゃ。狐は、これをばあさんに飲ますとええ言うとった」
おじいさんはきんちゃく袋をおそるおそる開けました。
中をのぞくと、それはそれはきれいに輝くひとかけらの氷でした。
「こりゃ、なんじゃ、こんなきれいな氷は見たことが無い。ばあさん、きっとあの狐は神様じゃ。この氷、はようのめ」
「ゴホン、ゴホン、おじいさん、本当に大丈夫かぇ?飲んでも大丈夫かえ?」
「きっと大丈夫じゃ、ほら、はようはよう!」
おばあさんは恐る恐る氷を口の中に入れました。
コクンコクン、氷はおばあさんの口の中で溶け、おなかの中にすぅ~っと入っていきました。全て氷が溶けたころ、驚いた事に、おばあさんの青かった顔が赤みを帯びてきました。
「じいさんやっ!なんだかわしは元気が出てきたよ!」
おばあさんは、急に体がぽかぽかして、咳も止まりました。おじいさんはびっくり。
「わぁ、やっぱりあの狐は神様だったんじゃ!ほんとに助けて下さった。」
――――
雪がとけ、春になりました。すっかり元気になったおばあさんと、やさしいおじいさんはお供え物をもって山の中に入りました。
「お狐様、わしらを助けてくれてどうもありがとうございました。」
そういって、大きなイチョウの木の根元にお供え物を置きました。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
そういって二人は手を合わせて目をとじました。
どこからか「コーーン」という狐の声が聞こえた気がしました。
= おしまい =
僕が子供たちにお布団で聞かせた物語 蛟 禍根 @mizuchikakon
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