第2話

 捜査本部のある所轄署までは、N県警警察本部から車で40分ほどの距離があった。

 捜査車両の助手席には当然のように久我が座っており、ハンドルは姫野が握った。


 久我はN県警より派遣の依頼を受けて、警察庁よりN県警へ出張している。

 ただ、その出張期間は限られておらず、今回の出張もすでに三か月目を迎えていた。

 住まいはホテルだった。ウィークリーマンションを借りるということも提案されたようだが、N県警警察本部に近い場所にはウィークリーマンションが存在しなかったことから、久我はホテル住まいを選んだようだ。


 久我のために警察庁はどれだけの出張費を支払っているのだろうか。

 それともN県警が久我の出張費を負担しているのだろうか。

 もしN県警が負担しているのであれば、久我のホテル住まいはやめさせないといけない。姫野はそう思っていた。


 ふたりが所轄署を訪ねると、事件の担当刑事が出迎えてくれた。

 姫野は担当者のひとりであるから良いとして、なぜ久我を連れてきたのだということが担当刑事の顔にはっきりと現れていた。


「なにかわかりましたか、姫野さん」

「そうですね……映像からだけではなかなか……」

 歯切れの悪い回答を姫野は担当刑事に返す。


「なにか、新しい手掛かりがあったりしませんか」

 そこに口を挟んだのは久我だった。


 担当刑事は久我のことが嫌いなのか、あからさまに嫌な顔をした。

 久我は刑事には好かれない。

 それは久我自身もわかっていることだった。


 足で稼ぐ。現場百篇げんばひゃっぺん。そういった刑事たちのセオリーを崩すのが久我総という男の異能捜査なのだ。


「ほら、これだ」

 担当刑事が取り出したのはビニールの袋に入れられたゴム手袋だった。


「これは?」

 驚いた様子で姫野が担当刑事に聞く。


「事件のあったコンビニのゴミ箱に捨てられていた。おそらく容疑者が犯行後に捨てたものだろう。ゴム手袋の中に指紋がついているかもしれないということで、科学捜査が行われたが、指紋は出なかった。ただ、付着していた繊維質は出た。おそらく、犯人は二重で手袋をしていたのだろう」

 苦虫を嚙み潰したような顔で担当刑事はいう。


「ちょっといいですか」

 久我はそういって、手袋の入ったビニール袋を手に取ると、袋を開けて中身を取り出した。


「あ、おい。これは証拠品だぞ!」

 担当刑事が怒鳴り声に近い声をあげる。


「大丈夫です」

 姫野が慌てて担当刑事をなだめた。

 久我はそんなこと関係無しと言わんばかりに証拠品のゴム手袋を手に取ると、深呼吸をしてから目を閉じた。



 闇が訪れる。

 少しずつ闇に目が慣れていく。

 遠くの方に明かりが見え、その明かりがだんだんと近づいてくる。

 まばゆい光。

 そこは、深夜のコンビニエンスストアである。

 店内に客は誰もいない。

 店員はレジにひとり。

 その店員に親しげに話しかける。

 フルフェイスのヘルメットを被っているためか、声はくぐもっていたが、女のものだった。

 一瞬、レジにいた店員は驚いた顔をしたが、ヘルメットのシールド部分を開けると安心した顔に変化した。

 店員はうなずくと、バックヤードへと案内する。

 バックヤードに入ると、事務室の入り口へと向かいドアを開ける。

 ここは監視カメラの映像でみたものと同じだ。

 事務室では店長がひとりでパソコンに向かってなにやら作業をしている。

 店長に話しかける。

 声色を変えて、低い声を出している。

 驚いた顔の店長。しかし、先ほどのようにシールドは開けない。

 立ち上がった店長がこちらへと近づいてくる。

「誰だ、お前」

 そう言って、店長が突き飛ばしてくる。

 店長の手が胸に当たる。

「え?」

 一瞬、驚いた顔になる。

 ポケットから取り出したマグライト。

 小さいが物凄く強い光の出るライトだった。

 その光を防犯カメラに向ける。

「店長。わたしですよ」

 その声を聞いた店長の顔は安堵する。

「なんだ、キミか。脅かさないでくれよ」

 どうやら、店長とこの女は知り合いのようだ。



 久我がゆっくりと目を開けた。


「全部わかった」

 呟くように久我は言うとゴム手袋をビニール袋の中へと戻した。


「なにがわかったんだ」

 少し苛立ったような口調で担当刑事が久我に言う。

 久我はそんな担当刑事の声が聞こえないかのようにマイペースにカバンからポラロイドカメラを取り出すと、額に押し当てるようにした。


 なんなんだ、こいつ。担当刑事の顔にはそう書かれていたが、久我は気にする様子は見せない。


 数回シャッターを切った久我は、カメラから出てきた写真を机の上に並べていく。


「この女が主犯。店長とレジにいた店員は共犯だ」

 久我は、じわりと浮かび上がってきた写真の女たちを指しながら言った。


 若い女だった。ホストに入れ込んでいて、金が必要だった。

 そこまで久我は見ていたが、それは口にはしなかった。


「じゃあ、帰ろうか」

 久我は姫野にそう言うと刑事課の部屋を出ようとしたが、急に立ち止まって担当刑事の方を向いた。


「あ、そうだ。なんで魔術師なんだ」

「え?」

「あんたたちが、そう呼んでいるんだろ」

「ああ、それか」

「なんとなくだよ」

「え?」

「なんとなく魔術師だ」

 その言葉を聞いた久我は、つまらなそうな顔をして「なんとなくか」と呟いてみせた。

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Somehow Wizard 大隅 スミヲ @smee

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