自然体、かつ、テンポの良い文章力に裏打ちされたエンタメ作品

 夢の中で、見たこともない不思議な空間に迷い込んだことはありますか?

 現実ではもちろんのこと、ゲームや漫画、そして小説など、あらゆる表現作品において定番のシチュエーションですよね。

 「青天井のTシャツ屋」の主人公は、夢の中で、不思議な空間に放り出されます。放り出されたのは——Tシャツ屋さんです。それも、草原で洗濯物のように商品をたなびかせるという、一風変わったTシャツ屋。

 ちょっと不思議で、読んでいると顔が綻んでしまう。そんなエンタメ作品がこちらの短編です。

 私がこの作品を面白いと感じ、またレビューという形でまだ見ぬ読者におすすめしたいと感じた理由を、二つに絞ってご紹介しましょう。

 まず一つ目は、情景描写の巧みさです。
 夢の中で、かつ、不思議な場所となれば、まずは「そこがどんな場所なのか」を知りたくなりますよね。読者がその光景を想像できるかどうかによって、小説の読みやすさはぐんと差がつくものですが……なんと、こちらの作品は、その課題を難なくクリアしています。難しい言葉は使わずに、けれども新鮮な味わいとなるように組み合わせられた文章たちによって、脳内に映像が浮かぶことうけあいです。タイトルからも察せられる、なんだか首を傾げたくなるような光景は、作中でもしっかりと描写されています。

 そして二つ目は、飛び交う台詞の軽快さです。
 主人公は、夢の中でTシャツ屋の店員と出会います。常識ある主人公と、ゴーイングマイウェイを貫く店員の会話は、一往復ごとに漫才の風体を成しています。読者と主人公の感覚は近いところにあるため、読者が店員に言いたかったことを主人公が代弁・指摘してくれることが、爽快感にも繋がっています。主人公の一人称視点から描かれた小説でもあるので、地の文も含めて、主人公の言動に頷きながら読めることでしょう。

 「青天井のTシャツ屋」には、夢の中というシチュエーションと、登場人物が発する台詞の面白さが、短編の形にぎゅぎゅっと凝縮されています。最後のオチも相まって、読み終わった後には、きっと「悪くねーじゃん」と呟きたくなるはずです。

 日常にほんのり疲れている。息抜きになって、クスッと笑える小説がないかと探している。そんな方には、特におすすめできる作品です。

 四千字弱という、気軽に読める文字数でもありますので、ぜひ一度読んでみてください。