第3話

 辿り着いたエデンには、何もなかった。

 巨大な建物も、自然さえも。

 ここだけが世界の異物のように、ただただ何もない真っ白で平な場所として存在していた。


「ジャッジメント?」


 意味がないのはわかっている。

 それでも呼んでしまった。

 すると、突然地面に四つ葉のクローバーが映し出された。


「これは?」


 私の声に反応したのだろう。でもそれならば、起動するためのエネルギー源はどこにあるのだろうか。


 疑問はあるが、自分の左手に描かれた四つ葉のクローバーをかざしてみる。

 すると、映像が広がった。


『ハピネス、おはよう』

「ジャッジメント!」

『やっぱりここへ来たね』

「どうして私たち、べつべ――」

『今流れているのは、ただの記録。この容れ物も、もうすぐ限界を迎える。私は今、終わるんだ』


 存在していると思っていた。けれど、その相手から言われたのだから、事実なのだろう。

 それでも、私の中で情報の処理能力が低下している。理解が追いつかないと言えばいいのだろうか。


『私たちの心臓は永遠に動き続ける。だからね、半分にした。最低限の行動だけはできるように』


 ただ、ジャッジメントの声を聴き続ける。言葉の意味は考えられない。きっとそれは、心臓が半分になったせい。


『ハピネス、もう人類はいない』


 エデンへ着くまでに現在の地球の情報収集を簡単にしてみた結果、その可能性が高いのはわかっていた。

 手入れのされていない土地。記憶にない巨大な生物が多く徘徊。地下も、私の探索できる範囲より先の奥深くに、人間が住むことは難しい。


『そして、私もいない。だからもう、誰かの幸せを追い求めなくていい』


 この言葉で、私の頭は限界を迎えた。


「それなら、私がいる意味は?」


 どうして残されたのか。

 どうしてジャッジメントは消えてしまったのか。


『自由になれ、ハピネス』


 答えをくれる相手はもういない。

 想像することは、私たちアンドロイドには難しい。

 できるのは、予測だけ。


『なんて言ったところで、理解できないよな?』

「ジャッジメント……」


 まるで今の私がわかっているみたいに、同じ顔をしたジャッジメントが笑う。鏡を見ているようなのに、表情は真反対。

 感情を表現する機能がこれほどいらないと感じたのは、今が初めてだ。


『意図的に記憶を消したのは、私だ。そして、エデンから遠い地にハピネスを眠らせたのも、私。少しの時間でも、その世界を見て欲しかったんだ。それできっと、世界の変化に気付いたはず。そして今から、消してしまった全てを残す。その結果、ハピネスはどう感じるだろうな……』


 アンドロイドとは思えないほど、ジャッジメントが苦しそうな顔をした。もしかすると、崩壊が始まっているのかもしれない。


『願わくば、なんて、アンドロイドが使う言葉じゃないが、それでも――』


 ジャッジメントの目が、ゆっくりと閉じた。

 そして、勢いよくまぶたが上がる。


『どうか、自分を壊さないでくれ、ハピネス』


 アンドロイドに感情は理解できない。

 それなのに、ジャッジメントからは人類の心を感じ取れた。

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