4. 解放者、偽りの天使

 マティアスは目的地らしき寺院に向かって、赤茶けた地面を歩く。


 俺たちもそれに続く。


「このヘヴン・クラウドという場所は、いつから牢獄になったのだろう?」


 マティアスはまるで舞台の上の役者のように、歩きながらそんなことを語る。観客はあいにく俺たちだけだが。マティアスは左手を空に掲げて続ける。


「人間はこの美しきヘヴン・クラウドへ依存するにしたがい、秩序を必要とした。そこまではいい。――けれど、それをAIであるヨッドに託してしまったことが、失敗だったと言わねばならない。そうは思わないか? ユージ」


 それに俺は答える。


「これは、会話なのか、芝居なのか、どっちかわからないが。同意するぜ、マティアス。特に、あの天使どもには、手を焼く」

「そうとも! 友よ。人間はその手に、主権を取り戻さなければならない」

「なるほどな。革命はフランス人の特技ってわけか。で、なにが言いたい。どこに辿り着くんだ。この話は。この道は」


 するとマティアスはふと振り向いて、涼しげな横顔で言った。


解放者リベレーターズ。私の剣は、リベレーターズの《彼》に捧げられている。いま私たちは、その彼の元に向かっている」

「リベレーターズだって?」


 そう聞き返しながら、その名はどこかで聞いたことがある気がした。


 若者たちがお遊びで結成した、エンジェルにいたずらをするくだらないチーム。そんな記憶だった。マティアスは言った。


「ユージ。きみがなにを考えているのかは、わかる。リベレーターズの巷のうわさや認識が、どうなっているのかも。しかしそれが、情報操作だ。真意を隠すならば、周囲を油断させるのが一番だからね」


 すると、マティアスは歩きだした。――ただし、向かったのは、近くに立っている石塔だった。


 地面から伸びる土色の石塔は、マティアスの腰のあたりまで続いていた。マティアスはその石塔の上部に手をかざした。


「おい、なにしてるんだ?」


 するとマティアスは振り返ってきて、


「私たちがいかに真剣かということを、ご照覧いただこう。ユージ……」


 すると、マティアスの背後に空間の歪みが発生した。黒い稲妻が走る。そこに突如、大きな黒い姿が現れる。


 ミオは短い悲鳴を上げて後ずさる。


 メイナは体をオレンジ色に発光させて、「ユージ、これは!」とわめきはじめる。


「どういうつもりだ! マティアス!」


 そう言って俺は腰のホルダーのダガーを抜く。そしてマティアスの背後に浮かぶ、そのに向かって構える。


 黒いローブの中の白い外骨格。その姿が夕日に染まっている。


 エンジェルは右手に長柄の槍を手にしていた。と、黒い翼をはためかせて空中から降下するとともに、マティアスの背中に槍を突き出す。


 マティアスは一瞬で剣を抜いて、振り向きざまに剣を振って、エンジェルの槍を絡めるように弾く。


 そのとき石塔のあたりから、機械的な女性の声がした。


「自律型オブジェクト、エンジェル、ランサータイプ。生成完了しました。戦闘モード、アクティブ」


 そこで俺は理解した。


 解放者リベレーターズはエンジェルたちと、本気で戦おうとしている。


 そして、これはその訓練機構の一種なのだ。


 それに、もしかしたら俺がのだとしたら?


 マティアスや、その仲間や上層どもが、俺の実力を測ろうとしている、とか。


「ユージ、きみの闘争心に燃えるその目が語るとおりだ。示してくれ、ユージ。きみがなんであるかを。あと、心配はするな。私ときみ以外は、決して攻撃対象にはならない」


 そのとき、マティアスの声に呼応するかのように、エンジェルが翼をはためかせて上空に飛び上がった。


 そして、マティアスを飛び越えて、エンジェルは俺に向かって降下してきた。


 長大な槍を突き出して。


「ユージ! きたよー!」とメイナが叫ぶ。


 エンジェルの槍が突き降ろされてくる。それに合わせて、俺は身を翻して右足で槍を踏みつける。


 エンジェルの目が狼狽するように赤く明滅するのを見ながら、槍を踏み台にしてエンジェルの首元に飛びつく。


 その機械質な頭に左手をかけて、ぐるりと後ろに回り込むと、青く光るダガーをエンジェルの首筋に差し込む。


 ジジジ、と電子回路が焼き切れるような音がひびく。


 エンジェルはくぐもった唸り声を上げはじめる。


 ――十分だろう。


 俺はエンジェルの体から離れた。振り返ると、すでにエンジェルは黒い蒸気のようになって、消えていこうとしていた。


 マティアスは両手を打ち鳴らしはじめた。


「さすがだね、ユージ。それでこそだ。さて、我が主君と、引き合わせるとしよう。この戦いを見て、きっときみとの邂逅を心待ちにしていることだろう」

「ふん。あんなものは、本物のエンジェルに、遠くおよばないだろ」

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ヘヴン・クラウド・サクリファイス 浅里絋太(Kou) @kou_sh

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