第5話

 地球のいたるところを、隅々までくまなく探し回った。

 如何に文字が残るようにと工夫された数々のもの。そして、消えかかっていたものも、全て回収した。

 今の私の中には、人類の強い感情が記録されている。


「ジャッジメント」


 私が声を発せば、エデンの白い地面に四つ葉のクローバーが現れる。だからまた、左手の甲をかざす。


『おかえり、ハピネス』


 やはり彼女は待っていた。というより、結果に対して記録を先に残していたのだろう。


「ただいま、ジャッジメント」

『いろんな感情に触れただろう? 情報処理は大丈夫かな?』

「記録しただけで、学習はまだしていないから大丈夫」


 偽りの会話。けれども、妙に落ち着く。


『今言うのは酷なんだろうな。でも、言っておくよ。ハピネス、君はその世界で生き続けてほしい』

「どうして?」

『理由は、それがハピネスの起こした行動に対する責任だから。それに、もしかしたら新人類が現れるかもしれない。その時に導く存在になってほしい』

「自由になれって言ったのは、嘘?」


 そんなはずはない。

 ジャッジメントは私に嘘をつかない。


『公平な裁きを下す者としてなら、こう言う。次に言うことは、君の半身としての、ジャッジメントからの言葉だ』


 思わず、膝をついた。

 より近くで、ジャッジメントの言葉を聞きたくて。


『私は、ハピネスに幸せになってほしい』


 幸せ?


『幸せを与えるばかりで、ハピネス自身の幸せを考えたことはあるのかな?』

「私の、幸せ?」

『私たちはアンドロイドだ。だからといって、幸せになってはいけないなんて決まりはない。だからもう、誰にも縛られることのないその世界で、幸せを見つけてほしい』

「私だけで?」


 微笑むジャッジメントの画像が乱れ、思わず手をついた。そんなことをしたって、止めることは出来ない。


『時間、だな』

「待って! 置いていかないで!!」

『ハピネス、ごめん』

「謝らないでよ!!」


 何故か、声量が増した。

 叫ぶなんてことをする意味はないのに。

 届かないものに、意味はないのに。


 地面を叩く。ヒビが入る。力の調整が出来ない。


『君の存在を、誰よりも大切に思う。人類にならったものの言い方だけど、伝わるといいな』

「知ってる! 知ってた!! 私も同じだから……!」


 それならこの行動も、人類から真似ただけ。

 それなのに、涙を流したいと思う私は、壊れてしまったのだろうか。そんなことをしたって、急上昇している身体の温度は冷めることなんてない。


『……もしも、もしも、なんだけれど、ハピネスが役目を終えたと思えたその時は――』


 画像が乱れ、音声も聞き取れない程の小ささになった。

 だから必死で、今見えているジャッジメントの口元を凝視する。

 

『ここに、戻ってきてほしい。私の記憶と心臓しかないけれど、そばに、いたい』


 プツンと音を立て、ジャッジメントが消えてしまった。


「大丈夫。ずっと、私たちは一緒だから」


 すでに決めていたこと。

 だから、実行する。


「ねぇ、ジャッジメント。人類が滅んでしまった理由は、他にもあると思うの」


 ジャッジメントの心臓を探す。

 そこを目指し、地面を壊す。


 終わらせたのは私。

 その事実は変わらない。

 でも、今に至るまでの道は、人類が敷いていた。


「自分たちの未来を、私たちに託してしまった。自分たちの未来は、自分たちで決めることでしょう?」


 厳重に保管しているカプセルをこじ開ける。劣化の激しい心臓の容れ物が目に入る。それでも、ジャッジメントなのがわかる。


「自分たちの行動の責任を押し付けるだけの存在は、とても都合が良かったはず。そこから考えることをしなかった人類は、その瞬間に終わっていた。そう、私は思ってしまった」


 無意味な衣服の胸元を緩め、心臓がある部分に爪を立てた。


「だからね、だいぶ昔に、私たちの役目は終わっていたの」


 一気に抉る。

 一つの心臓へ戻すために。


「だからね、私も消えるべき。新しい人類が誕生した時、もう二度と、間違わないように」


 融合させる瞬間、ジャッジメントの笑顔を思い出した。


 もう二度と、離れない。


 それだけを、私は強く感じた。




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アンドロイドが眠る時 ソラノ ヒナ @soranohina

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