3. 安堵、緋色の眺望

 転移がはじまってから数秒間の暗闇の中で、俺は『緋色の寺院』というヘヴンのことを思い出そうとした。


 その名はなんどか聞いたことがあったが、特別な人気があるわけでもないはずだ。なぜマティアスはそんな場所に導いたのか、俺には疑問だった。そうこうしているうちに視界が戻った。


 途端に、夕日の森と遺跡の眺望が広がった。


 降り立ったエントリーゾーンは高い場所にあるらしく、『緋色の寺院』の情景が一望できた。足元は石畳になっていた。


「え? なにここ……」


 と言う球体のメイナに、


「なにかの、建物の壁上みたいだな」


 そう言って俺は周囲に目を向けた。


 赤茶けた大地がずっと広がり、緑色の森がそこかしこに点在している。そんな大地と森の中に多くの寺院が建っていた。中には外壁や屋根や塔が崩れかけたものもあり、さながらアンコールワットの遺跡群のようでもあった。それらの眺望のすべてが夕日に染まって、いっそ鮮やかに輝いていた。


「きれいだね、ユージ……」


 そう言うメイナのボディも、夕日を浴びてオレンジ色に光っている。



 そのとき背後で空気が振動する音がした。振り向くとちょうど、ミオが転移してきた。


 ミオは周囲を見渡すと、しばらく戸惑ってから口を開いた。


「すごい……。ここが、緋色の寺院……」

「ああ。はじめてか?」


 ミオはうなずいた。


「うん。こんな場所だったなんて。知らなかった」

「ああ。俺も知らなかったよ」


 しばらくすると、ミオの横の空間で振動音がした。空中にバチバチとスパークが走ったかと思うと、光とともにマティアスの姿が現れた。


 マティアスは直前までエンジェルと戦闘していたのだろう、まだどこか殺気立っていた。周囲を見渡してから、ため息をついて、右手の長剣を腰の鞘におさめた。


「二人とも、無事でなによりだね。ここまでくれば、少しはましだよ」


 と、マティアスはやっと顔をほころばせた。俺は尋ねた。


「少しはまし、だって?」

「ああ。このヘヴンの外周には、エンジェルの探索をごまかすために、細工がしてある」

「細工?」

「ああ。かいつまんで言うと、情報工学的なノイズを常時発生させているんだ。このヘヴンがやつらの網にひっかからないように」

「なんだって? なぜ、そんなことを? ……だいたい、どうなってるんだ。なぜおまえが現れたんだ。説明してくれよ」


 マティアスは両手を広げて、


「焦ることはない。じっくり説明するとしよう。……ところで、お嬢さん」


 と、マティアスはミオを見た。そしてミオに向かって左膝を折って腰を落とすと、ふわりと微笑んだ。長い金髪が夕日に輝いた。


「かわいらしいお嬢さん。きみは、ユージがいつも話をしている、ミオだね。私は、ユージの友人のマティアス・デュラン。以後、お見知りおきを……」


 ミオは戸惑いがちにうなずいて、


「え、ええ。よろしくお願いします。マティアスさん……」

ありがとうメルシー。どうか、マティアスとお呼びを」

「うん。マティアス……。ありがとう。守ってくれて」


 するとマティアスは満足そうに言った。


「いえ、当然のことだよ。エンジェルどもの、好きにはさせない。……フリージアのように、可憐なミオ。私はあなたを守る」


 ミオはその瞳の中にマティアスをとらえながら、いったい何を思ったのだろうか。俺にはわからない。リーグでのファンたちのように、マティアスを慕うのか。――しかしミオは、恥じらいと困惑の中間のような表情を浮かべ、うつむいていた。


 そこでマティアスは立ち上がると、こんどは俺に向かって、


「さてユージの、迷える仔犬のような目に、事態を説明すべきときのようだね」

「ああ、頼むぜ」

「ならば、会ってほしい人がいる。ついてきてくれないか?」

「なに? 会ってほしい人?」

「ああ」


 そう言って、マティアスは夕日に包まれた森や寺院の眺望に目をやった。それに、しばらく先のひときわ大きな建物に目を向けているようだった。角ばった外観の荘厳たる寺院の上に、半球形の屋根が載っていた。


 マティアスはそこに向かって歩き出し、俺とミオはついていった。メイナも俺の横を飛んでいた。

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