第4話 「副学長」先生からの電話①

202X.3.1

「副学長先生からの電話」


この話は、私自身というより庶務課の志野川さん、という男性から聞いた話ですが、非常に印象的だったのでお話させていただきます。

志野川さんは20代の男性、若手のバリトン歌手でもあり、演奏活動をしながら母校であるその大学の職員として働いていました。


さて、大学には広報誌というのがあり、

その中でも卒業生に向けた冊子があります。

内容としては、学園内の催しについてレポートしたり、卒業生の活躍を取材したり、先生方のプライベートに迫るコーナーがあったりするという感じです。


大体新学期あたりに刊行され、住所が登録されている卒業生のもとに郵送で送られます。

年に1,2度の発行なので、卒業生からしたら忘れた頃に届いて「あ、○○くんコンクール受賞したんだ」とか、「●●先生だ、懐かしいな」みたいな感慨に浸れるあたたかいコンテンツではあるのですが、「広報誌」なので目的はビジネスです。


母校を定期的に思い出してもらって、例えば音楽大学への進学を検討している知人や教え子に受験を進めてみることなどを目的にしています。


ある年、無事に広報誌の発送を終えてしばらくした頃、志野川さんのもとに一通の電話がかかってきました。


内容は、入院しているため広報誌の発送を病院にして欲しいというものだったようです。

彼は希望通りにその住所に送りました。


その次の年も、同じ人物から同じ内容の電話が来ました。

入院しているから広報誌の発送を病院にして欲しいとのこと。


しかし、その住所は昨年度と違う病院でした。


偶然にも志野川さんが昨年に続いて、この件の電話に出たようでした。

電話の向こうの男性はしっかりと落ち着いてお話はされていたものの、昨年度よりも滑舌が悪い様子で、大きな病院に移ったのかなぁ、体調が悪化しているのかなぁと志野川さんも密かに心配されたようです。


一か月後にまたその方から電話が来ました。

入院しているから広報誌の発送を病院にして欲しい、と、同じ内容ではありますが、今度はお怒りの様子。

志野川さんは、一か月前のお問い合わせですぐ病院に冊子を送っているはずですから、届いていないのはおかしい、と思いました。

考えられるとすれば、病院に届いたものの、病院側が本人へ届けていないなどのケースです。


それでも手元に届いていなかったことは事実なので、志野川さんは申し訳ございません、と謝りました。


ですが男性の怒りはおさまらず、怒りを吐き出しては電話を切り、またかけなおしてきては怒りを吐き出して電話を切り、を繰り返すようになりました。

都度志野川さんが対応しましたが、段々と男性の言い分が意味不明なものになってきていました。

曰く、

「自分はこの学校の教授である」

「副学長もつとめたことがある」という内容です。

志野川さんはその大学の卒業生なのでそれが違っていることはすぐにわかりましたが、「先生、申し訳ありません。大変失礼いたしました。」と言って謝ったようです。


そうして対応を終え、優しい志野川さんもさすがに「何なんだ」となって、

その男性のことと、男性が入院している病院を学内のデータベースで何となく調べてみました。

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