2. 逃避行、緋色の寺院へ

 マティアスは長剣をひるがえして、切先をエンジェルへと向けた。


 エンジェルは港で襲ってきたものと同じ個体らしく、白く波打った刃の長剣を右手に持っていた。そして、獣が獲物へにじり寄るように、戦闘の体勢を整えながら近づいてきた。


 ミオは体を起こして、マティアスとエンジェルの姿を交互に、心配そうに見る。俺はマティアスに言った。


「な、なんでおまえが、こんなところに?」


 マティアスはエンジェルのほうを見すえながら、


「それに答えてもいいけれど、それより先に、切り身にされてしまうよ、ユージ」


 そこでエンジェルは耳障りな機械的な唸り声を上げ、翼をはためかせて飛び上がった。エンジェルは信じられない速さでマティアスの頭上にきて、剣を振り降ろす。


 マティアスは翻身し剣をかわす――剣先がアスファルトにぶつかって火花を散らす。そこへ俺は飛びかかっていった。ダガーを構え、エンジェルの首に突き立てようとした。――しかし、突如伸びてきたエンジェルの左手によって、俺は突き飛ばされた。エンジェルは見かけによらず敏捷で、反応が速い。


 そこにマティアスの声。


「退くぞ、ユージ! いまは分が悪い。エントリーゾーンまで走れ! そのを連れて」


 ミオは茫然としていたが、それにかまわず俺はミオの手をとった。


「行くぞ! 走れ、ミオ」

「え、う、うん」


 俺は路地を大通りに向かって引き返しはじめた。街の周囲にいくつかのエントリーゾーンがあり、そこから離脱できる。


 ――人間のアバターは、ペナルティがあるもののどこからログアウトしてもいい。けれど、ミオたちゴーストアバターは違う。


 のだ。ゴーストはヘヴンを転移して渡り歩き、いつもすみかを探している。



 俺はミオの手を引いて、グロウバレーの雑踏を走り抜けていった。マティアスは剣をふるいながら、追撃してくるエンジェルをいなして、追いかけてきた。


 街の人々は大声を上げて逃げてゆく。


「おい! エンジェルが暴れてるぞ!」

「よそでやれよ!」

「やだ! なにあれ、ちょっと」


 そんな大通りを抜け、脇道に入り、しばらく行くと『エントリーゾーンに入りました』と音声が聞こえた。


「もう転移できるよ! ユージ。急いで!」


 と、前方を舞っている、球体の姿のメイナが言った。


「ああ、わかってる!」

「ねえ、ユージ。それで、どこに転移するの?」


 間抜けなことに、俺はそれを考えていなかった。


 そのとき、マティアスが追いついてきて、


「『緋色の寺院』だ! そこへ飛べ! ユージ」


 俺は聞き返した。


「どうして? もっとほかにあるだろ?」

「いいから、説明はあとだ!」


 そこでマティアスの背後にエンジェルが現れた。俺は一も二もなく、転移メニューを起動して、『緋色の寺院』を指定した。


 いつもの耳鳴りについで、体が浮遊感に包まれた。

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