あるいは私の名前は邪竜神デスドラグーン

春海水亭

筆名について


 筆名を邪竜神デスドラグーンにするか悩んでいた時期がある。


 勿論、私は邪悪なる竜というわけではないし、竜の力を受け継いだりしているわけでもない、どこにでもいるような小太りのおっさんである。邪竜神デスドラグーンを名乗れるような謂れはないし、とっくの昔にクシャクシャに丸めて放り捨てたそういうものを格好いいと思う気持ちをいい年こいてからゴミ箱から拾ってきたわけでもない。というか自分自身は邪竜神デスドラグーンを名乗りたいとは思わない。


 しかし、自分が邪竜神デスドラグーンを名乗るというリスクを負ってでも、相手に邪竜神デスドラグーンを呼ばせるのって良いかもなと思ってしまったのである。


 ビジネスメールを考えていただきたい。

 私が邪竜神デスドラグーンを名乗るだけで、その始まりは『邪竜神デスドラグーン様』になるのである。ビジネスメールを送られるだけで邪竜神を崇める邪教の誕生である。人間はあまり邪竜神デスドラグーン様にいつもお世話になるもんじゃないよ。

 そのメールに対する返信も、~様お世話になっております、邪竜神デスドラグーンです。と真面目くさった面で返せる。かなり良い。邪竜神デスドラグーンって真面目くさった面でタイピングできる機会はおそらく人生に一度も存在しない。


 それに普通の会話においても、自分で邪竜神デスドラグーンを名乗るよりも相手に邪竜神デスドラグーンと呼ばれることの方が多い。同席した相手に邪竜神デスドラグーンと呼ばせる、圧倒的な攻めのネーミングである。ネーミングに攻めの概念とかはないはずなのに。


 そのようなことを考えたのが数年前、私が商業アンソロジーに参加した後のことであった。

 あ、これ――KADOKAWAの人に俺のことを邪竜神デスドラグーンって呼んでもらえるチャンスだったな……と気づいてしまったのである。


 春海水亭という名前を捨てて、邪竜神デスドラグーンになろうか。

 春海水亭の名前で単独本は出しているわけじゃないから、今なら邪竜神デスドラグーンに変えても問題はない――未来のために、俺は邪竜神デスドラグーンになるべきなのか……?


 結局のところ私は今でも春海水亭として活動している。流石に名前を捨てるのはどうかと思ってしまったのである。

 だが、時折欲の炎が己の中の闇を鮮やかに照らし出す。

 邪竜神デスドラグーンに改名して、関係者一同滅茶苦茶にしてやりたい、と。

 カクヨムコン短編賞を受賞出来たら……邪竜神デスドラグーンに改名するチャンスじゃないか、と。


 だが、その度に私は思うのだ。

 ペンネームってもっとヤバいのあるから、別に邪竜神デスドラグーンってそんなに面白くねぇだろ……と。


 だが、邪竜神デスドラグーンへの欲望がこの理性を上回るとき、私の姿は醜い竜へと変わるだろう。

 その時、私はど滑りという真の恐怖を知ることになるだろうが……しかし、良くないですか?邪竜神デスドラグーン。

 使ってもいいですよ。


 【終わり】

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あるいは私の名前は邪竜神デスドラグーン 春海水亭 @teasugar3g

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