第28話 エピローグ
後で颯太から聞いた話によると、祥子先輩の両親が出していた被害届を取り下げたそう。松木さんは何度も祥子先輩と両親に謝ったらしい。
学校側は退学にすることはなかったが、松木さんは特待生を外された。それでも松木さんは一般の奨学金を借りながら音楽を学び続けながら、耳の治療のため病院に通っているそう。問題だった保証人はオーケストラ部の顧問がなってくれたらしい。
「演奏はどうだった?」
放課後、部室であたしは聞いた。
「最高だったな。情熱や楽しさが伝わってきた」
「そっか、演奏してよかった」
「賞も取れたんだんだろ」
「うん、最優秀賞」
課題曲はベートーヴェンの交響曲第5番「運命」第1楽章だったので、耳が聞こえなくなったというベートーヴェンと同じ苦悩を知っている松木さんがいる緑坂高校のオーケストラ部が取れたのは必然のような気がする。
でも、現金なものであたしはあの演奏をして、また悩んでいた。もう諦めたことなのに、
「らしくないな。このまま、ミステリー部を辞めてオーケストラ部に入部してもいいんだぞ」
颯太は爽やかな笑顔を見せた。
「うん、実はお母さんにも言われているんだ。普通科を辞めて音楽科に入れって」
颯太の顔が強張って、
「音楽科になると、クラスも替わるのか?」
「そう、替わるとしたら三学期からだけどね」
「音楽好きなんだろ、この学校に来たのも諦めきれなかったからじゃないのか?」
その通りだった。
「うん、忘れられなかったみたい」
「だったら答えは出てるだろ」
颯太と目が合う、心を見透かすようなまっすぐな瞳だった。
「もう一度、やってみる。楽しむためにね」
あたしはそう言って自分の左手に優しく触れた。もう一度、頑張ろう。
「背中を押してくれてありがとう」
「おう、頑張れよ。応援してる」
あたしは教室を出る前、振り返った。
「颯太、ミステリー部の席は残しておいてよ」
「あぁ、俺が卒業するまで残しておくから安心しろ」
その後、音楽科の編入試験を受けてなんとか合格した。三学期からは当然、颯太とは違うクラスになった。ミステリー部のみんなとは顔を合わせる機会は減ってしまった。
放課後、久しぶりに部室に行くと、中から声が聞こえてきた。
「いい雰囲気だったのに二人とも奥手すぎるわ」
「まあ、同じ学校だし。颯太にもまだチャンスはあるだろ」
「でも、クラスが分かれた途端、気持ちが離れるとかよくあるから」
あたしは意を決してドアを開けて元気よく、
「お疲れ!」
「どうしたんだ?」
颯太は椅子にもたれていたが、驚いた顔をこちらに向けた。
「どうって、部活の参加だけど」
「だってお前、オーケストラ部に入ったって」
「部のかけ持ちも許可しているし、ミステリー部を辞めたわけじゃないから。今日まで手続きとか色々と大変だったのよ」
ちゃんと席は残してくれたみたいだ。
「お帰り」
颯太に言われて、
「ただいま」
と返した。
なんだか、部室が懐かしく感じる。あたしは自分の席に座った。
ミステリー好きは探偵ですか? 赤い紅茶 @mikeru
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