第106話 終わりなき坑道
目が覚めると、真っ暗だった。
目を開けたのに暗い。おそるおそる上体を起こしてみる。それでも視界は変わらない。
仕方がないので、ハルトは照明魔法を行使して、光の玉を1つ生み出した。
見えたのは光に照らされた黒いごつごつした岩。ハルトは岩に囲まれた広がった空間に一人ぽつんと横たわっていたようだ。目を凝らすと、目の前に一人分をすっぽり納められるサイズの魔法の幕があった。ハルトは今その中にいる。結界術だ。ご丁寧に結界を張って初期位置の安全は確保してくれていたらしい。
だが、そんなことはどうでも良い。そんなことでハルトの心は全く晴れない。それどころか、死にたいほどの憂鬱がハルトに重くのしかかっていた。
「どう見てもダンジョンです。本当にありがとうございました」
ハルトは結界の中で、また横たわった。デジャヴである。激しくデジャヴである。そしてトラウマでもある。
(なんで、ダンジョン?! 目が覚めたらダンジョンに横たわってる、なんて経験普通人生に1回あるかないかだろ! てかないだろ! なんで、なんで僕ばっかりぃ!)
涙で視界が歪んだ。『不死王の大墳墓』以来の強制ダンジョン攻略だ。あの時の恐怖が蘇り手が震えた。震える手を見つめている内に、ハルトはさらに状況が悪いことに気が付く。
(あれ…………剣。剣はどこだ? ……………剣! 剣剣剣剣剣!)
どたばたと、慌てふためいて剣を探すが、どこにも見当たらない。ハルトはまた、ばたっと地面に倒れた。3ダウン目である。
「ダンジョンに丸腰で挑めって? バカなの? 死ぬの? ……死ぬのは僕だ。このままだとマジで死ぬ」
横たわって、ぶつぶつと呟きながら、虚ろな目でコロコロ転がった。やがて、現実逃避しても解決にならない、と悟って、ようやくダンジョン脱出に向けて動くことにした。
とりあえず地面に手を触れて『サーチ』を使ってみた。
ダンを鑑定した時のような、頭痛は起こらなかった。おそらく記憶を読み取る時に、脳に負荷がかかるのだろう。
『終わりなき坑道第5階層』と出た。
それから、このダンジョンの全てのマップ情報も頭に流れ込む。
(全1046階層、か。確かに『終わりなき』にふさわしい深さだ。終わりはあるけど)
どうでも良いことを考えながら、次にハルトは結界の中から、目を細めて部屋の中を観察した。今のところ、魔物の姿は見えない。
マップによると、ここから上の階層への階段までは部屋を3つ通る。その間、魔物に全く遭遇しない、なんて楽観的な考えではダメだ。遭遇するものと考えた方が良い。
そもそも、上の階層にも魔物はいるのだし、地上へ戻るまでに必ず1回以上は戦闘は行われる。問題はどうやって倒すか、だ。
(素手で倒せるだろうか? ナックルとかがあればいけるかもしれないが、素手じゃ無理だろ……)
そこで、あっ、と気が付く。だから、ダンジョンに放置したのか、と。
(ダンはきっと魔法を使わないと生き残れない状況を作るために、僕をここに連れてきたんだ。なら、多分ここの魔物は物理防御が優れているタイプだろうな。性格が終わってるあの男のことだから、そのぐらいはしそうだ)
つまり、ハルトは魔法を習得しなければ、この結界から1歩たりとも進めない。
魔法・魔術とは繰り返しの訓練の成果だ。通常、数時間で使えるようにはならない。はじめの感覚を掴むまでに数日、数か月、数年を要するのだ。
だが、ハルトには既にその『はじめの感覚』があった。ダンに無理やり行使された魔術の手ごたえがまだ残っていた。さらに、ダンを『サーチ』していたことで、その魔術の原理やコツ、考え方などが既にハルトの頭には定着している。
多分できる。漠然とだが、そう感じていた。
身体に流れる魔力にゆっくりと、手順を確認するかのように、徐々に、徐々にとその性質を変化させていく。十数秒かかったが、ハルトを覆う魔力の全てが、爆裂魔法『エクスプロージョン』の性質を備えた物に変化した。慣れれば多分1秒もかからず変化させられるだろう。
(…………で?)
