ギンぺの唄

川辺いと / 代筆:友人

ギンぺの唄











「みなさんみなさん、

 ちょいとお集まりになってや下さいよ。

 これからね、オイラが作ったうたを披露してあげますからね。

 さぁさぁどうぞ、楽しんでおいでよ。

 もしかしたら楽しすぎて、この雪や氷でできた村に、

 お花なんて咲いちゃうだろうからさ」


 氷で造形化してあるほんの半畳ほどしかないテーブルの上に乗り立って、まるでステージにでもするようにそう呼びかけたのは、ギンぺでした。

 ギンぺは問題ばかり起こす奴だと、村のペンギン共に汚れもの扱いされて居ります。


 毛並みがボサボサガサガサで、しかも灰色。羽──あるいは手──は短し、くちばしも若干ひん曲がって、さすがにペンギンとは言い難い稀に奇妙な姿をして居りました。その格好のせいですから、疫病者だの外来種だので煙たがられて、お家も村の外れに追いやられてあります。


 それにこう羽が短いと泳ぐこともできません。食事はいつも貧相で、辺り一面雪化粧の氷が張っているせいもあり、真っ黒い海の岸を徘徊しながら地面をほじくってそれらしいものを食べたり、脚のつくところまで海に浸かり小さな小さな小魚でもその嘴で咥え食べてはと、生まれてひたすら独りぼっちなのです。


 親はというと、病でどちらも居やしません。


「やいやいギンぺ、やいギンぺ。

 お前なぞに楽しむ詩があるのかい」


「パオロの言うこた正しいね。

 やいやいギンぺ、やいギンぺ。

 お前に楽しむ詩などあるもんかい」


「シュプサルに続いてアタイも言うよ。

 やいやいギンぺ、ほれギンぺ。

 お前はゴミでも集めてな」


「まぁまぁザルデル、お三方の言うこた正しいけれど、

 ここは一つと笑いをこらえて聞いてやろうでないか」


 ギンぺに対する圧力を少しだけ和らげてくれたのは、村の長老シックでした。


「やいギンぺよ、とっとと披露するがいいやな」


「これはどうもシックさん。

 いつも迷惑をかけまして、一生に頭が上がりません。

 配慮してくださったんだ、

 きっと楽しい詩を披露しますからね」


 そうしてギンぺはペンギン共にすこぶる頭を下げて、曲がった口で詠み始めました。



  オーロラ沁みゆく夜風のうねり こうきな柱を造るが遥か

  そのまた上にゃ滲みて貫く光の印 救いが届くはどちらと定む



 ギンぺは詩を披露しながら氷卓上テーブルを降りると、ペンギン共の周りを行ったり来たり。繰り返し繰り返し嘴を鳴らしました。


 するとパオロが小高く笑って申しました。


「なんだいその詩、聞けないね!

 とうとう中身も腐ったか」


 シュプサルはパオロの肩にもたれかけ、きゃっきゃと笑って次に申しました。


「いやいや違うよパオロさん、

 きっといよいよ、自分の醜さに酔いしれたのさ」


 ザルデルはにわかいぶかしげながらも、続いてげらげら申しました。


「それも違うよシュプサルさん、

 きっと酔いが回ったなアタイ共のほうさ。

 さてはもうじき、吐き気が来るよ」


 そして最後に、シックはじっと座って申しました。


「ちょいと下品さねアンタたち、

 もっと静かにするんなよ」


 ギンぺはお尻を雪地につけると、俯いて言いました。


「ともあれ酷いやシックさん、

 みんなでオイラをけなしてやしませんか」


「酷いなどっちだ、哀れなギンぺよ。

 ここぞと黙って聞いたれば、あんな詩を披露しょてからに。

 永生きなんざやするんでなかった」


 シックは、もうあんまり不愉快にして言いやると、重たい腰を上げて帰って行ったのでした。シックの背中は遠退けば遠退くほど、機嫌を損ねていく有様です。


「やいやいギンぺ、やいギンぺ。

 長老が怒るなムリないや、

 お前が悪いさ、あぁ詫びれ!」


「パオロの言うこた正しいね。

 やいやいギンぺ、やいギンぺ、

 長老が怒るなムリないや。

 お前が悪いぞ、そら詫びれ!」


「シュプサルに続いてアタイも言うよ。

 やいやいギンぺ、やいギンぺ、

 ついには心もゴミクズか!」


「ザルデルさんは巧いこと言うね。

 けれどももひとつ言えるのさ」


「パオロさんや、そりゃ一体どんな巧いことなんだい?」


「アタイも知りたい。

 それ言いな! やれ言いな!」


「お二方がそこまでおっしゃるのなら、巧いことを言ってやろ。

 やいやいギンぺ、やいギンぺ、

 ほんとにお花が咲きそうさ、あんなの披露された日にゃ、

 脅えた弾みで花咲くさ」


 パオロはギンぺの周りを行ったり来たり。その顔は堂々満面、豊かなものでした。


「それは巧いねパオロさん、

 アタイじゃてんで、勝てないや」


「ザルデルきみも惜しいけど、

 パオロがひとつ上行った」


「いやいや二方、嬉しいね。

 これもあの詩のおかげだね、やいやいギンぺ、やいギンぺ、

 御礼を言うよ、ありがとう」


「まったくパオロは正しいね。

 やいやいギンぺ、やいギンぺ、

 かえって初めのお役立ち、御礼を言うよありがとう」


「シュプサルに続いてアタイも言うよ。

 やいやいギンぺ、やいギンぺ、

 今度がまた来りゃ楽しみだ、

 御礼を言うから、こら詫びれ!」


 ペンギン共はあれの容姿を良いことに、ひたすら見下しを偽詩うたで楽しみ、まるで沃懸いかくせている様子でした。


 けれどもこうなることはギンぺ自身、重々わかって居りました。孵って間もなくの時期から村の衆に突かれ、時にはないことないこと蔑まれて居たのですから──。


 それでもギンぺは決心したのです。近頃ギンぺは、夢を見たのです。けれど夢の中でも、村のペンギン共に突かれ笑われ、もてあそばれて居りました。




 辺りは随分、冷えた夜でした。

 ギンぺが家に帰り床に伏せると、ふすまの奥に煙ったもや。父様と、母様でした。


 母様が、


『今日は良き星夜ね』と申しました。


 父様が、


『ギンぺや、お前の生きる星のもと

 胡座あぐらをかいてはいけないよ?

