小さな経験
あの日、僕が何かに負けた日からしばらくして、雨の降る日が戻ってきた。
いつもの雨、湿度、気だるさ。
三日続いた雨の日、一度も傘を差す彼女を景色の中に見つけることは出来なかった。
彼女はどこかへ消えてしまった。
その後、学校で色々な噂を聞いた。一年生の生徒が学校に来なくなっただとか、二年生の生徒がこの時期に転校するだとか、三年生は受験に向けて本格的に頑張る時期だとか。
そのどれかに傘を差す彼女が該当するのかは分からない。ただ気まぐれに登校時間を変えただけかもしれない。むしろあの数日が特殊で、普段は全然違う時間に登校しているのかもしれない。
答えは分からないけれど、僕にとってそれはどうでもいいことだった。
あの瞬間、声を掛けることすら出来なかった時、僕の恋は終わったのだ。
今思えば、僕は彼女に恋をしていたのか、それとも雨、田んぼ、一軒家にアスファルト、そして傘を差す彼女、それらを描いた景色に心を奪われていたのか、それすら曖昧で。
分かったことは、この気持ちが開き直りなのか事実なのか、それすら判断出来ないほど自分がまだまだ子供であるということ。そして、僕にはまだ手の届かないものに、無理やり背伸びをして少し指先で触れた程度の出来事だったのだろうということ。
それから僕は、いつもと変わらない日々を送っている。登校時間もテストの点数も部活動の大会の結果も友達と過ごす時間も、大きく変わることのない日常を。
ただ一つだけ、たった一つだけ、決定的に変わったことがあった。
雨の日も悪くない。僕はそう思うようになっていた。
傘の向こう 稲穂 浩 @haoharu
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