それからどうするの、というところまでは考えていなかった。今、試したかったのは爆裂魔法『エクスプロージョン』を使えるか、である。爆裂してこその爆裂魔法だ。爆裂するまでは成功とはいえない。
(よし。じゃあ爆裂——)
と短絡的に考えかけて、いやいやいや、と首を振る。
(今爆裂させたら僕バラバラになるから)
自分で言って、肝が冷えた。恐ろしい。そんなことになれば、多分即死だろう。盛大な自爆だ。
爆裂魔法は自分と離れたところで発動させる以外に使い道はない。
空間魔法は厄介そうなので、とりあえず魔弾をイメージして手のひらを上に向けた。すると、ぽん、と球体が手の上に浮かんだ。
(これが魔弾、か。何気にはじめて使うな)
軽い気持ちでハルトが野球ボールでも放るかのように、ぽい、っと爆裂魔法『エクスプロージョン』の魔弾を投げた。魔弾は壁までは普通にボールのように飛んで行く。
そして、壁に衝突して、閃光が走った。同時にまったく身構えていなかったハルトの身体は爆風で、またも吹き飛んで後ろに転がる。流石に距離があったから、気絶するほどではなかったが、岩壁に後頭部をぶつけてハルトは悶えた。
痛みが落ち着いた頃、顔を上げて魔弾の着弾点を見てぎょっとした。
(なんっじゃ……こりゃァ……)
壁と床が大きくえぐれていた。
軽い気持ちで放った魔弾はダイナマイトのようなとんでもない威力だった。
自分でやったことに、口をあんぐりあげて呆然としていると、音に反応してか、1体の魔物が部屋の入口に現れた。
黒いごつごつした岩を身に纏った人型の魔物。ネイチャーゴーレムだ。人が魔術で作り出した切石型ではなく、天然の岩が不格好に繋がったゴーレムだ。人工ゴーレムよりも固く、素早いことが多い。分布場所により、その体の強度は異なるが、どんな岩であろうと素手では破壊できないことは確かである。
ハルトは慌てなかった。
何せ、僕には結界がある。初期位置から飛び出ない限り、攻撃を受けることはない。初期位置に結界があってよかったぁ、とハルトがにっこりと慈しむように下に顔を向けた。だが、ハルトの慈しみを受けるべき結界はそこにはなかった。
「あんれェェエエ?!」
思わず間抜けな声が漏れる。上京したての田舎っぺみたいな叫びがダンジョン内に響いた。
まわりをよく見ると、結界は前方10メートルのところにあった。
(そうか、爆風で吹き飛ばされたから……)
そうこうしているうちにネイチャーゴーレムは既に結界の横を通過して、ハルト目掛けて突進して来ていた。
「ノォォオアア?! オーマイ……」ゴッドと言おうとして自分に信仰する神がいないことに気が付き、代わりに崇拝する妻の名を無駄に発音よく叫んだ。「オーマイメァリィア!」
ハルトは慌ててエクスプロージョンの魔弾を再度作成して、投げつけた。ネイチャーゴーレムに魔弾が当たり、またも大爆発が生じる。今度はハルトも爆風に備えて構えたため、吹き飛ばされることはなかった。
爆風に砂とほこりが舞って、ネイチャーゴーレムが見えなくなる。
「ははははは! この威力の魔弾を受ければ流石に——」と自ら積極的にフラグをたてて行く。
案の定、煙が晴れた時、ネイチャーゴーレムは未だ倒れておらず、赤く怪しい光を放つ一つ目をぎょろぎょろと動かせていた。
「どんだけ頑丈?!」
ネイチャーゴーレムが再び進撃を開始した。距離を詰められれば命はない、と分かる。一度掴まれたら、ハルトが息絶えるまで離してくれないだろう。死に物狂いでハルトが魔弾を投げまくった。
ゴーレムはその都度、動きを止めはするが、一向に倒れる気配がない。
(ダメだ。外装が固すぎて、まともにダメージが入らない。せめて外装が剥がれて核が剝き出しになれば——待てよ。上手くいけば外装が健在でも直接魔術を叩き込めるかもしれない)
ハルトは思考の中で、閃いたことをもとに作戦を組み立てる。
もうあまり猶予はない。少しずつ後退させられ、ついに部屋の角まで追い詰められていた。
(思い出せ。ダンに強制的に魔術を行使させられた時のことを)
あの時、爆発はハルトから数メートル離れた場所で起こった。つまり、空間魔法もあの時使っていた。一度使えたのだから、また使えるはず。
思い出せ。あの時の感覚を。よく見ろ。目の前の空間を。
ハルトは同時に『サーチ』で鑑定した時の情報も細かいところまで洗い出す。
(発現ポイントを目視で確認。僕の魔力と発現ポイントとを繋ぐ。イメージしろ。世界の裏側を通すイメージ。途切れているのに、繋がっている。縫い糸が裏地を通るように)
タイミングはシビアだ。ネイチャーゴーレムがそこを通過する一瞬を捉えなくてはならない。
ネイチャーゴーレムはハルト目掛けてひたすら直進する。
そしてその時は来た。
ハルトが狙っていた発現ポイントを、ゴーレムが通過しようとした時、ハルトの蒼い目が淡く光った。と同時に爆発音が轟き、ネイチャーゴーレムは内部から爆散した。黒い岩に紛れて赤い水晶のような魔核の破片も巻き散った。
ハルトはゴーレムの体内で爆裂魔法『エクスプロージョン』を行使したのだ。体内で爆発を起こされれば強固な外装も、どんな鎧も無意味である。
ネイチャーゴーレムの残骸がガラガラと崩壊するのを見届けてから、ハルトは這う這うの体で初期結界ポイントに滑り込むように寝転んだ。
「あっぶねェェエエ! 死ぬ! 死ぬとこだ!」
ゼェハァと息を荒げるハルトの目には薄っすら涙が浮かんでいた。
転生して冒険者ギルドの社畜になったけど、S級冒険者の女辺境伯にスカウトされたので退職して領地開拓します。今更戻って来いって言われてももう婿です 途上の土 @87268726
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