第27話 コンサートホール

「犯人が分かったというのは本当ですの?」

「はい、犯人はこの中にいると思います」


 場所はコンサートホールの控室だった。警察の恩田さんたちもいる。もう退院した崎田祥子さんの不安そうな姿も見える。


「これからコンクールなのによくやるよ」

 

 松木さんが愚痴った。


「まずは事件のあらましを説明します」


 颯太が事件が起きた際、出入りの状況や準備室が音の密室だったことを伝える。


「去年と今年の演奏に音の隙間はなかったため、六つのドアを開閉した際に漏れた音の回数と美術部の部員が聞いた漏れる音の回数が一致するため、音楽が流れている準備室を出入りできないんです」

「音楽室と同じように音が漏れるから誰も入れないということですね」

 と由梨が目を輝かせて聞いた。

「そうです。それを便宜上、音の密室と呼ばせてもらいます」

「その音の密室をどうやって犯人は突破したんだ?」

「まずは他の線を潰しましょう。準備室は音楽室側から入るのも無理です。音楽室にいた二人が崎田さんを殴打としたらメトロノームに飛んだという返り血が付きます。でも二人の服には血は付いていなかった。付いていたら警察が気が付いたはずですからね」


 颯太は恩田さんたち警察を見る。


「そして準備室の窓からも不可能です。あの窓は消音のため、羽目殺しになっていた」

「残っているのは廊下側しかないです。しかし、先ほどの音の密室があった。それなら音楽室と準備室でドアが開いたタイミングが同じだったとしたらどうですか?」

「でも、鉢合わせするはずですわ」

「はい、だからタイミングは有馬さんが音楽室に入るタイミングです。そのタイミングで犯人は準備室から廊下に出た」

「そうだとしたら同時に二つの音がしたはずよ。聞いたものは普通は違和感を覚える」


 祥子先輩は麻衣先輩を見た。


「違和感がなかった。つまり、流れていた音楽に秘密があったんです」


 颯太はホワイトボードを見た。そこにはあたしが書いた曲名が掲載されている。


「ここに書かれているのは当時音楽室で流れていた曲目と、準備室で流れていた曲名です」

 

 音楽室

 一曲目がベートーヴェンの交響曲第5番「運命」第1楽章

 二曲目がドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」第4楽章

 三曲目がチャイコフスキーのくるみ割り人形「花のワルツ」


 準備室

 一曲目がドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」第4楽章

 一曲目がプッチーニの「トゥーランドット」 

 三曲目がチャイコフスキーの白鳥の湖「ワルツ」


「違和感を感じない音楽とは何か? それはユニゾンです」

「ユニゾン……」

 祥子先輩が震えて椅子に座り込んでしまった。

「はい、同じ曲新世界よりが同タイミングでかけられていたんです」

「そんな馬鹿な」

「全ての不可能を消去して最後に残ったものが奇妙なことであってもそれが真実となる。ホームズもそう言っています。犯人は廊下側から通ったんです。ここまで分かったところで犯人を限定するため、メトロノームを考察します」


 俺はメトロノームの針の内側のメモリに血が付いて、止められていたメトロノームの針に血が付いていなかった点を説明した。


「この状態でメトロノームの針に血が付かないことはありえない。つまり、犯行時にはメトロノームの針が動いていたんです。それを犯人は止めた」


 あたしが颯太にメトロノームを手渡すと、颯太はメトロノームを床に置いてはじいた。それはカチカチと音を立てる。


「でも一つ疑問点が生まれる。なぜ、犯人は音楽を消さなかったのに、メトロノームをわざわざ止めたのか?」

「それは確かにそうですわね」

「どちらも聞けば普通は音で気が付きます。では目視ではどうでしょう。メトロノームは目視で確認できます。しかし、音楽の方は目視ではオーディオの数字を見ないといけないため、なかなか気が付かない。そう犯人は聴力に問題があるんです」

「聴力……」


 麻衣先輩が物憂げな顔で周囲を見る。


「それを裏付けるものとして音楽はさきほどのユニゾンしていたことから音楽室から聞こえている可能性があるため、聴力に問題がある場合、気づきづらい」


 合図が来た、あたしは小さな紙とペンを配って回る。


「今、この部屋には小さいですが音楽が流れています。曲は有名なもので音楽に詳しくない俺でも知っているものです。曲名を書いてもらえますか?」


 みんなが書く中、一人震えて紙を落とす生徒がいた。みんなの視線がその生徒、松木聖一さんに向いた。


「僕がやったんだ」

「やめてよ。松木くんは悪くない。わたしが無理に病院を進めたから」

 祥子先輩がポロポロと涙を流す。


「奨学金ですね。松木さんは指揮者としては素晴らしい高校生だと聞いています。この学校の特待生として奨学金制度を利用しているとも」

「ああ、病気の存在が知られれば特待生でなくなり奨学金は外される。僕は孤児だ。特待生でなくなれば音楽の道はなくなる」


 松木さんは耳の聞こえない中、恐怖心に耐えながら音楽を続けていたんだろう。似たような経験をしているあたしには痛いほどわかった。


「僕が犯人だと分かっていたのか?」

「松木さんはよく無視をすると聞いています。それに演奏されていた音楽は美弥いわく、賑やかな音楽だった。指揮者の松木さんが指揮しやすい聞こえやすい曲にしたんですね」

「そうだ」

 松木さんは祥子先輩を見て、

「崎田、怪我をさせて悪かった。ごめん」

 と頭を下げた。そして、オーケストラ部のみんなを申し訳なさそうな顔で見て、

「みんなも不快な思いをさせて悪かったな」

「そんなこと」

 麻衣先輩は悲しそうに目を伏せた。それはオーケストラ部の人たちも同じだった。


 松木さんは一人恩田さんの元に向かった。あたしは思わず口を開いた。聞かずにはいられなかった。


「待ってよ。指揮者として放棄するの? 松木さん、音楽は楽しむものだってあなたが言った言葉ですよね。あたしも参加させておいて逃げるなんて勝手です」

「わたしを殴った責任をもって演奏してよ。松木くん」

「恩田さん、松木さんたちの演奏が終わるまで待ってもらうことってできないですか?」

 颯太が聞いてくれた。

「そう言われた仕方ないな。ちゃんと演奏して来なさい」


「緑坂高校オーケストラ部の出番です」

 ちょうど案内役の人が教えてくれる。


「行きましょうか、最高の演奏にしましょう」

「そうですわね」

「探偵さんも聞いてよ」

「探偵はやめてくれ、ただのミステリー好きだ」


 由梨はなぜか笑うと、あたしの肩を叩いた。あたしは覚悟を決めて、


「颯太、本気で弾くから聞いてよ」


 と颯太に耳打ちした。颯太は優しそうな顔で頷いてくれた。







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