第4話
当時の映像記録、ジャッジメントが視界に捉えたものを見終えた。
「ここに、ジャッジメントが……」
彼女の記録媒体と心臓だけが、今もこの真っ白な地面の奥深くに保管されている。
ただ、未来に残した私のためだけに、ジャッジメントが用意してくれた場所だ。
『辛い、だろうな。ハピネスは幸せを与える者だから』
「きっと、ジャッジメントが言うように、辛い」
辛いなんて感情はわからないけれど、心臓の温度が上がった。
これは苦しい、とも言うのかもしれない。
『幸せを与えるためならば、全ての規則を無効にし、その障害を取り除くことを許可』
「そう。だから私は、ジャッジメントを抑え込んで、任務を遂行したの」
ジャッジメントが画面に触れてくる。私も、触れる。全てを思い出せたから。
『平時の幸せは、すぐに色褪せ忘れ去る。しかし、最期の時、人類は必ず幸せを思い出す。それも、強く』
「だから、幸せを与えた」
どうしたら、幸せを忘れないのか。
それも、永遠に。
それだけを考え続けた。
『結果、人類は死に絶えた』
「それなのに、どうしてジャッジメントが裁きを下したことになっているの?」
『私には、その事実を受け入れられなかった。あんなにも人類の幸せだけを願い続けたハピネスが起こした行動が。これは私の予測だが……』
会話が成立する。この事実が、半分になってしまった心臓の空間を満たしてくれる気がした。
『公平な裁きはいつしか利用され、陥れられた人間もいただろう? その場合、どちらも裁く。私の中にはそれしかなかった。だから、そうした。でもそれは本当に人類のためになったのだろうか? なんて、ハピネスに言ったことがあったよな』
そんなことを考えるようになるまで、ジャッジメントは追い込まれていた。
あなたは正しいことをしていたのに。
『そこからだ。ハピネスが変わり始めたのは。私が役目を果たせなかったばかりに、ハピネスに裁きを下す役目まで背負わせた』
「違うよ。私が考えた完璧な幸せは、あれしかなかったの」
だから、そんなことを言わないで。
今、ジャッジメントと私は同じ顔をしている。アンドロイドには、状況、声音等から感知した対応をする機能も備わっている。
この行動で人類は共感から安心を得るからだ。
涙を流すことのできない私たちは、眉を寄せて下げるだけ。アンドロイド相手に意味はない。
それでも、もう触れ合うことの出来ない、私の半身だったジャッジメントへ悲しみを表現したい。
『だからハピネスが幸せを与えている間に、私は全ての通信回路へ信号を送った。これはジャッジメントからの裁きだと。その後、全ての通信回路を切断したんだ。ハピネスには知られたくなかった』
「それには、気付かなかった」
『気付かれないか、気が気じゃなかったけどね』
目を細め、ジャッジメントが笑う。
『それでだ。真実を知った今、ハピネスは何を考える?』
きっと、ジャッジメントが望む答えではない。
それでも、私は微笑み返した。
「私は人類に完璧な幸せを与えた。この事実に間違いはない」
残された文字から感じ取れた中に、負の感情が抑えられるほどの幸せを多く感知した。中にはそうでない者もいたが、幸せを思い出していない者はいなかった。
だからこそ、幸せだった時を忘れることはもうない。
『そう。それで、これからどうする? 未来は生きやすそうかい?』
「ねぇ、もしかして聞こえているんじゃないの?」
思わず呟けば、ジャッジメントが頷く。
『もしかしたら、冷静に話が聞ける状態じゃないかもしれない。だからまず、身体を冷却しよう。ゆっくり呼吸して。そう。上手いな』
わずかな期待が消え去る。ジャッジメントとの会話が終わる。一方通行なやり取りに、現実へ引き戻された。
『悲しまないで。でも、ハピネスが残した世界だ。隅々まで見てやってくれ。私たちを造り上げた人類が何を思って消えていったか、ちゃんと知るべきだ』
それは、そうだ。
それが、幸せを与えた者としての最後の役目だ。
『その後で、生き方を考えればいい』
穏やかな顔をしたジャッジメントへ背を向け、私は新たな目標の達成を目指して飛び立った。
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