 苦難であろうがうらもうが、

 正座を忘れてはいけないよ?』


 こう詩いました。




 しかし現実、ギンぺは雪の上、ペンギン共に胡座をかいて居りました。


「やいやいギンぺ、やいギンぺ、

 さっさと詫びれや、さぁ詫びれ!」


 パオロにシュプサルにザルデルに、囲まれ突かれ笑われて居ります。

 それでもギンぺは一考として詫びません。どころか一向に、叫び続けて居るのです。



  オーロラ沁みゆく夜風のうねり 聖な柱を造るが遥か

  そのまた上にゃ滲みて貫く光の印 救いが届くは後者と定む!


  オーロラ沁みゆく夜風のうねり 聖な柱を造るが遥か

  そのまた上にゃ滲みて貫く光の印 救いが届くは後者と定む‼︎



 こんなような調子で、もうずっと止めようとしません。


「やいやいギンぺ、やいギンぺ、

 お前なぞに楽しむ詩はありゃしない!」


「パオロの言うこた正しいね。

 やいやいギンぺ、やいギンぺ、

 お前に唄わす詩はない!」


「シュプサルに続いてアタイも言うよ。

 やいやいギンぺ、これギンぺ、

 おのれは果てち、死ぬがいい!」


 三方は幾重もの懸念を抱いて、一斉と強く獰猛に突いて居ります。


 これでもギンぺがあまりにも止めようとしないものですから、


「今日はもうじき、日暮れどき。

 愛する人形、捨て残し」


 パオロが偽韻いんをふんでそそくさと帰りました。


「今日も空腹、日暮れどき。

 遊べる親友、末長く」


 シュプサルも偽韻をふんでばたこら帰りました。


「今日は灰とす、腕無しよごれ。

 今から更生、顔無しギンぺ」


 ザルデルはギンペのひん曲がった嘴を自身の嘴で咥えると、力任せに曲げ獲りまして、ゲラゲラ笑って帰りました。


 ギンぺは叫び続けました。


 一句。一句。また一句。


 ギンぺは懸命に叫び続けました。


 かげりを戻した月を見上げて、何度も何度も、叫びました。


 どうやらとうとう聴こえて来ません。


 ギンぺは叫び、涙しました。


 ギンぺは声を、うしないました。


 いつしか蚊の音も出なくなって横になりますと、こんなにも暗い世界は初めてでした。


 なにしろ音が聴こえません。真っ白な布団の上に突っ伏して居るはずが、幾度も熱を踏ん張るような、そんな悲鳴すらうかがえるのです。


 ギンぺはこれが無くなる狭間はざまなのだと受け入れまして、あんまり寂しくなりました。


 そんな念に背をそむけて居りましたら、あらん限りの力でもって、黒い黒い輝きが、ギンぺを圧えつけて来たのです。


「お前はほんに醜いヤツよ。

 ただで無くなってしまえると思うまいな」


 声の矛先は、その黒い輝きからでした。


「オイラは寂しいのです、怖いのです。

 こんな想いはしたくなかったのです」


「なんと醜い発言か。

 お前なぞのことを我々が、なんと称するか判るか、

 哀れなギンぺよ」


「いいえ、判りません。

 オイラは、オイラは傷ついて居るのですから」


「まったく怪しからん。

 我々はお前のせいで傷つく心など、

 とうに無理なことだというのに!」


 黒い輝きはそう消魂けたたましく地面を這うと、幾つもの個体に姿を変えまして、それは数えきれないほどのきらめきを生えさせました。


 すると、ひとつの輝きが始めに、


「こらお前、

 僕をどんな気持ちで頬張ったか言え!」


 続いて続いて、五つの輝きが一斉と、


「こらお前、

 オデたちは家族で旅行中だったのに、

 なんの感情もなく潰して頬張ったな!

 なんたる屈辱か!」


 黒い中で、ギンぺは理解しようとしましたが、なんのことだか、見当も行き届きませんでした。


 そう訴えるギンペに、それらは聞く耳持たず、歯をギシギシ。ガジガジ。

 そうしてギンぺを罵倒しました。


「悪鬼めが!

 お前が生きてこれたのは、

 我々の命を頬張ったからだというのに、

 なんと、なんと感謝のかけらもないヤツだ!

 死んで上等、報い散れ!」


 まもなくギンぺは冷えた毛並みをそよがせて、見上げた先には父様と母様の星が。

 ギンぺは静かに微笑んで、そうしてささやくように月を眺めて、ゆっくり、ゆっくり、あでやかな風になって眠りました。




 最後にギンぺが唄った詩はこうです。



 『オイラは、

  人生に胡座をかいて居りました。

  オイラはもう、

  随分と死んでしまっていたようなのです』



 そうしてこの村のペンギン共は満面な笑顔を咲かせ、幸せな地獄を味わいました。




 ──私はこの村が、ひとまず好きではありません。










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ギンぺの唄 川辺いと / 代筆:友人 @Kawanabe_Ito

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