Somehow Wizard
大隅 スミヲ
第1話
何度見ても同じだった。
それでも、何かあるのではないかと、もう一度最初から映像を見直す。
コンビニエンスストアのバックヤードを映したものだった。
映像はモノクロであるが、いいカメラを使っているらしく画質は悪くない。
しばらく映像を見つめていると、黒い人間が映像の中に現れた。これは比喩ではない。本当に全身が黒いのだ。黒のフルフェイスマスクに黒のライダースーツ。足元のブーツも黒だったと話を聞いたコンビニエンスストアの店長は語っていた。
バックヤードから続く事務所への通路を黒い人間は進んでいく。
そして事務室のドアを開ける。
映像は事務室のものへと切り替わる。
事務室には店長がおり、パソコンの画面に向かって何か作業をしていた。
黒い人間が声を掛けた。映像に音声は入っていないが、店長がパソコンの画面から顔をあげた様子でそれがわかった。
席から立ち上がった店長がドアのところにいる黒い人間に近づいていく。
拡大された店長の顔。
映像はかなり荒くなっているが、怒鳴っているように見える。
もしかしたら、黒い人間と言い争いをしているのかもしれない。
それはこの後に起こることを知っているから言えることだった。
「おつかれー」
間延びした声を出しながら部屋にひとりの男が入ってきた。
長身で細身のモデル体型。少し濃い目と思える程度に、目鼻立ちがはっきりしている男だ。
「これ、差し入れ」
「ありがとうございます、
「また、事件か?」
「そんな
「このコーヒー、なかなか美味いよ。熱いうちに飲みなよ」
久我は姫野の言葉を遮るかのように言うと、ソファーに腰をおろして自分用にも買ってきたカップコーヒーの蓋を開けて啜った。
一瞬ムッとした表情を姫野は浮かべたが、この男に怒っても意味はないと思い直し、久我から受け取ったコーヒーを飲んで心を落ち着けることにした。
「何の事件だ」
姫野がコーヒーを飲みながら、再び映像を再生させて見ていると、久我が尋ねてきた。
「二週間前に発生したコンビニ強盗事件です」
「コンビニ強盗事件を姫野さんが捜査しているのか」
「ええ。ちょっと特殊でして」
「特殊?」
「これなんですけれど、見てください」
姫野はそう言ってパソコンの画面を久我の方へと向けた。
映像は先ほどの続きだった。黒い人間とコンビニの店長が対峙している。
「口論しているのか?」
「そうみたいですね。問題はここから先です」
店長が黒い人間に近づいて行き、その黒い人間を突き飛ばす。
突き飛ばされた黒い人間は少しよろけたが、すぐに体勢を立て直した。
次の瞬間、画面が真っ白になった。
映像が焼け付いたようになる。
「なんだ、これ」
久我がぼそりと声を漏らしたが、姫野は黙って見ていろと言わんばかりに、久我の言葉を無視した。
しばらくして映像が戻ってくる。
すると、そこには店長だけが映っており、黒い人間の姿はどこにもなかった。
店長は慌てた様子で事務室内をウロウロとしだす。
店長の後ろにあったロッカーの蓋が開いている。
それを見た店長が頭を抱えている。
映像はそこで停止された。
「どういうことだ?」
「これがコンビニ強盗事件の映像です」
「どういうことだ?」
久我は同じ質問を二度繰り返すように、口にした。
これがどういうことか。それがわかれば、事件は解決する。
わからないから困っているのだ。
「この時にコンビニエンスストアの事務所から手提げ金庫に入っていた売上金のおよそ100万円が奪われました。犯人は、この映像に映っている黒い人間です」
「ふーん」
おいおい、ふーんって何よ。あんたが知りたいっていうから、こっちは説明したんじゃない。姫野は久我の反応に苛立ちを覚えていた。
「犯人は何も残していないので、久我さんの出番はありませんね」
姫野は皮肉を込めて言ってやった。
久我が特別捜査官である理由。それは彼の特別な
残留思念。それはモノに残された記憶。
久我はその残留思念を読み取ることのできる特別捜査官だった。
姫野の言う通り、現場に遺留品が無いのであれば久我に出番はなかった。
「そうだな。私の出番はない。ちなみに、この事件の犯人は何て呼ばれているんだ」
久我は興味を抱いたような口調で言った。
刑事たちは氏名などが不明な犯人に対してあだ名をつけることがある。最近の久我はそこに興味を持っているらしく、色々な事件の容疑者を聞いてくるのだった。
「この犯人はですね……」
何だったっけな。姫野はそんなに容疑者のあだ名に関しては意識していなかったので、何と呼ばれているかを忘れていた。
「あ、魔術師です」
「魔術師?」
「ええ。魔術師らしいですよ」
「なんで、魔術師なんだ? 魔術でも使うのか、この容疑者は」
「知りませんよ。わたしが決めたんじゃないし」
「決めたのは誰だ?」
「捜査本部のある所轄の人間じゃないですか。わたしは映像から犯人に関する分析を頼まれただけですから」
「そうなのか。じゃあ、その所轄署へ行こう」
「え?」
「ほら、支度して」
「なんで、わたしも?」
「車を出してくれないか。それに事件解決の糸口を掴めるかもしれないぞ」
久我は自信ありげに言った。
車の運転は異様なほどに下手だった。よくこれで運転免許を取れたなと思えるほどの下手さである。出来れば免許は返納してほしい。姫野がそう思うくらいに久我は運転ができない男なのだ。そのため、事件捜査などでN県警の管轄内で移動する際は、姫野が代わりに捜査車両の運転を買って出ていた。
渋々ながら、姫野は捜査車両を出すことにした。
ここで何回も繰り返し映像を見ていても捜査に進展は無いということは重々承知していた。だから、久我の案に乗ることにしたのだ。気分転換にちょうどいいだろう。姫野は、前向きに考えていた。
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